第四話 父の言葉
父さんは勇者だった。齢二四で俺を生んで十年後の三四で魔王討伐に向かった。いつも優しい人だった。僕は弱虫でいつも変なことに突っかかるから、いつも父さんを困らせていた。だけど、父さんが僕を怒ったことは一度もない。本当に聖人だったんだ。
僕も母さんも父さんがいなくなってから、本当に心の底から笑うことは無くなった。一体、何のために父さんは僕に光魔法を教えたんだろう?
「……………」
「お兄様?考え事ですか?」
僕の顔を見て、スイが質問してくる。僕は自分でも気付かないうちに怪訝な表情をしていたみたいだ。スイと食事をしてから、数刻経った頃。もうすこしでゴブリンが帰ってくる。今日もまた憂鬱な日々が始まるという事だ。
「うん……」
「お兄様⁉」
両手で両方の頬を軽く叩く。簡単な景気付けのつもりだ。端から見ればただの自傷行為だけど。案の定、僕の行為に驚いたスイが食い気味で質問をした。
「大丈夫。何でもないから」
「なら、いいですけど。心臓に悪いのでやめてください!」
「うん。わかった」
軽く謝る。今回の行為は僕に非がある。無暗やたらに彼女の悩みを増やすものじゃない。いつも心配させているし。これからはやめとこう。それに彼女はいつも疲弊してるはずだし。そして今からも。なにせ……
「よお!王子様?」
「王女様も仲良しだなぁ。」
『ギャハハハハ‼』
「あっ」
「……………」
コイツらの相手をしないといけないのだから。
低俗な笑い声を上げながらその薄気味悪い顔を浮かべていつもと変わらず奴らはやってきた。魔王の悪趣味な制作物の一つ。油彩具のように濃い緑色の体色と僕達と同じ程度の身丈を持ち、全身に泥を被っている。そして厚顔無恥を体現するようにこの東国の中心である城にズカズカと仁王立ちで居座っている。数にして約二〇~三〇。最後にどの個体も例外なく右手にこの国で作られた鉈を携えている。
五年前にここに来た時から僕はこいつらが嫌いだった。品がない、見た目からして気味が悪い。ということは大前提として、僕はコイツらから嫌というほど人殺しの話を聞いた。それだけに飽き足らず、目の前で使用人を殺すことだってしていた。こんなやつらに好意を抱くなんて無理な話だ。たとえ、どんな聖人であっても。
「今日はどうしたんですか?」
少し恐怖で声が強張った。それが気付かれないように声を張り上げて、どうにか詰まらずに話すことができた。コイツとの会話は一挙手一投足が命取りになる。もし、変な発言をしたら右手の鉈に振り下ろされて絶命する。
「ヒヒヒ。ギャハハハ!」
『ギャハハハ‼』
一人が気味悪い笑みを浮かべるとそれに共鳴するように他のゴブリンも叫び声を上げた。その不協和音は城の全体に伝播した。音とともに僕達の恐怖まで周りに伝播したようだ.
「俺達の武器を買っただけだよ」
しばらく笑って、嗤っていたあとの本題がこれだ。くだらない。今すぐ殺したくなる。ただ残念なことにそんなことはできない。魔法じゃ殺せても数体が限度だ。それに、家族が危険に晒される。そんな選択を行うわけにはいかない。現状が打開されない限りは。
「いい買い物でしたか?」
「おう。なかなかだぜ。見ろよ」
そう言って奴らの内の一体が答え、買った物を見せてきた。中身は何十本もの鉈。数が多すぎて性格な数はわからない。新しい武器に奴らはとても興奮していた。今すぐ「試し斬り」とか言って殺されそうだ。
「すごい。綺麗ですね!」
「おう。そうだろ?」
スイは何事もないように話を続ける。彼女は怖い物知らずというわけではない。むしろ逆だ。死への恐怖は誰よりも敏感だ。母国でもこの国でも彼女は死と隣り合わせの状況にあった。だからこそ、引き際を知っている。たったそれだけなんだ。
人は魔物なんかよりも遥かに脆弱な生き物だ。だから、恐怖に縋って惨めに生きていくしかない。コイツらを目の前にすると、より一層そんな思いを抱いた。
「おいおい。どうした?王子様もなんか言えよ?」
「……………」
僕はそう簡単に口を開けない。結局俺は臆病なんだ。殺される可能性があって足を踏み入れようと思えない。こんな地獄は早く終わってほしい。だれかに終わらしてほしい。
『ギャハハハ。どうした?』
「…………」
沈黙。何を言えばいいのかわからない。何を応えるべきかわからない。このままでは殺されてしまうというのに。このまま、何か起きては……
「大変だ!」
その言葉に僕もスイもゴブリンたちも全員が振り向いた。言葉の主は、一体のゴブリンだ。ど奴らと一緒に来た後方にいた個体。随分と傲慢だ。まるで被害者のような反応をしている。お前らに被害者の資格なんかないのに。
「どうした?」
「これを見てくれ?」
「コイツは……!」
そこにあったのは、一体のゴブリンの死体。そしてその傍らには一本の剣があった。ゴブリンたちはその光景に驚いて騒ぎ始めた。当然の反応だった。魔物はただの剣に殺せるわけがない。悲しんでいるのか。彼らは死体を前に俯いている。同胞の死を悼むくらいはできたのか。その異質な光景に義妹は呆然としていた。床に置かれているその剣が確かに存在感を放っていた。
僕はその剣に、正確にはその形状に見覚えがあった。
それは、かつて一度だけ父さんが見せてくれた世界を救うための剣。勇者の廃止とともに無くなったはずのもの。それと形や輝きがとても似ていた。あり得るはずがない。それはもう存在しないはずだから。その存在だけで魔王への反逆になるから。
だけど、もしかしたら……
「えっ。お兄様⁉」
「お、王子様ァ?」
ゴブリンたちが集まっている例の死体の場所までまっすぐに歩いていく。この時、もうスイやゴブリンたちの言葉は聞こえていなかった。僕はただ自分の建てた仮説、可能性を信じて確かめたいだけだった。
膝を落として床に置いてある剣を手にする。その剣は変だった。今まで触ったことがないような鉄でできていた。剣の柄から刃の先までがその特殊な鉄でできていて装飾は全くなかった。まるで未完成のようななんとも不格好な剣だった。
「おい。どうした?」
「お兄様?一体……?」
その剣を手に持った瞬間に直観で分かった。魔物殺しの聖剣だ。なんでこんなものをゴブリンが持っているのか。どこから手に入れたのか。沢山の疑問が芽生えた。そのどれもが一瞬にして消え去った。
それは十年前。父さんが魔王討伐に出る前日の出来事だった。
「お父様!」
当時の僕はどうしようもなく臆病で父さんとは大違いだった。いつもそのことで政務官の人たちに父さんと比べられて非難されていた。そのたびに父さんやお母さんに守ってもらってたけど。そうして守ってもらう度に申し訳なくて嫌な気分になっていた。
「どうしたんだ?クリスト?」
「お父様。明日発つのですか?」
「ああ。悪いね。大したこと教えられなくて」
「いえ……」
正直、行ってほしくなかった。城の人に責められることが理由じゃない。もっと、一緒にいたかった。まだ十年しか一緒にいない。僕はまだ父さんみたいになれてないから。
僕はみっともなく駄々をこねた。こんなことは自分の我儘だ。王族として最も恥ずべき行為に他ならない。だけど、僕は今思い返すとこうも思っていたのだろう。「子供が親に我儘言って何が悪い」って。
僕の我儘に父さんは呆れることも叱ることもしなかった。その代わり数回、僕の頭をなでて大事な言葉を僕に教えてくれた。
「自分を貫く事を忘れるな。人の歴史は足掻きの歴史なんだ。」
「あがき?」
聞いたことがない言葉だった。あがく。れきし。今ではわかる。当時は何もかもわからなくて何もかもが新鮮だった。知れば知るほどこの世界に絶望していった。
「諦めないってことさ。それを忘れない限りお前はどんな化け物にだって負けない」
「ばけもの?」
「ああ。なんたって……」
「父さんの息子なんだからな」
「おいおい?どうした?王子様ァ?」
「……………はあー」
深く深呼吸をする。今までとは一気に状況が変わった。こうなった以上、もうやれるだけやるしかない。「ドン」という大股の奴の動きに合わせて剣を前に構える。
そして、奴が疾走し始めたことに合わせて剣を奴とは逆方向に向ける。そのまま、奴は止まることができずに聖剣の刃が奴の腹部に突き刺さる。
「ぐ……てめえ……」
突き刺さった刃を勢いよく引き抜く。ゴブリンは、その後大きくよろめいて倒れこむ。それから、瞬きをする間に魔力の塵となって四散していった。
「お兄様……!」
「てめえ。死にてぇってことでいいんだな?」
親玉の一言でゴブリンたちが一斉に武器を構える。剣があるから勝てるなんて甘い目算じゃない。だけど、さっき戦ってわかった。僕はさっきの攻撃で魔法を使ってない。なのにいとも簡単に奴を殺せた。なら、きっとやれる。やるしかない。
いまさらだって事はわかってる。もうとっくに手遅れなんだ。本来なら一〇〇年は早くやるべきだった。だけど、たとえ手遅れだとしてもこれから死ぬ人達を見捨てる理由にはならない。だから……!
「お前達を殺す」
強引にでも切り拓いてやる。魔物(おまえたち)を殺し尽くして。
次の更新予定
2024年12月23日 04:00
勇者の代行人 @Lain_Tuzimiya
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