いつもはおしとやか、弱ると甘えんぼう――5
水を入れた桶にタオルを浸し、彩芽の部屋に戻ってきた。
緊張を鎮めるためにドアの前で深呼吸して、恐る恐るノックする。
「じゅ、準備できた?」
「はい。大丈夫です」
彩芽に確認をとって、ドアを開ける。
直後、俺は息をのんだ。
しかたないだろう。彩芽の
汗を拭いてもらうのだから、パジャマを脱いだのは自然なことだし、体の前面は毛布で隠されている。
しかし、彩芽の背中は完全に露わになっていた。脳天に雷が直撃したくらい衝撃的で、
「哲くん?」
「あっ! ゴ、ゴメン、ボーッとしてた!」
呆然としているのを不思議がってか、彩芽が声をかけてきた。
ハッとして、俺はいそいそと部屋に入る。
パタンとドアを閉めて、ベッドの脇に桶を置いた。
水に浸したタオルを絞る。そんな俺を、彩芽が横目で眺めている。
会話はない。ふたりとも黙り込んでいる。そのことが、俺と同じく彩芽も、極度の緊張状態にあることを示していた。
タオルを絞り終えて、彩芽の後ろに回る。
ピクリと身じろぎする彩芽。透き通るような白肌は桜色になっていた。その原因が、熱のせいだけではないことは、想像に
いまだかつてないほど心臓がうるさい。タオルを持つ手は、かすかに震えていた。
「じゃ、じゃあ、はじめるね?」
「は、はい。お願いします」
頷きを確認して、恐る恐る、彩芽の背中にタオルを当てる。
「ひんっ!」
「――――――っ!」
タオルが触れた瞬間、ビクンッ! と彩芽の肩が跳ね、よがるような声が上がった。
「だ、大丈夫?」
「は、はい。冷たくてビックリしただけです。心配する必要はありませんから、続けてください」
「あ、ああ」
鼓動が荒ぶるのを感じつつ、改めて、彩芽の背中にタオルを当てた。
緊張と興奮で頭がクラクラするなか、背中の汗を拭いていく。白磁の芸術品を、タオルでなぞっていく。
「……んっ……くぅん……」
背中が敏感なのか、彩芽の口からは
正直、堪ったものじゃない。理性が木っ端微塵になりそうだ。
彩芽は風邪を引いているんだ、手を出したらいけない。彩芽は風邪を引いているんだ、手を出したらいけない! 彩芽は風邪を引いているんだ、手を出したらいけない!!
ひたすら自分に言い聞かせ、ギリギリと奥歯を噛みしめて、暴れ出しそうな欲望を抑えつける。
修行じみた時間をなんとか乗り切って、背中の汗を拭き終えた。
ふぅ、と息をつき、彩芽に知らせる。
「終わったよ、彩芽」
「ありがとうございます。では、次は前をお願いします」
「うぇっ!?」
返ってきた言葉が予想の斜め上すぎて、
体の前面を拭くとなると、必然的に、彩芽の胸を拝むことになってしまう。男性の本能が拍手喝采しているけれど、それに抗うだけの倫理観は残っているし、それに従うほどの勇気はない。
「さささ流石に前は自分で拭いて!」
「哲くんでしたら、構いませんよ?」
「俺が構うんだよ!」
「それは残念です」
堪らずタオルを押しつけると、彩芽がペロリと舌を出した。こんなときまで俺をからかいたいらしい。
鼓動がますます速くなり、顔がカアッと熱くなる。
これ以上ペースを乱されたくなくて、俺はドアに向かった。
「へ、部屋の前で待っているから、拭き終わったら声をかけてね!」
「なかで待っていてもいいんですよ?」
「よくないよ!」
彩芽のクスクス笑いを背中に受けながら、早足で部屋を出る。
バタン、とドアを閉めて、肺の空気を吐き出した。
「冗談が過ぎるよ、まったく」
背中を拭くだけでもドキドキしていたのに、追い打ちをかけないでほしいものだ。
恥ずかしさと悔しさを味わいつつ、それでも、と思う。
「冗談が言えるくらい回復してくれて、よかったよ」
自分の頬が緩むのがわかった。
お嬢様クラスメイトの実家の手伝いをしたら全力で外堀を埋められはじめた 虹元喜多朗 @nijimon14
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