第25話
「銀二の背後に飛ばしてもらっていい?」
「わかった」
楓の手が私を引き寄せ、次の瞬間には銀二の背後へ地面から飛び上がっていた。私は拳を握りしめ力を込めた。腰を回転させ体重を乗せた拳を銀二の胴へ突き上げるように叩き込む。その手には──バチバチと鮮烈に光を放つ雷が纏われていた。その眩いまでの光が暗闇を照らす。寸前で気付いた銀二が振り向くが……もう遅い。拳が叩き込まれた銀二は宙に少し浮き上がり、吹っ飛ぶ。灯籠などを巻き込んで倒れ込んだ銀二の手足は麻痺したように震えていた。金属は電気を強く伝導する。
──
それは私が編み出した雷の力を宿した技。拳や足に電撃を纏わせて、近接攻撃に雷のエネルギーを加える術だ。
銀二がまた立ち上がる前に、私は軽く足を踏み鳴らし合図をしてまた影に潜る。一切光を通さない暗闇の中、私の拳に纏う電撃に照らされた楓は驚いたように言葉を発した。
「それ……祓術やないな」
「これは妖術だよ」
妖術とは、一部の強い妖が使う妖力を使った術のことだ。この世にいる全ての生き物が霊力を持つのと同じように、妖怪は妖力を持つ。祓術の指南書にも書かれていたが……普通、妖怪は妖力を使って本能のままに戦う。人間が妖を祓うためだけに、何百年も一つの技を研ぎ澄まさせているのとは違う。その代わりと言っては何だが、武器などを使う祓い師とは違い、自然などの強大な力を使う妖怪が多い。そして基本的に自分のルーツに繋がる能力しか使えない。例えば、雪女は炎の妖術は使えない、など。血に縛られている
。
私には霊力と妖力の二つがある。祖父の血を引く私は莫大な量の妖力を持っているのだ。これを使わない手はない。
楓が信じられないというような声を出した。
「人間が妖術使うなんて聞いたこともない」
私は悪戯っぽくニヤッと笑った。
「妖混じりだからね。鬼に相性がいいのは雷だ」
これを足に纏わせて脳から発せられる痛覚の信号を鈍くして無理やり誤魔化すこともできる。痛みで動かせないはずの足も動かせるのだ。しかし痛みもそうだが……失血も酷い。この誤魔化しは長くは続けられないだろう。短期決戦で決めなければならない。
「あんたに伝えとかなあかんことがある。この能力についてや」
楓は淡々と語った。影に人や物を取り込めば取り込むほど、移動できる距離に限りができるのだと。つまり……舞、アオ、そして私を影に入れて屋敷に戻るのは無理だと言うこと。
どっちにしろ私は逃げるつもりはなかった。ただ、気がかりなのは──。私は闇の中、拳に纏う雷を眺めながら、静かに問いかけた。
「暁史を助けにいかなくていいの?」
岳の言う通りなら、あいつは暁史を殺しに行ったのだ。暁史は岳が犯人だとは知らない。幼馴染で、しかも暁史を慕っている風に振る舞っていたのだから、当然暁史は油断しているはずだ。
それに……これは私の戦い。楓は逃げることもできるはずだ。
楓は目を逸らすと言った。
「……あんたが死んだら、暁史兄さんは怒る。いやもっと悪い。失望して、私やこの家をますます嫌う。憎むようになる。そんなん嫌や。兄さんに嫌われるくらいやったら死んだ方がマシやねん。それに……」
そこで楓は顔を上げてフッと笑う。輝くような瞳だった。
「心配せんくても兄さんは強い」
私は「そう」と呟いた。そこには確固たる信頼があった。
銀二の背後、私は再び宙に飛び上がり姿を現す。息を吸い込むと瞬間、拳を撃ち抜く。雷鳴が空気を裂く。稲妻が渦を巻き、幾重にも重なる光の筋が拳を包み込んでいる。それは周囲の闇をも押しのけるように強烈に明るく輝き、空気がバチバチと弾ける音が響いた。雷の白い閃光が巨大な白銀の体を直撃する。銀二は低い悲鳴を上げた。私は銀二の巨大な体を足がかりに駆け上がる。強く踏み締め、後頭部に蹴りをお見舞いする。
足の先から、雷の奔流が一筋の白い稲妻となって巨大な白銀の体に炸裂する。白銀の肌に光が走り、衝撃とともに力強い雷のエネルギーが流れ込む。全てを焼き焦がすように流れる雷の白い閃光が、その巨大な体を裂き、轟音とともに大気を震わせていった。周囲の空気は焼けた鉄の匂いをまとっている。
銀二は一度倒れるも唸り声を上げながら、ゆっくりと起き上がる。黄金の瞳が私を見ている。
「流石だな。その目、雪ちゃんに似てるよ」
「父さんに仕えてたんでしょ、なんで岳なんかに……人間の敵になったの」
「善とか悪とか……所詮主観で決まることなんて、俺ァどうでもいいね。祓い屋の敵になったからといって悪だとも思わない。俺は雪ちゃんが好きだったから味方してた。それだけさ」
「……そう」
私は軽く地面を蹴ると、身を屈めて力強く踏み締めた。そして一瞬で距離を詰める。大きな前足が払いのけるように迫ってきた。植木などの全てを巻き込んで薙ぎ払う。私はそれを飛び上がり避けると乗り上げる。振り上げた私の足に白い閃光が一直線に奔る。稲妻の軌跡が残るかのように、空気を震わせながら強烈な光の帯が蹴りの先に伸びていく。だがそう何度も喰らうような相手ではないだろう。銀二がそれを回避しようとした身を捩った瞬間のことだった。突如闇に紛れるようにして現れた楓が鋭い短剣で銀二の目を深くまで貫いた。そしてすぐに影に溶け込む。銀二は右目に短剣が刺さったまま苦痛に満ちた叫びを絞り出し、前脚で顔を掻きむしるようにしてのたうった。
楓はもともと、肉弾戦に弱みがある。加えて暗闇を好きに移動できる能力を持っているくせして気配を隠すのが苦手なのだ。しかし、私が隙を強制的に作ることで、楓の能力は真価を発揮する。
私は拳を構えて、走り出した。手にまとわりつく雷光が絶え間なく明滅し、青白い電流が指先から肘までを奔る。私はその拳を銀二の頭に叩き込んだ。脳を揺らす。拳を引くと、すぐに私は地面に着地した。電撃が銀二の巨体を震わせるたび、金属の表面が小さく火花を散らし、わずかながら歪む様子がここからでも見てとれる。金属が火花を散らす音と、銀二の怒りに満ちた息遣いが暗闇の中響く。
銀二は低い咆哮を上げた。すると彼の毛皮の表面が動き、立ち上がると暗闇の中ぎらりと光る。私は嫌な予感がしていた。金属のような細かい棘。一つ一つは手のひら程はあるだろうか。それが、凄まじい速度で一斉に放たれる。破片が弾丸のように放たれる。
その刹那、もう私は駆けていた。その視線の先には、倒れ込むように地面に横たわるアオが。傷の具合が悪いのか体が動けないでいる。私は咄嗟にアオに覆い被さった。この限られた時間の中でできるのはこれだけ。アオが目を見開くのが見えていた。私はぎゅっと目を瞑る。ごめん、アオ。
だが次の瞬間、私たちは影の中にいた。私が纏う稲妻が、ぐったりと横たわっている意識のない舞を照らしている。楓はちゃんと舞を回収していたのだ。
「オメー何してんだよ!!」
アオが状況を理解したのか私の胸ぐらを掴む。その手は血まみれだ。私は黙り込むしかできない。
「ほんまやで。私が間に合ったからええけど。それにしてもあんた……妖術の才能があるんやな」
アオが顔を顰めて言った。
「フン、妖術なんて人間が使わない方がいい。妖怪に近づくぞ」
”妖怪に近づく”
その言葉に驚きはない。私は鋭く前を見据え、呟いた。
「妖術でも何でもいい。戦えるのなら」
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