第2話
「いた……」
耳を押さえ、顔を上げる。
いつの間にか、目の前にはクラスメイトの女子三人が立っていた。校則違反であるはずの派手なメイクが施されたそれぞれ顔は、みんな意地悪そうに歪んでいる。
真ん中の女の子の手には、私の右耳から引っこ抜かれたばかりのワイヤレスイヤフォンが乗っていた。
「アハハハハ! 『いた……』だって!」
「痛がる時も無表情なんだ!?」
「
三人の笑い声が昼休みの室内に響く。
ここ、高校の校舎の最上階にある多目的室は私のお気に入りの場所だった。鍵が壊れていて、出入りし放題なのだ。
でも誰も気がついていないみたいで、私はずっとこの部屋を独占できていた。友達がいない私には天国のような場所だった。
それなのに、とうとう私以外の人たちに見つかってしまったらしい。
(でも)
怒りも悲しみも沸いてこない。「明日からどこに避難しよう?」と考えるだけ。
「……なんか言えよ」
右端の女の子が睨みつけてくる。私が無反応でいるのが気に食わないらしい。
「てか
左端の女の子が私のスマフォを覗き込んで喚きだす。
画面にはちょうど、男の人が恐竜に頭からかじられているシーンが映し出されていた。
「一人で多目的室こもってこんなキモい映画見るとか……、あ! ちょっと!」
私は不意をついてイヤフォンを奪い返し廊下へとび出した。
「はあ、はあ、はあ……」
階段を駆け下りて中庭にたどり着いた頃には、息が上がっていた。薄く汗を掻いてしまい、カーディガンを脱ぐ。
色を変え始めた楓の下のベンチには、上級生たちの姿があった。来月の文化祭の話で盛り上がっている。
楽しそうな姿を見て、ふうとため息をついた。
私は、学校行事が嫌いだった。
*
物心ついた頃から、私は冷静だった。
滅多なことでは笑わないし、泣きもしない。
小学生のとき、学校の階段から落ちて骨折した。でも私が無表情だったから、養護の先生に「平気そうだ」と勘違いされてしまい、なかなか救急車を呼んでもらえなかった。
現在通っている高校の合格発表のときも無表情だった。だからお母さんが「不合格だった」と思い込んで号泣した。
この高校では、毎年六月に「合唱祭」が開催される。秋の文化祭の次に大きなイベントだ。合唱は審査され、順位も発表される。
私の所属する一年五組は、惜しくも準優勝だった。
『ほんと悔しすぎるー!』
『ごめん、私もっと大きい声出せればよかった』
『しょうがないって。ずっと風邪引いてたんだからさぁ……』
クラスメイトの女の子たちは、合唱祭の会場となった体育館の隅でわんわん泣いていた。
私は彼女たちを眺めながら、「いいなあ」と羨ましく思っていた。
――合唱祭くらいで号泣できて、いいなあ。
それが、正直な気持ちだった。
体育館の時計を見上げ、もう昼休みになっていることに気がつき、その場を去ろうとした。
そうしたら、私に気がついた女の子の一人に呼び止められた……、というよりも、怒鳴られた。
『
振り返ると、さっきまで泣いていた子たちが私を睨みつけていた。
『あんたがやる気無いせいで優勝逃したんじゃん! 謝れよ!』
言いがかりだ。
でも、謝れば丸く収まると思ってすぐに頭を下げた。
それなのに教室からは私の居場所が無くなった。
持ち物の変更や、課外授業の日程変更を知らせる連絡網も来なくなった。その日までは一緒にお喋りしていた子たちまで、私を無視するようになった。
けれどやっぱり、「悲しい」とか「悔しい」とか、人並の感情は起こらなくて。
ただただ人間関係が煩わしいと感じるばかりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます