第三話 大きな一つの歯車

「レイス。聖剣を作ったら王と信じるものに託せ。それが世界を救う道だ」

「親父?何言ってんだよ!親父…親父!」


「親父!……」

変なモノを見てつい目が覚めた。あれは、幻覚。いや。

「何だ。夢か」

随分と不思議な夢だ。親父は聖剣なんて、なんで今更そんな話を。

いや。所詮夢だ。本気になる必要ない。罪を犯してまで誰かのために戦う必要なんてないんだ。

ふと起き上がって周りに目を配る。目の前にいたのはザッカスだ。そしてそのことからこの家はザッカスの家であることがわかる。

………なんで?なんでザッカスの家にいるんだよ?

訳が分からず頭を抱える。寝るまでにあったことを少しずつ思い出していく。

まず、朝に鉈を作って、夕に終わって。そのまま納品に行って。そのあとは?

……全く思い出せない。なにがあったんだ。いや。しょうがない。思い出せない以上、ザッカスに聞けば済むことだ。だが、一つの問題は

「コイツが起きないことなんだよ」

ザッカスは俺の隣で布をかぶってぐっすりと寝ている。全く起きそうな気配を感じない。アイツは俺よりも睡眠が深い事は知っていた。五年も一緒にいたんだし。しかし、ここまで熟睡するとは。こんなにも一緒にいてまだ知らないことがあるとは。今までそこまで一緒に生活しなくてよかった。

「仕方ない。待つか」


これが俺の今日最初に犯した失敗だった。まさか、この男が四刻も寝続けるとは夢にも思わなかった。もはや、もう一睡した方が良かったと思わせるぐらいだ。俺が目を覚ました頃は沈んでいた日が高く昇り始めていた。本来なら、仕事に着手しなければいけない時間だ。

「ふー。よく寝たー」

「本当にな」

軽く悪態を吐く。ザッカスは起き上がっていた俺を見て驚嘆した。ずっと寝てると思っていたのか。そんなずっと寝てるわけがない。怠け者か。お前は。

「起きてたのか。疲れは取れたか?」

「疲れ?」

そういえば、寝る前にひどく疲れてて眩暈もしていたな。

「えーと、それじゃあ、俺は気絶したってことか?」

「ああ。そうだ」

それを聞いてさっきとは別の意味で頭を抱えた。昨日はかなり無茶を働いていたらしい。そこは反省点だ。とはいえ、今日は休養日だからそこまでの問題ではない。ザッカスへの迷惑を除けば。

しかし迷惑をかけた以上、どんな形だとしても彼に謝罪の意思を表さないといけない。もちろん言葉も重要だけど。ひとまず、今日はザッカスの店で働くことにした。

「悪いな。こんなことで」

「別にいい。それで?何すればいい?」

「ああ。鉈をその棚に並べてくれ」

「わかった」

彼の指示に従って店の外にある台車から保護用の布を引っぺがした。中の鉈たちは昨日と変わらない様子だった。刃物に様子って変な感じだけど。工業地区の人間だからわかるけど、自分で作った物には最低限愛着が湧いてくる。ちゃんとした人に売ってもらって、しっかり使ってくれる人に買ってほしいって思うんだ。だから、魔物なんかには渡したくない。どうせすぐに使い捨てる。切れ味が悪くなったとか他にいいやつがあったとかくだらないことを言ってるんだろう。実際にいたし。

一度思い出すとやっぱり駄目だ。・頭の中で怒りが沸々と燻ってくる。最初から信頼していないわけじゃなかった。だけど、道端に捨ててあったり斧を折っていたりひどい奴は削ってるやつもいやがった!

もし、殺していいのなら殺していたほどだ。この国が魔物への謀反を禁止していければ思いっきりやってたよ。全身に怒りと恨みを纏って、殺意を露にしてしまっていた。

「レイス。大丈夫か?」

更に心配されてしまった。いつもこうだ。くだらない事からいろんな人を心配させる。全く、お人好しが。まあ、だからいろんな人から信頼を得られたんだろうけど。

文句を言っていても何の意味もないので、すぐさま仕事に着手することにした。

「魔力充填開始(ロード・スタート)」

全身の魔力を左手に集中させ、

「物質指定:金属(ディザネイト・メタル)」

四〇本の鉈に魔力を流し込む。数が多いから魔力の量を減らして分配を調整する。

「金属物体操作魔法(メタルグラヴィエイト)」

対象の刃物を魔法で動かす。一本ずつ順番に商品棚に設置していく。一本一本丁寧に置いていく作業は魔力の分配とその維持、そして傷つかないように置くという俺にとって集中力を試されたこともあり正直、ものすごいしんどかった。作業は約半刻も続いて仕事が終わると、疲労が溜まって倒れこんだ。正直、昨日以上に限界を感じていた。

 「お疲れ」

 ザッカスは倒れこんだ俺に水の入ったコップを渡して気遣ってくれた。俺はその水を飲んで感謝した。その後はしばらく二人で休んで雑談をして時間を潰した。

「いつまで続くんだろうな。こんな日々。」

「…魔王が死ぬまで。女王様が何とかしてくれるかだけど」

「女王様がそんな事できるわけねえだろ。」

 「じゃあ、王子様は?」

 「さあな。いるとだけしか知らねえし。」

「だろうな」と軽く相槌を打った。女王様、夫の死後常に保身に走り続けたただの腑抜け。息子はどうなのだろう。聞いたところによると、俺と同じくらいの年らしい。一体、王子様は今は、何をしているのだろう?

くだらないことに時間を費やしているうちにザッカスの仕事の時間になった。邪魔をしないように上の階のザッカスの部屋で待機していた。

刃物を売る仕事だから、そこまで多くの人が店に訪れることはなかったのでそこまで騒がしくならなかったが、時々人々の談笑が聞こえて俺もいい気分になっていた。夕刻まではそんなこんなでまばらに人が楽しんでいた。

問題は夕刻から発生した。約20体ほどのゴブリンが鉈を買いに来た。それだけならいいが、ゴブリンたちは他の客を追い出して自分の陣地のように居座った。俺もザッカスもあまり良い気分じゃなかったが、ゴブリンたちはこのザッカス武具店の客で最も商品を買っている。無暗やたらに追い出すことはできなかった。

「ありがとうございました」

しばらく経ってザッカスの言葉が聞こえた。どうやら、ゴブリンたちはもう店での買い物を済ませて帰っていったようだ。俺も下の階に降りた。

どうやらあのゴブリンたちが最後の客だったみたいで、ザッカスは片付けを始めるころだった。ゴブリンは約30本ほどの鉈を買っていったみたいだ。最初は棚から飛び出るほど置いてあった鉈の棚に所々空白が生まれている。俺もザッカスに協力して商品以外を朝の時の状態に戻した。

「ザッカス。お疲れ」

面倒ごとを片付けた彼に激励して今度は俺がコップに水を注いで渡した。

「ああ。助かった」

彼は俺に対して端的でそれで単純な感謝の一言を述べた。その後は互いにくだらない愚痴合戦が開幕した。やっぱり、俺みたいな人にはこうやって悩みや恨みを発散できる相手が必要なんだ。俺達の愚痴り合いが終わったころにはとっくに夜になっていた。


「良いのか?こっちに泊まっても問題ないのに……」

彼の心配そうな感情がこもった一言に少し呆れた。ここまでお人好しなのが怖い。魔物に貶められなきゃいいと。そう思った。

「大丈夫。すぐに着くから」

「そうなのか?なら、いいけど」

彼を安心させてすぐに武具店を出て家に向かった。やはり、魔物やその他の罠に出くわすこともなく、家にたどり着いた。夜で暗かったので台車を置いてきたおかげで大して時間もかかることなく到着できた。

「久しぶり!我が家!」

久しぶりに仕事をこなしたことから上機嫌で帰ってきた俺の心情は目の前の惨状を見て、ぐちゃぐちゃにかき乱された。

「は…………は?」

家が荒らされていた。俺の鍛冶場である家は資金不足で鍵をかける余裕がなかった。しかし、今まで荒らされたことがなかったから何の対策もしていなかった。それが今回、あだになったという事だ。ただ、俺の家には大したものはないから、何の問題も……何の問題……

「まさか……!」

違う。たった2つだけ大事なモノがある。アレを奪われたらたまったもんじゃない。最悪を想定しながら、早歩きで鍛冶場の奥の物置の前に到着した。二つの内の一つは初代の頃から受け継いで保管していた大鎌だ。もう一つは……

物置の扉を勢いよく開ける。やっぱりこの中も荒らされていた。物置の中には大鎌「のみ」があった。つまり、アレは盗られたんだ。

その事実を理解して絶望した。なぜなら、アレがあれだけが俺が魔法鍛冶師である証だったからだ。役職ではなく誇りとして大事な物だった。

歯をギシリと食い込ませ思いっきり力を込めた。歯が割れると錯覚するほどの強い力で文字通り事実を噛みしめて辛うじて声になった言葉を心の奥底から吐きだした。

「俺の。俺が作ったあの剣……」

俺が作った剣。未完成の聖剣。

そう。今思えば、これが、これこそが、全ての始まりだった。

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