第二話 イステリア王国第一王子クリスト
魔王暦101年、
イステリア王国、世界に存在する4つの大国の内、東側に位置している。総人口98万人、三年前と比べて約二万人ほど減少。中央のアレクサンドラ城を国の中枢に置き、城から見て前方を商業地区、後方を工業地区としてそれぞれ業種ごとに分けたことで職人・商人同士で対立・競争させ国を発展させてきた。
五年前の我が母ユミナ・アレクサンドラの事実上降伏によってゴブリンを代表とする多くの魔物が城に住み着いた。城に住む王族・貴族の大多数は虐殺され、また他国に追い出された。しかしそれだけでは飽き足らず、現在も魔物による暇つぶしは続いている。
そんなどうしようもない事実に向き合えていない不甲斐なさに僕は目を覚ました。
僕はクリスト・アレクサンドラ。16歳。五代目勇者ブレイブとその妹ユミナの間に生まれた子供。一言で表すなら、イステリア王国第一王子というものだ。五年前まで父さんから剣術・魔法の修行を受けていた。しかし、今では母さんに修行も戦闘も禁止されたことから、ゴブリンたちと生活をしている。
「着替えよう……」
ベッドから出て独り言をつぶやく。今着ている寝間着を脱いで畳む。前はメイドもいたからそんなこと一々気にしていなかったが、もう殺されたため自分でやるしかない。代り映えのしないズボンと上着を着て自室から出た。今の家族は三人で構成されている。僕を除くと母と妹だ。最初は僕も母さんに反抗的だったけど、家族を失いたくないから受け入れた。
顔を洗うために洗面台に向かっていると、滅多に会わない人物に出会った。
「お久しぶりです。クリスト王子」
「おはよう。グラディアス」
グラディアス・シールド。一言で表すなら巨漢であり、全身に銀の鎧を身に纏っている。彼はイステリア王国兵士団兵士長であり、四代目勇者時代からの古株だ。魔物侵略時も最後まで戦ってくれたそうだ。女王降伏後に多くの兵士団員は脱退したが彼は残ってくれていた。僕の剣術修行にも付き合ってくれた家族以外で最も信頼できる人だ。
それはそうと、僕は「王子」という言葉が嫌いだ。その立ち位置もだけど。僕は今まで何も成し遂げていない。誰も救えていない。家族を守ることもできていない。王子という言葉を聞くといつも不甲斐ない自分を連想して憂鬱な気分になる。たかが立ち位置に突っかかるのも自分でどうかと思うけど。
「クリスト王子?如何しましたか?」
「何でもないよ。それよりどうしたの?」
本来、兵士団は一日中、国を周って国民の安全を守るのが仕事だ。それはリーダーである彼も変わらない。今まで彼はそれを率先して行っていた。その彼がなぜこんなところにいるのか?
「女王に用があるのです。女王はどちらに?」
成程。そういう事か。母さんは、政務室に一日中こもりきりで政を連日連夜対処している。今日も上階の政務室から物音がしているからそうだろう。
「母さんなら政務室。忙しいだろうから僕が聞くよ」
「本当ですか⁉有難う御座います。いやあ。立派になられた」
「いや。僕は別に……」
大した事は出来てない。もし父さんだったら、とっくにゴブリンたちを皆殺しにしてる。僕はあいつらが怖くて動くことすらできなかった。これじゃ、父さんに魔法を教わった意味がない。
きっと彼はそんなことを言っているではないと思う。そんなことはわかっている。だからこそ天才じゃない自分に嫌気がさしているんだ。家族を守れず、国民を守れず、自分の保身しかできない自分に何の価値があるのだろうか。
「今年だけでゴブリンに殺された者が700名を超えました。また、人々がユミナ女王を貶す発言をしているところを見ました。」
「そっか。ありがとう。報告しとくよ」
巷ではアレクサンドラ家は没落した王族。ただ生き残っただけの哀れな一族と貶められさらに母さんには当たりが強い。母さんは国民とはそういうものだと言っていたけど、こちらからすればたまったものじゃない。
「はい。では報告お願いします。クリスト様」
「……………」
流石は500人以上の兵士団の長なだけはある。僕が「王子」という言葉に反応し、怪訝な顔を浮かべていたことに気付いたのだろう。相変わらず、とても優秀な兵士だ。
まずは失礼のないように身嗜みを整えるため、洗面所に向かった。洗面所は寝台の同じ部屋に合ってよかった。なにしろ下の階は階段が魔物に壊されて簡単には降りれないからだ。洗面所には、大きい鏡と洗面台が設置してある。隣には、小さめの浴槽が備え付けられているが、人の肉が腐って蛆が沸いているため使い物にならない。自分の顔を見てその不満に満ちた顔を見て情けなさを覚える。だけどいちいち感傷に浸る余裕はない。したがって僕はすぐに階段を駆け上がって政務室の前に訪れた。
政務室の扉は両方の扉を押し出して開く仕組みになっている。その仕組みからそう簡単に侵入されないように内側から鎖で封鎖している。入るには外から連絡を図るしかない。
どうせ執務に集中しているので扉を強く叩いた。ドンという少し鈍く大きな音がすると、僕の存在に気付いたようで鎖を解いて扉を開けてくれた。
「どうしたの?クリスト?」
ユミナ・アレクサンドラ。僕の母親。約一七年前に僕を生み出した。父さんの死亡が確定するまでは、心の底から家族によく笑っていて幸せそうに見えていたが、今ではかなり人当りの悪いキツイ印象を持った。父さんの死が耐えられなかったのかそれとも別の理由があるのか詳しい事は僕にはわからない。
母さんは今まで執り行っていた仕事を切り上げて僕の話を聞く態勢を取った。少し迷惑をかけているように感じて申し訳なくなった。数週間ぶりに会ったからなおさらだ。ほんの数秒の間その場に固まった後、グラディアスからの報告を行った。
「成程。魔物達も歯止めが利かなくなっていると」
「うん。母さん。どうするつもりなのですか?」
「ねえクリスト。聖剣って知ってるかしら?」
「聖剣?」
見たことはある。魔法でできた特殊な金属で作られた剣に魔物を殺すための魔紋を刻んだ魔物を殺すことに特化した剣。前に父さんに見せてもらった。だけど、それはもうこの世にはない。なぜなら……
「でも不可能です。勇者の聖剣はもう存在しない」
聖剣の製作はこの国では重罪。魔物を殺してしまってからでは取返しがつかなくなる。この国を永らえさせるためにはそうするしかなかった。
「そうね。奇跡を望むばかりだわ」
「母さん」
彼女を制止する。奇跡なんて起こらない。だって、今まで何も起きずにただ苦しみ続けたのだから。僕達は必死に生きるしかないのだから。
「わかってる。代案はもう少し時間を頂戴。そう簡単にできることじゃないから」
「はい。わかりました」
彼女の言葉を了承した。これ以上彼女の時間を奪うわけにはいかない。扉を押し出して執務室を後にした。
「お疲れ様です。お兄様」
執務室から食事室に戻ると義妹のスイが食事を用意して待ってくれていた。
「スイこそ食事。用意してくれていたの?」
スイに軽く言葉を掛けた。彼女は、笑顔で反応する。ようやく明るい性格になってくれてうれしく思った。
スイ・アレクサンドラ。小国ルイズムの王女であり、本国がルイズムとの国交のためにアレクサンドラ家に迎え入れられた。しかし、引き渡された三日後に、ルイズムは魔物によって侵略され国は壊滅した。そのことが原因で彼女はしばらくふさぎ込んでいた。
スイが用意した料理は「芋を蒸し焼きにしたもの」だった。ほとんどは腐っていてろくに使える食べ物がないから仕方がない。僕達はしばらく籠城しているわけだし。
「ありがとう。スイ。助かってるよ」
感謝の言葉。ルイズムの風習とスイは言っていた。ありとあらゆるものに感謝することが大事だと。人はよくも悪くも思い一つで変えられるとも。
「はい。私、お兄様の笑った顔が大好きなので」
彼女は満面の笑顔を浮かべて返答した。彼女は明るくなってからはよく笑うようになった。彼女は誰にでも友好的になってくれた。その笑顔が人に希望を与えてくれる。まるで魔法のように。スイはこういう状況だからこそ笑うことが大事と教えてくれている気がする。
「あ。そうだ。お兄様。ゴブリンは武器を集めに行ったみたいですよ」
「そっか。しばらく休めるね」
ようやく張り詰めた心を休めることができた。ゴブリンがいるとそれだけで緊張が全身に満たされてくる。恐怖を少しの間、感じなくて済むのだから。
だけどそれと相反する思いもあった。そうやって安心を得るのは良くない。だってその間、別の人がゴブリンに殺される危険を孕んでいるという事だから。
「お兄様?今日ぐらいはゆっくり休みましょう」
「うん。そうだね」
僕はいつも周りの人に心配されて、助けられて生きている。いつか僕も誰かを守れるようになりたい。いつもそう思ったまま何も行動できずにいる。いつか。いつか。いつか。いつになったら、僕は父さんみたいな勇敢な人になれるのだろう。
彼女の言葉から、そう思考した僕は段々と瞼が重くなり、体を倒していつの間にか眠ってしまっていた。
「お兄様。お疲れ様です」
だけど、僕は知らなかった。この後からが本当の戦い。そして奇跡の巻き起こる未来が訪れることを。全ての行動がどんな形であれ未来につながっていることを。
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