嫁のパンツには穴が開いている

 嫁のパンツに穴が開いていた。

 穴が開くのはいつも骨盤あたり。ふと気が付いた時に穴が開いているのを見かける。もう何度目だろうか。

 嫁に理由を訊いた。

「え? あ。本当だ。穴が開いてる。なんでだろ?」

 嫁自体、穴が開いている事に気が付いていなかった。驚くでも恥ずかしがるでもなく間の抜けた声だった。

「気が付いてなかったの?」

「うん。だってパンツなんてそんなまじまじ見ないでしょ」

「ああ、そう。だけどどうしてそんなところに開くんだろうね」

「うん? 開くんだから仕方がないよ」

 考えようともせずに言い切り、スウェットを穿いた。パンツの穴は見えなくなった。


 なぜ、嫁のパンツには穴が開くのだろう。

 しかも横の部分だけなのだ。たまにレースの部分が解れている事はあったけれど、それは縫い目が荒かったからなど理由は容易に想像つく。生地が簡単に破れる訳がない。

 俺は嫁の代わりに考えてみようと思った。



 第一案。穿きすぎて布が薄くなっていてそこから糸がほつれた。


 嫁は中々新しいパンツを買わない。買いに行くのが面倒だからと、パンツが一枚になって困窮するまで動かない。だから古くなりすぎて破れる。これはあり得る。



 第二案。嫁はわざと穴を開けている。


 通気性が悪くムレるので穴を開ける事で通気性をよくしている。安いパンツしか買わないのでこれもあり得る。一度通気性の高いものを買うよう進言してみるか。



 第三案。嫁の骨盤にはヒレが生えている。


 実は嫁は人間ではなく、骨盤にヒレの生えた別の生物だった。時々何らかの理由でパンツを突き破ってヒレが開く為、パンツの横に穴が空く。

 うん、これはないか。一緒に風呂に入った時にヒレが生えているところなど見た事がない。


 そうなると一か二か。いや、でも……

 三案目を捨てきれないのには訳がある。時々、嫁が宇宙人ではないかと思う時があるのだ。


 嫁は外では『普通』を装う。家にいるのとは別人のように明るく人当たりもよく優しさをにじませた笑顔を見せる。

 しかし実際には面倒な事は嫌いだし、すぐに怒るし、声を掛けなければ風呂をサボろうとするし、フローリングに水を零したら足でのばして「拭いた」というものぐさな人間だ。

 おそらく、外に出たら『普通』の人を見つけて真似をしているのだろう。その擬態する姿は宇宙人に似ていた。


 おかしいところはまだある。

 たまに一点をじっと見て動かない時がある。猫が幽霊を見ているような奇妙さがある。あれは、母星と通信しているのではないか。

 もしかしたら地球を侵略するか審査する審査員なのかもしれない。そんな彼女がひょんな事から俺と結婚し、地球に居続けている。

 俺は人知れず、地球を守っているのかもしれない。


 他にもおかしいところがある。

 映画を見ていて急に『これ、見た事ある』というのだ。新作映画で上映初日に行ったのに、いつ、どこで見たというのか。

 嫁は未来視が使えるのではないか。もしかしたら地球は滅びる寸前で、それを食い止める為に嫁は日々何か活動をしているのかもしれない。


 おかしいところはまだまだある。

 嫁は猫に嫌われている。野良猫を触ろうとすれば大体噛まれる。威嚇をされる事はなく、ガブッと噛まれるのだ。あれは嫁が人間ではなく別の生き物で、おいしそうだから食べたのではないだろうか。


 ああ、考えるだけで嫁の不自然さが思い浮かぶ。

 なんて、バカみたいな事を考えたが、嫁が地球人で日本人なのは紛れもない事実だ。たぶん、パンツに穴が開くのも生地が弱かっただけだろう。


 数日後、嫁がトイレに行った後に焦った様子で俺のところに駆け寄ってきた。トイレに行く前にスウェットを脱いだからか、パンツ姿のままだった。

「パンツに穴が開く理由、わかったよ!」

 目をギラギラと輝かせて鼻息荒く言った。

「なんだったの?」

「あのね」と嫁はパンツを下ろす動作をして、持ち上げる動作を見せた。「こうやって引き上げた時に、勢いよく上げるから親指がパンツに食い込んで穴が開いていたの!」

 まさかの理由に俺は呆気にとられた。

 嫁のパンツに穴が開いていたのは単に嫁が馬鹿力を発揮しただけだった。

「今まで気付かなかったの?」

「まったくもって」

「ああ、そうなんだ」

 口から笑い声が漏れる。それは大きくなって、止められないほどの笑い声になっていた。

「大丈夫?」

 嫁が心配そうに俺を見る。

「大丈夫。俺もさ、なんでパンツに穴が開くか考えたんだ。生地が薄かったとか、通気性が悪かったとか考えた。終いには、嫁は地球外生命体で、地球を侵略するかどうかの審査をする為に来たんだとか色々考えたよ」

「え」

 嫁が間の抜けた顔をする。

「え、どうかした?」

「あ、え、ううん。なんでもない。馬鹿な事考えるなって思ったの」

 嫁は口元に手を当てて笑った。

「本当だよな」

「ちゃんと地球人だよ。お昼、何にしようか」

 嫁はそう言いながらスウェットを穿く。パンツの穴が隠れる寸前、ちらっと見えた。

 それはヒレのようなものだった。


 やはり嫁は地球人ではないかもしれない。

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誰も魔法は使えない 新谷式 @arayashiki_ikihsayara

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