最終話 死ぬまで生きてやったのだ
「――十年前の、この日……我が国に
ハルモニエの王都モルゲンレーテ中央に作られた、式典用の広場には、所狭しと人々が詰めかけ、高座で挨拶する国王テオドールの姿を見つめている。
「我が国だけではなく、各国から勇敢なる義勇軍の戦士たちが集結し、共に危機を払うことができたのを、折に触れ昨日のことのように思い出します。しかし、その為の犠牲も少なくはありませんでした。人々を守る為に、その身を捧げた戦士たちの
広場では、ネモとの戦いで
毎年、各国から多くの要人たちも招かれる、盛大な催しだ。
招待客たちに交じって正装で立つリューリは、高座にいるテオドールの姿を見ながら、十年前の出来事を思い出していた。
当時は肉体的には五歳の幼児だった彼女も、今では、すらりとした肢体を持つ美少女へと成長している。
犯罪組織「エクシティウム」の首領だったネモを激戦の末に倒した後、ハルモニエ王国も、その他の国々も、様々な事後処理に追われた。
その一つとして、今後、ネモのような存在が再び現れた時の為に、大陸内の国家同士で連携を取れるよう「大陸連合」が発足された。結果、国家間に
また、
しかし、この十年の間に復興が成し遂げられ、現在の王都は更なる発展を見せていた。
「守りの壁」の力を限界以上に使って倒れたローザも、ひと月ほど床に臥せっていたものの、その後は至って元気であり、今では最愛の夫ジークと共に孫たちに囲まれた日々を送っている。
式典が終わり、会場を後にしようとしたリューリに、黄金色の髪をした少女――マリエルが声をかけてきた。傍らには、彼女の父であるフレデリクの姿もある。
フレデリクは「エクシティウム」に関係していた時期があったものの、対ネモ戦における戦功を考慮されたのと、ローザの口添えによる恩赦で、その過去は不問とされたのだ。
「リューリちゃん、この後は、ローザ様のお茶会に出るんでしょ?」
「もちろんだ。堅苦しい式典で肩が凝ってしまったからな。ゆっくりと茶でも飲んで休みたいよ」
「もう、お爺ちゃんみたいなこと言わないの」
幼い頃からの愛らしさはそのままに、美しい微笑みを浮かべて、マリエルが言った。
「見ろよ、リューリ様とフレデリク様だ。お姿を見られるなんて、幸運だな」
通りすがりの中年男が、リューリたちの姿を認めると、軽く頭を下げた。
「ねぇ、父ちゃん、あの人たち、えらい人なの?」
男に連れられている、十歳にもならないであろう少年が首を傾げた。
「あの人たちは、この王都、いや、大陸全部を救ったと言ってもいい英雄だぞ。お前が生まれる前の話だけどな」
まるで自分のことのように誇らしげな顔で、男は我が子に説明した。
「ええっ? だって、あのお姉ちゃん、十年前は子供だったんじゃないの?」
少年が、不思議そうにリューリを見た。
「そうさ。だが、父ちゃんは、リューリ様が魔法を使って戦っている姿を、この目で見たんだ」
「ほんとに? すごいね!」
少年は、父に手を引かれながら、何度もリューリたちの方を振り返りつつ去っていった。
親子の背中を見送りながら、リューリは小さく息をついた。
「十年も経って、まだこれか。注目されるのには、慣れないな」
「リューリちゃんは綺麗だし、余計に目立つからね」
フレデリクが、ふふと笑った。
「それはもう、諦めるしかないと思うよ」
そう声をかけてきたのは、幼い赤毛の男の子を抱いたウルリヒだった。
「リューリちゃんとフレデリクさんは、ハルモニエ国民からすれば、もはや軍神のようなものだからな」
彼の隣にいるアデーレも、そう言って頷いた。
「ねぇ、リューリお姉ちゃんの格好いいお話、また聞きたいな」
アデーレと手を繋いでいる黒髪の少女が、彼女を見上げた。
「後で、いくらでも話してあげるから。まずは、ローザ様のところへ行こうか」
すっかり母の顔になったアデーレが言うと、少女は、にっこりと笑った。
リューリたちは連れ立って、王宮の一角に建つ、ローザとジークの住居である「離れ」へと向かった。
「離れ」の一室では、ローザとジークが親しい間柄の者を招いて、茶会を開いている。
毎年、この日は十年前の危機を共に乗り越えた者たちが一堂に会する、貴重な機会でもあった。
「リューリちゃん、久しぶりね。最近は忙しいのかしら?」
リューリの顔を見たローザが、そう言って彼女の肩を抱いた。
「魔法学校の対人戦闘講師に、魔法兵団の指南とか、色々引き受けてしまってな。自分の研究も、なかなか進まないんだ」
苦笑いしながら、リューリは言った。
「リューリちゃんは、意外にお人好しだからなぁ。あまり、無理するなよ」
言って、ジークはリューリの頭を撫でた。
「ジークは、私のことは、いつまでも子供扱いなんだな」
「そりゃ、孫みたいに思っているからな」
リューリの言葉に、ジークが相好を崩した。
部屋の
「フレデリク、君はハルモニエに来てから、便利な魔導具を色々と開発しているのに、特許を取らないのは勿体ないんじゃないかね?」
ミロシュの言葉に、フレデリクは首を振った。
「生活するのに十分な収入はいただいていますし、娘も学費免除されていますから、お金は、それほど必要ないのですよ。私の技術は人々の為に使うというのが、ローザ様との約束であり、私の誓いでもありますから」
「欲のないことだな、そこが、あんたの良いところだが」
孫を膝の上に載せたバルトルトが口を挟むと、フレデリクは照れたように笑った。
その様子に口元を綻ばせているリューリのもとへ、分厚い魔導書を抱えた一人の少年が近付いてきた。彼はローザとジークの孫の一人だ。
「リューリ姉様、一緒に、ご本を読んでください」
頬を染めながら言う少年の姿に、リューリは微笑んだ。
「いいぞ。ほう、随分と難しいものを読んでいるんだな」
そこへ、更に別の子供たちが集まってくる。
「ああ~っ、兄上がリューリ姉様を独り占めしようとしてる!」
「私だって、姉様と、お話したいのに」
子供たちに群がられているリューリを見た大人たちが、思わず笑いを漏らした。
「リューリちゃん、相変わらず大人気だね」
「孫たちは、リューリちゃんを気に入っているのさ。優しいし、絶対に怒らないからな」
フレデリクの言葉に、ジークが頷いた。
「しかし、これではリューリ殿も流石に落ち着かないのではないか? お前たち、少しは遠慮しなさい」
静かに茶を飲んでいたテオドールに言われて、子供たちは首を
「王様、ご心配には及びません。私も、楽しいですから」
リューリが言うと、子供たちも安堵した表情を見せた。
――多くの人に囲まれているのが楽しいなんて、前世の自分なら、考えられないことだったな。それが全てではないかもしれないが、大切に思える相手がいるというのは、生きる理由になるものだ。
それからも、リューリはハルモニエに留まって、大切な友人たちと共に過ごし、時に旅に出た先で人々の窮状を救った。
彼女の研究から生み出された呪文や魔導具の数々は、人々の生活を豊かにした。
彼女の墓標の周りには、常にその死を悼むように、絶えることなく色とりどりの花が咲き誇っていたと伝えられている。
おわり
もう一度生まれたからには死ぬまで生きてやるのだ~幼女魔術師リューリは諸国漫遊する~ くまのこ @kumano-ko
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