第3話


 中庭のベンチで映画の続きを観ていると、誰かに肩をつんつんと突かれた。

 スマフォから顔を上げる。

 気がつけば、隣に見知らぬ男の子が座っていた。

 彼は私を眺めながら、人懐こそうな笑みを浮かべている。髪も肌もお手入れしているのか、女子である私よりもきれいだった。

 彼の上履きの色は私と同じ緑色で、同学年であることがわかる。でも、同じクラスではない。


 彼が私の膝の上のスマフォを指し何か話し掛けてくるので、イヤフォンを外した。


「なに観てるの?」

「え? えっと……」


 恐竜が出てくるパニック映画だと答えると、彼は目を輝かせた。


「えっ、そのシリーズ好きなの!? 俺も好きなんだよね! でもこんなシーンあったっけ?」

「これ、最新作だから。昨日ネッフリで配信されたばかりで……」


 彼の「まじで!?」という声が秋の高い空に響き渡る。


「もう配信されてるんだ? 今日帰ったら絶対観よっと!」


 彼は三作目が一番好きだという話や、ロケ地の話を一通り喋った後、「俺、一組の春川慎太郎しんたろう」と自己紹介をした。


「今、仲が良いやつら全員委員会に行っててさ。ヒマだったんだよね。名前は?」

御園みその

「下の名前は?」

ゆめ

「夢、か。良い名前じゃん。よろしく、夢。映画の話できる知り合いできて嬉しい」


 手を差し出されたので、握手を交わす。

 男の子の手の大きさと骨っぽさを初めて知った。


「よろしく、春川くん」

「慎太郎でいいよ」


 彼がにこっと笑うと同時に、チャイムが鳴った。


「夢は明日もここに来る?」

「えっと」


 私は少し考え込んで、「多分」と返事をした。多目的室はもはや安全地帯ではなくなってしまったからだ。


「じゃ、一緒にここで昼飯食べようぜ! じゃーな!」

「え?」


「いいよ」とも「嫌だ」とも返事しないうちに、彼は去ってしまった。


 私も教室に戻らないと、と思いながら自分の右手を見下ろす。

 彼に触れた手のひらが、やたらと熱っぽい。



 次の日、慎太郎しんたろうは本当に中庭で私のことを待っていた。

 私が昨日観ていたパニック映画をさっそく視聴したらしく、熱い感想を伝えてくる。


「脚本もCGの技術もレベチだったなー! B級パニック映画も嫌いじゃないけど」

「慎太郎、パニック映画好きなの?」


 お弁当がらのごみを片付けながら私は訊く。


「好き好き! ぎゃあぎゃあ言いながら観るのが好きなんだ。もしかして夢も?」


 下の名前で呼ばれ、こそばゆく感じながら「うん」と頷いた。


 実は私も、パニック映画が好きだ。時間さえあれば恐竜や鮫やゾンビが出てくる作品を視聴している。両親は「悪趣味だ」と言ってくるけれど、やめられなかった。


 少しだけ――本当に少しだけ――ドキドキすることができるからだ。ラブストーリーやヒューマンドラマでは途中で寝てしまう。


「じゃあ今度の土曜日ヒマ? 駅前の映画館行こうぜ」

「映画館?」

「韓国のゾンビ映画が公開されるんだ。でも一緒に行ってくれるやつがいなくてさ。……スマフォ出して!」

「え? うん」


 言われるがままにスマフォを出す。顔認証ですぐにロックが外れた。

 彼は私のスマフォ画面を勝手に操作し、SNSアプリを立ち上げアカウントを登録してしまう。


「時間とか決まったら連絡するから!」


 チャイムが鳴り、彼は焼きそばパンの入っていた袋を潰して校舎に戻ってしまう。

 私はただただ後ろ姿を見送った。


 慎太郎は強引だ。

 でも、不思議と「嫌だ」とは感じなかった。

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