第一話 魔法鍛冶師レイス

魔王暦101年

東の大国イステリア王国。工業の国として栄えたと同時に勇者の一族が統治している国で工業、商業ともに栄え観光客も多く一見平和な国に見える。魔物が常駐している以外は。

 魔物の侵略行為に対し五代目勇者の妻王女ユミナは事実上の降伏をした。その結果がこれだ。この行為を非難する声も多いが、降伏しなければ国民全員が殺されていた可能性もあったことから一概に非難はできない。


そんな変えようもない事実を繰り返し反芻して、俺は目を覚ました。


 俺は、レイス。16にしてこの国唯一の魔法鍛冶師だ。父の死後、聖剣の製作を禁止されたため、今は斧や鉈などの魔物の武器を制作している。

 ここは、イステリア王国第二工業地区辺境にある俺の鍛冶場だ。もともと別の家で生活していたが、父の死後に資金が底をついたので売っ払った。今は、ここで生活している。

 軽く食事を済ませ仕事に入る。今日は鉈を40本作るだけだ。いつも通りにこなしていけばいいだけだ。

 魔法鍛冶師。今ではその誇りも地に伏せた。他の鍛冶師や商人などのかつての商売仲間からは魔物に加担している人でなしといつも蔑称されている。

 そんなことは俺が一番知っている。親父は聖剣を作って最後まで魔物に抗った。対して俺は、「死にたくない」なんてくだらない理由で一家の血を汚してる。いつまで俺は、こんな生活を続けるんだろう。

 「仕事するか」

 弱気な本音を自分の中で否定し心の中で一喝した。俺みたいな人間はいちいち弱音を吐かなきゃろくに生きていけないんだ。心底情けない。

 「魔力充填開始(ロード・スタート)。属性指定:金属(エレメント:メタル)。」

 全身に宿る魔力を両手に集中させ、その魔力を金属に特化した魔力に変質させる。一流の魔法使いにはこんな作業は必要なく、考えずとも魔力の変質ができるらしいけど、俺みたいなただ魔法を使うだけの一般人にはそんな真似はできない。

「物質指定:金属(ディザイネイト:メタル)」

 変質させた魔力を目の前に置いた鉄塊に流し込む。魔力は人間の生命力から生み出される以上、魔力を過剰に肉体から取り出すことは魔法使いでもない限り自殺行為だ。五年前、俺が11歳の頃にそれが原因で死にかけたことがあった。今は恐怖も感じない。魔物に殺される恐怖があの時の恐怖を塗り替えてしまったんだ。そう考えると、恐怖とは本当に恐ろしい。手にあつまった汗を見てそう思った。

 「金属変形魔法(メタルヴァリアント)」

金属変形魔法。魔力を流して金属の形を変える魔法。同じ金属に繰り返し使用するとその金属は劣化する。俺が使う金属魔法の基礎魔法だ。

 魔法によって鉄塊は鉛色の鈍い輝きとともにその形を変え、五本の鉈へと姿を変えた。あとは、しばらく放置して金属の形が定まったら完成だ。

魔法鍛冶師は今までの鉄を焼いて人力で形を変えていた一般的な剣の製作より、各段に短い時間で剣を作れるため重宝されていた。しかし、その需要が高騰したことで魔法の使用頻度が高まりほとんどの職人が魔力不足で死亡してしまったため、ここまで数を減らした。

俺が魔法鍛冶師をやっている理由はやらないと生きていけないからだ。イステリアは工業と言われるほどであり、職人同士が売り上げを賭けて競争している。親父を失ってから、

稼ぎ手が無くなった俺は自分で売り上げを上げるしかなかった。五年経った今でも親父の頃の売り上げに戻せていない。魔物の武器制作は、魔物が一度に大量に買ってくれる。だから、恐怖と隣り合わせでもやるしかなかったんだ。そうでもしないと、この国では生きていけない。

「あと、35個」

数を数えて項垂れる。あと35個。昼までに終わるか不安だ。昼になったら、納品しにいかないといけない。

毎日、限界まで働いて、売りたくもないもの売って。そのくせ、負担は増えるばかりだ。どうせなら、もう一人ぐらい魔法鍛冶師が欲しかった。一緒に働く仲間が……

「仕方ないか」

誰もが俺みたいに切羽詰まってるわけじゃない。少数の幸福と大多数の不幸。いつだって一部が得をする。そうゆう風にできてるんだ。文句言うぐらいならその時間がもったいない。

「さっさとやろう」

そう独り言をぼやいて疲弊した体を起き上がらせて再び仕事に戻る。起きたときよりも全身は重く苦しい。体も心も鉛のように重くなった今、体を起き上がらせるだけでも一苦労だった。

数刻ほど経ち日の光がひどく強くなったころにようやく仕事が終わった。終わった頃には全身が魔力不足で悲鳴を上げ、立ち上がる気力もなくなっていた。

「早く死んでくれえかな。魔王」

魔物に聞かれていたら間違いなく処刑される一言。だけど、自然と口から漏れ出ていた。それだけ、限界だったんだ。

もしかしたら、違ったかもしれない。家族が生きてたら。親父が生きていたら。そんな幸福な16歳の俺は、もっとマシな生活をしていたかもしれない。

考えなくてもわかっている。そんなことはあり得ない。死んだ人は帰ってこない。信頼も売り上げも生活もありとあらゆる選択は一度進みだしたら引き返せない。もう二度と実の親の愛に触れることはできない。

わかりきったことを今年何度目かもわからないほど思考し反芻した。それだけ、懇願したくなるくらいこの現実に嫌気がさしているんだ。

最後の一本が作り終わる頃には夕刻になっていた。予定より大幅に遅れてしまった。また納品先にグチグチ言われる。

「金属物体操作魔法(メタルグラヴィエイト)」

魔法で鉈を動かしながら、小屋のドアを開けて外に出た。家の後ろに置いてある台車に鉈を置いて納品の準備を整えた。【金属物体操作魔法】はその名の通り、金属の位置を移動させる魔法だ。これの利点は触れずに発動できる点だ。そのまま納品先まで使えれば良いのだが、そもそも武器を大量に持ったまま維持するのが難しい上にそんなことすれば、納品先に届くまでに魔力切れで力尽きるからそう簡単に行かない。

 40本の鉈を乗せた台車に鉈が落ちないように布を括りつけて納品先に向けて出発した。

 納品先は、この先遥か南東の第六商業地区。ひどく重い台車を右手で引きずりながら一歩一歩歩いて行った。魔力が少ないので魔法が使えない以上人力で運ぶしかない。しかし残念なことに俺は結構細身で力もないから親父の倍以上の時間がかかる。いつもこの作業だけは嫌いだ。

 結局、目的の場所にたどり着くまでに日が落ちて暗くなってしまった。親父ならこんなことにならないのに。

 

 ザッカス武具店。王国南東部に位置する第六商業地区の店主ザッカスが営んでいる武器専門店だ。イステリアでは、商売の種類によって七つの商業地区に分かれている。第一は食材、第二は装飾品、第三は本、筆等、第四料理、第五紙幣、第六金属、第七該当なしとなっている。工業地区も同じような区分がされている。

 台車を後ろに店の隣に置いてドアの目の前に立つ。妙な緊張感に襲われていた。なぜなら、「納品予定時刻」をとっくに過ぎているからだ。流石に怒られる。緊張から体を震わせながらドアを叩く。中から「どうぞ」と元気のいい返事が返ってくる。それを聞いて、さらに動悸が激しくなる。正直、返事がしない方がまだ安心できた。中にいないかもしれないと希望を抱くことができたから。

 「どうしました?早くどうぞ」

 「えっ?待っ」

 彼は何も気にせず容赦なくドアを開けた。隠れる隙すら無く俺はザッカスの前に姿を見せた。見せてしまった。しばらく彼は硬直しやがて

 「なんでだ?」

 怒りを露にしてきた。当たり前の反応だ。遅れるつもりはなかったけど遅れてしまった以上、謝って許してしまうしかない。

 「悪い。今日は遅れて……」

 「裏口から入れって言ってんだろうが!」

は?今なんて言った?裏口?え?そっち⁉え、遅れた方じゃないのか?

その後の彼の言葉で落ち着いたが、詰まるところ、俺が遅れることはある程度想定していたらしい。それよりも、「客が入る表口から入ってくるな」とのことだ。当然の事だが、しっかり謝って許してもらえた。


ザッカス。今から約一五年前に他国からイステリアに移住。その後、約一〇年間「ザッカス物店」として母国の珍しい物を売って生活していた。最初は怪しまれていたが、徐々に人気を獲得し商売仲間からも信頼を得ていたが、五年前、親父が死んで孤立した俺を拾ったことで商売仲間からの信頼を失った。それ以降は俺が仕事をしやすいように「ザッカス武具店」として店を作り替えた。俺の育ての親でもある。もちろん信頼しているが、移住前の過去を教えてくれないのが少し引っかかっている。

「レイス。お前……」

彼の言葉に少し身構える。なにか悪い事をしたのか。だとしたら、謝らないと……

「一日で作りすぎだ。死にたいのか?」

その言葉に肩を撫で下ろした。心の底から安心した。だってそれはいつものことだから。

「全く、それじゃ身が持たないぞ」

知ってる。こんな生活、長続きするわけないって。だけどさ、誰かに寄生して生きていたくないんだ。俺のせいで誰かが苦しむのは嫌なんだ。だから俺は、死にかけてでもあの剣を作ったんだ……

 なんだろう。思考が纏まらない。何か眩暈がする……

「レイス?レイス!」

ドタンと大きな音がした。何の音だ?なんで俺、寝そべってるんだ?まあいいや。少し休む。

「全く、だから言ってんのに」

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