第24話

 銃弾が降り注ぐ中、駆ける。飛んでくる銃弾を見極め、身を捻り、時には瞬時に左右に跳び、伏せる。しかし身を屈めながらもスピードは一切緩めない。私の拳が狙うのは岳の顔面。彼はそれを容易く躱す。さらに私は身を縮めるように捻り回転させ鋭い蹴りを放つ。しかしそれは岳の頬を掠めるにとどめた。岳は跳ねるように背後に飛び距離を取る。 

 再び岳が構える前に、私は地面を蹴って物陰に隠れる。……考えろ。常に相手の射線から外れることを意識するんだ。銃口の向きから「次にどこへ動くか」を読む。そして、私はそろりと木の影から出ると逆方向へ回り込んだ。しかし間合いに入るため砂利が敷かれた地面を蹴った次の瞬間、岳が私に向かって銃を構え直す。咄嗟に身を捩り回避するが、弾丸が脇腹を掠めた。鋭い痛みが体を突き抜け顔が痛みに歪む。私は気合いで耐えて、そのまま地面を蹴る。体を捻り右足を大きく振りかぶった。遠心力を乗せた力強い蹴り。次の瞬間、風を切る音と共に岳へ足が迫る。

 しかし……岳は瞬きをせずに、銃を構えて私を見ていた。硝子玉のような空虚で冷たい目が私を射抜く。

 ──銃声。

 軸足にしていた左足に銃弾がめり込む。彼は落ち着き払って続けてもう一発。私は気づけば痛みに震え、地面に崩れ落ちていた。至近距離から念入りに両足に銃弾が射抜かれた。体の中を抉られるような焼け付く痛みが突き抜ける。血がジワリと滲んで、足元に広がっていく。必死に立ちあがろうとするが、力が入らず膝が震え足が思うように動かない。

 その時。暗闇の中から短剣を構えた楓の姿が浮かび上がる。もう岳の背後から銀色に輝く刃が迫っていた。しかし岳は分かっていたかのように首を右に逸らして避ける。そして少しの躊躇なく顎に拳を叩き込む。楓は跳ねるように地面を転がっていった。岳はまっすぐ楓の頭に向けて銃を構える。舞が血を吐くように叫んだ。

 「やめろや!!」

 暗闇の中、銃声が響いていた。私が目を逸らした時だった。大きな前足に薙ぎ払われたアオが私の横を飛んでいく。強かに地面に叩きつけられた。身体が何度かバウンドして、呻き声をあげて動かなくなる。大きな血溜まりを作っていた。

 「アオ!!」

 私は痛みを忘れて悲鳴をあげていた。銀二がゆっくりとした速度で、しかし確実にアオに向かって歩いていく。

 立てよ、私。立て。立てったら!!

 岳は疲れたようにふう、とため息を吐いた後、笑みを浮かべた。そして銃を片手にそれを眺める。ふと舞の横にしゃがむと強引に顎を掴んだ。

 「安心しなよ。君は簡単には殺してあげない。大事に囲ってやるからさ」

 その綺麗な顔を歪めてうっそりと微笑む。舞は眉に皺を寄せ、その手を叩き落とした。

 「ふーん……ボクの今後の予定を教えてあげようか。まず暁史くんを殺しに行く。暁史くんも有力な祓い屋だしね。その次は舞、君の夫だ。フフ正宗くんを惨たらしく殺したら君はどんな顔するかな。今から楽しみだ」

 おそらく……彼が起こすであろう惨劇は全て夜行衆のせいになるのだろう。

 「ハッ、あんた何にも分かってへんな」

 舞は真っ青な顔をしつつも、血がドクドクと流れる傷口を抑え鼻で笑った。

 「正宗はな、この私が見込んだ男や。あんたなんかに負けるわけないやろうが!! それに……暁史もそう簡単に死ぬような奴ちゃう。あんたはあいつを甘く見とるで」

 「……へえー。じゃ、そこで這いつくばってなよ。正宗くんが死ぬまで、さ」

 岳が顔を歪めて嘲笑う、その時だった。


 一気にその場に異様な気配が立ち込めた。たちまち白い炎が立ち上がり、燃え盛るその中に女が現れた。

 「遅すぎよ、岳。いつまで始末するのに手間取ってるのかしら。悪五郎様の言葉が身に沁みてないようね」

 「鏡火……」

 現れたのは長い黒髪の美しい女。鏡火だった。鏡火がそう言った途端、その場に溢れんばかりの威圧感が放たれた。そしてイラついたように扇子を頬に当て、広げる。

 「結界も張ってないじゃない。ありえないわ」

 私は地面に倒れ伏したまま痛みに呻きながらも、乾いた笑みをこぼした。顔からさあっと血の気が引いて青ざめているのが分かる。息が荒くなる。

 状況は絶望的だ。

 「あなたはさっさと、その暁史とやらを始末してきたらどう? それとも呑気にそこで見学してるつもり? 随分呑気なのねえ」

 鏡火は鉄扇を振る。するとたちまち、白い炎が屋敷と庭園の間に燃え盛った。それは異常なほど静かに燃えて、黒い焼け跡の線を地面に残した。

 「これで屋敷の人間たちは何があっても私たちに気づかないわ。いつも通りの景色を幻術で見ているはずよ」

 岳は黙って立ち上がると、「銀二、任した」と言って背を向ける。

 

 「さ、次はあたしが相手になるって言いたいところだけど……もうその必要はなさそうね」

 

 私は歯を食いしばった。──死ぬのか。こんなところで。

 周囲には瓦礫が散らばり、足元には血が滲む。私は拳を握りしめて、なんとか立ちあがろうとするが、痛みのあまり足が小刻みに震える。ふと気を抜いたら意識すら遠のきそうだった。でも、諦めるわけにはいかない。

 私は願った。力が欲しい。苦難を跳ね除けられる力が。大事な人を守れる力が。

 拳を握りしめ、身体中の力を振り絞り、なんとか立ちあがろうとする。とめどなく血を流す足には貫かれたように激痛が走り、全身が悲鳴を上げているのがわかる。私は深呼吸をすると、思いっきり足に力を込めて、地を蹴り上げた。途端に体を射抜く痛みを無視して、駆ける。そうして間合いに踏み込む。腰を回転させて、全身を使って銀二に向かって拳を突き出す。

 しかし、その瞬間銀二は咆哮と共に体を逸らし、異形の狼の姿を皿に膨らませた。彼の毛並みはまるで甲殻のように鋭く変化し、拳がそれに触れた瞬間、まるで金属を打つような鈍い音が響く。銀二は殴られた衝撃で砂利が敷かれた地面をザザ、と巨大な体を滑らして転がるが、またすぐに立ち上がる。その体は光沢を帯びている。体を金属のような物質に変える能力。

 銀二の金属のように鈍く光を反射する体は、自然界の狼とは異質な獣だ。まるで巨大な鋼鉄の怪物のようにそびえている。そして銀二は傷一つ負わず、冷酷な光を宿した黄金の瞳で私を見下ろしている。そしてゆっくりとこちらに歩んでくる。鋭い牙を備えた口から生臭い息が漏れる。アオの痛々しい悲鳴が遠くで聞こえていた。

 「晴!! 逃げろ!!」

 その瞬間だった。視界が揺れる。足元が崩れる感覚に襲われ、体がふわりと浮く。気づけば私は地面に沈み込むようにして、何も見えない暗闇の中へ引き込まれていた。不思議な浮遊感が全身を包み込み、まるで現実から切り離されたかのようだ。私は息を荒げながら辺りを見回すも、墨をぶちまけたみたいに真っ暗だ。天も地もない。そこでふと声がした。

 「立てるん?」

 楓の声だ。私は暗闇を見回した。

 「楓なの? 生きてるの?」

 「他に誰がおるんよ。さっき、銃弾が貫通する前に影に潜っとったんや。ギリギリやったわ」

 手を伸ばすと暖かな頬に触れた。すぐ前にいる気配を感じる。ここは楓が移動する際の影の中というわけか。私は思わず息を漏らした。

 「よかった……」

 「フン、で? 戦えるんやんな。どうするつもりなん」

 そう言いつつも、楓は不安げだ。確かに足が使えないのは致命的だ。このままでは満足に走れもしない。私の武器はその脚を使った蹴りと速さ。特に速さならアオにも負けないだろう。私は黙り込んだ。目を閉じると、すうと息を吸う。一つ、考えていることがあった。

 

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