第8話 転移


 俺は女の人を助けた後、走って自宅へと戻ってきた。

 冷静になって気づいたのだが、顔くらい隠してればよかったかも。


 でもすぐに向かわないとあの人が包丁で刺されてたかもしれないか。

 そうして翌朝。俺は庭で魔法の練習を再開することにした。


 今日は使えるようになれば、ものすごくお金の匂いがする魔法を練習しようと思う。


「……この魔法が使えるようになればすごいんだけどな」


 ゲーム機に映るマジブレの画面を見ながらそう呟いてしまう。

 映っている魔法は上級風魔法の『ウインドテレポート』。ようは転移魔法だ。


 マジブレでは行ったことのある街に、テレポートできる魔法である。


 テレポートだぞテレポート。使えるようになればもう満員電車に乗らなくていいし、好きな時に旅行にだって行ける。


 どこで〇ドアが使えるようになるのに等しいのだ。個人で超お急ぎ宅急便とかの副業ができるようになるかも。


 他の風魔法も凄くはあるのだが、『ウインドテーション』は実用性という意味で強すぎる。


 なんでテレポートなのに風魔法なのかって? 確か術者の身体を魔素に分解して、風で運ぶとかだった気がする。

 

 まあそれはいいのだが、ひとつ大きな問題がある。


「テレポートのイメージってどうすればいいんだ……」


 今までの風魔法はプロペラとか空気砲とか、そういった現代の仕組みを参考にイメージした。


 ただテレポートなんて現代に存在しないわけで、参考になる物がないのだ。


「うーん。とりあえず詠唱してみるか。我が肉体を虚空へ飛ばせ、ウインドテーション」


 だがなにも起きなかった。知ってた。

 

「ウインドテーション! ウインドテーション! ウインドテーション!」


 連呼するが当然なにも起きない。

 今までに俺が自力で覚えた『ウインドバレット』や『フライト』なら、どうすれば飛べるかはある程度イメージがついた。


 だがテレポートとなるとまったく思いつかない。

 ダメもとでテレポートについてスマホで調べてみる。量子テレポートとか出てきたけど全く分からない。


 そうして魔法を詠唱してみたり、頭でテレポートのイメージを考えてみた。

 でもまったく進展がないまま一日が終わってしまった。


 翌日、俺はSFゲームのワープ動画などを検索して見まくった。

 だがまったくダメ。ワープの原理が全く分からないから無意味だ。


 そして翌々日、俺は某青狸アニメのワープ原理を頭に思い浮かべた。

 紙に二つの点と線を引いて、その紙を折り曲げて点をくっ付けるのがワープの原理だそうだ。


 理屈は分かる。分かるけどやはりイメージがつかない。

 そうそうしている間に四日が経った。


「まったく前進してる気がしないな……」


 今日も庭でテレポートの練習をしてみたが、まったく発動する気配はない。

 そもそも練習になっているのかも怪しい。これは流石に無理なのではなかろうか。


 ちなみに他の魔法も合間合間で練習しているが、そちらは上々の成果だ。

 ウインドバレットは連射速度が上がり、フライトは5mくらい高く飛べるようになった。


 そしてヒールウインドは指のささくれを治した。

 治癒魔法を使うようなことでもない気がするが、怪我がないと練習できないからな。


 つまり他の風魔法は順調だが、テレポートだけが何の成果も得られてないことになる。`


 そもそも風でテレポートってなんだよ。量子とかの考え方なら光だろうに。


「うーん、ひとまず諦めて他の魔法を試してみるべきか」


 炎魔法、水魔法、光魔法などマジブレの魔法は多岐にわたる。

 風魔法以外だって使えれば便利になるはずだ。


 それにウインドテーションは風の上級魔法だから、やはり習得難易度も高いのだろう。ゲームでもストーリー中盤で覚える魔法だし。


 なら他の魔法を色々と練習したらいずれ使えるようになるかもしれない。

 よし他の魔法を試してみるか! 


 そう思って一歩踏み出すと、タンポポの綿毛に足が当たってしまった。

 綿毛は風に乗って飛び散っていく。あのまま遠くに飛んで地面に生えてまた花を咲かせるのだろう。


 そう考えると少し風流な気がする。風に流れるという意味で……いや待てよ。

 量子とか難しいこと考えてたけど、このタンポポの綿毛みたいなイメージでいいんじゃないか?


 タンポポの綿毛は風に乗って移動して、その後に地面に埋まって成長してタンポポに

 これだってある意味、遠くに飛んでから再構築みたいなものだ。

 

 このイメージでならできたりしないだろうか? 今のタンポポの綿毛みたいに自分を綿毛みたいに分散して飛ばすイメージで……。


「我が肉体を虚空へ飛ばせ、ウインドテーション」 


 告げた瞬間、周囲が真っ白の空間になった。

 そして気が付くと俺は……。


「は? ここどこ? え?」


 ――知らない田舎の村にいた。


 周囲には畑が広がっていてクワを持ったひとが耕している。

 それだけなら俺もそこまで驚いてなかっただろう。転移魔法で遠くに飛んだと判断しただろうから。


 だが違和感があるのは服装だ。化学繊維の類ではなくて獣の毛皮で作られた服で、日本の農家の人が着るようなものではない。


 言うなら中世ヨーロッパみたいな感じだ。

 馬に乗った人が何人もいたりしてとても現代とは思えない。

 

 そしてなによりも信じられないことがある。

 畑を耕すためにソリを引いている動物がいるのだが、それは牛でも馬でもなかった。


 牛と同じくらいの大きさ。長い首に硬そうな鱗、鋭い爪や牙を持つ魔物。

 あれは、四足歩行のドラゴンだ。

 

 俺はあのドラゴンを知っている。あれはマジブレで出て来るビークルドラゴンという魔物だ。

 ビークルドラゴンは馬や牛みたいに、馬車(竜車?)を引いたりする。


「……もしかしてマジブレの世界にまたやってきたのか?」



―――――

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