転生魔法使いは汚部屋にて覚醒す〜私を捨てた母は実はセレブでした〜
白石とな
覚醒
母が出て行ったのは私が12歳の頃だった。
私の名前は束石麻帆。
母は毎日毎日、酒を飲んだ父から殴られていた。
幼かった私はどうする事もできず、ただ怖くて別室へ逃げ込むだけだった。だからかも知れない。母はキッチンのテーブルの上に離婚届を置いて逃げた。
私を置いて逃げたのだ。
それから、すぐに別の女が転がり込んで来て、その女と一緒になる為に父は離婚届を提出した。私はその女を紹介されてもいないから、名前も知らない。女は半年待たないと結婚できないと言って籍を入れないまま家に居座った。そうかと思えば一月程で出て行った。
それからだ。私が暴力を受け始めたのは。
父は出て行ったその女には一度たりとも暴力は振るわなかったのに、私は殴られ、蹴られた。
何度も死のうと思ったが死ねなかった。何度も殺したいと思ったが殺せなかった。
家を出る事も、児童相談所に行く事もできなかった。
もう私は考える力も失っていた。
16歳のある日、学校から帰ると父は倒れていた。
私はただ静かに待ち、父が死んだのを確認してから救急車を呼んだ。
アルコール中毒だったらしい。
そんな時だった。弁護士から連絡があったのは。
一度私を捨てた母親が私の後見人となったが、現在は過労で倒れ入院しているとのこと。もろもろの検査が終わり落ち着いたら帰ってくるらしい。それまで私は1人で暮らす事になる。
病院にも行った。しかし私を捨てた母に何の興味も湧かなかった。謝られ言い訳をされたがそれもどうでも良かった。
「これからよろしくお願いします。」
私は他人行儀な挨拶をした。
それからあっという間に手続きが済み、自宅を引き払う為に荷物の整理をしながら過ごしていた時、とんでもない事実が発覚した。
母ががんで余命一年を宣告されたのだ。
私が今日から暮らす家はこの豪邸らしい。
母は70を過ぎたこの豪邸の持ち主と結婚し、未亡人になって、この家を手に入れたらしい。私の他に子供もおらず、引き取る話を二人でしていたところ、その爺さんが亡くなり、葬式やら相続の手続きに追われて過労で倒れた。
そしてがんが発覚。
私はまだ未成年だ。母が死んだら誰が後見人となるのだろうか。せっかく手に入れた母の遺産を搾取されるのだろうか。母は私に負い目があるから私に無体は働かないだろうが。
「遺言書を作ってもらわないと。」
庭は手入れされておらず、草は伸び放題だ。
渡された鍵を開けて中に入った私は愕然とした。
靴箱に入りきらない程の靴、靴、靴。
玄関から見える通路に積み上がった未開封の通販の箱。
シンクには大量の食器、キッチンにも、リビングにも足の踏み場がない程の物が溢れ、そして分別もせずに詰め込まれたゴミ袋の山。
いわゆる汚部屋という状態だった。
自由になった。暴力を振るわれる事も無くなった。
生活にも困らない。だけど
「これを私一人で片付けるの?」
何故こんなになるまで放置したのか。
飲んだくれの父の家でももう少しマシだった。
とにかく一度足の踏み場を確保しようと押入れを開けたら私の頭の上に重そうなダンボールが落ちて来た。
あ、やば
ガツンと頭に強い衝撃があった。
その時、鮮やかな景色が頭に流れ込んで来たのだ。
私が、大魔法使いとして活躍した最後の姿。
勝ったと思ったその時、ドラゴンは同時にブレスを放っていた。
私は、仲間と共に消し炭になってこの世から消えたのだ。
記憶……が……戻った……。
周囲を見渡すと、魔素だらけだった。
この地球は魔法が発達していない。
誰も使わないから、魔素が溜まっている。
私は濃い魔素を吸い込んで身体に循環させた。
火魔法を思い出した。
水魔法を思い出した。
風魔法を思い出した。
土魔法を思い出した。
氷魔法を思い出した
雷魔法を思い出した。
無属性魔法を思い出した。
光魔法を思い出した。
闇魔法を思い出した。
結界魔法を思い出した。
時空間魔法を思い出した。
収納魔法を思い出した。
身体強化を思い出した。
私は部屋の中のものを全て収納した。
魔法で窓を開けて
魔法で埃を追い出す。
居場所を失った虫たちを一瞬にして凍らせ
光でそれらを消滅させる。
さて……これから何をしようか。
復讐したい父親は既に死に
私を捨てた母親は既に死の淵に居る。
治してやる義理はさらさら無い。
……いや、私が成人するまでは、入院したまま後見人として生きていてもらうか。私は今まで親に何も望んでこなかったのだから、最後にその程度はしてもらおう。
「自由……か……」
これから私は何でもできるのだ。
何にでもなれるのだ。
ようやく自分だけの人生を歩める。
今までの私は死んだ。
この部屋から私の人生は始まったのだ。
転生魔法使いは汚部屋にて覚醒す〜私を捨てた母は実はセレブでした〜 白石とな @tonaring
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