第12話

 やや年配の祓い師が自分の家で襲撃された者と死亡した者の名前、人数を述べた。五人が襲撃され、二人が重症一人死亡。次々と報告は進む。どこも必ず一人は死んでいる。その事実が状況の重さを示していた。祓い師たちはは厳しい表情で相槌を打ち、視線を交わす。

 そんな中アズマが膝に手を置き、つまらなさそうな顔で言った。

 「どこも強いやつから襲撃されとるみたいだな。それにしてもあれくらい自分で跳ね除けられねえ奴はどうかと思うが。最近の若い奴はナヨナヨしてると思わんか」

 「そりゃアズマさんは自分で撃退できるでしょうよ。ただ、みんながそういうわけではないという話です。それも多くが一人で油断しているところを襲撃されている」

 アオは大きなあくびをこぼした。つまらなそうに退屈しきった目でこの場に集う人々を眺めている。

 上座から近い席で胡座をかいて座っていた男がぽりぽりと頭を掻きながら言う。

 「わしゃ難しいことはようわからん。頭が痛うなってくる。舞、わしに説明してくれ」

 「何者かが我々を陥れようとしてるらしいなあ。各祓い屋の情報を把握し、狙うた者を排除してるんよ。ま、負けたもんは負けたもんで自業自得や。祓い師のくせに弱いんが悪いんよ」

 舞と呼ばれた女の方は、派手な着物を着ていて、黒髪を結っている。きつめの化粧、飴玉のような薄茶の目をしていた。

 「そうか。げにまっこと難しい難題やにゃあ。敵の全貌が見えんのは困るぜよ。斬れるもんも斬れん」

 男は茶髪の癖毛で、結んだ後ろがぴょんと跳ねていた。優しい垂れ目の目をしていて、頬に大きな目立つガーゼを貼っていた。

 祓い師たちは意見を出し合いながら話し合いを進める。

 「結界を強くしよう。一人で行動することを控えるように命令を出さねばならん」

 「有馬家の有力な結界術師を各地に派遣するのはどうだ。あそこの家は結界術に優れている」

 「それぞれが持つ術や技を磨くことも重要だが……連携を強化するぞ。これからの襲撃に備えるんだ」

 「おい暁史、お前はどう思う」

 話を振られた暁史は淡々と話を続けた。

 「まあ……強い者から狙われるということは、何か特別な狙いがあると考えなあかんやろうな。組織の動きやこれは。それも入念に計画を練られて、統率がしっかりした組織や」

 「そう言った妖怪の集団はいくつかあるが……」

 「今急激に力をつけとる組織、それやったらまず間違いなく──夜行衆やろうな」

 「夜行衆か……」

 「そんなら牛鬼の方の家は──」

 祓い屋たちは着々と被害状況を確認しあう。短期間に集中して発生し、襲われる時間帯に共通点はない。襲われているのはその全てが祓い師として名を轟かせている者たち。妖怪たちの種類は様々だ。襲われたのは合計四十三人、十二ある家のうち一つの家で必ず一人は死亡している。ここまで襲われた人数が多いのは極めて異常だ、つまり……背後に何らかの陰謀が潜んでいることを示唆している。

 私は夜行衆の名前が出てきたことに少し驚いて身を強張らせた。

 しかし、そこで今日の分の会合は終わってしまう。


 ◇

 

 場所は変わり、私は暁史が使っていたという私室にいた。アオは銀二という妖怪と長く話し込んでいたのでそっとしておくことにした。アオにも友達みたいな妖怪がいたんだ。私はアオがあんなに嬉しそうにしているのは初めて見たから、少し嬉しかった。

 本棚には本が多く並んで、幼い頃の勉強道具や筆記用具が無造作に積まれている。綺麗に片付けられた机には、色褪せた落書きの跡があった。

 『おれが一番つよい!』

 南向きの窓から射し込む柔らかな光が、古びた障子を透かして差し込んでいる。壁には白く塗られた漆喰が一部剥がれかけて畳は少し色が褪せていた。まるで時間が止まってしまったような感覚を覚える。私はふと尋ねた。

 「暁史はさ、なんでそんなに家が嫌いなの?」

 「なんや急に」

 暁史は押し入れを開けて中を覗き込みながら言った。

 「いや、気になってさ。そんなに嫌いなのに、家出ても祓い屋やってるし」

 「この祓い屋っちゅう職業は嫌いちゃうで。ま、祓い屋してんのは絵え描くだけじゃ稼げんってのもあるけどな」

 淡々と、暁史は言葉を連ねる。押し入れから重そうなダンボールを下ろす。もう一箱、引っ張り出して下に下るした。

 「戦うんも好きやしな、ただ……母ちゃんを殺したこの家が嫌いなんや」

 「殺した?」

 その疑問には答えずに淡々とダンボールの中身を順番に取り出していていた暁史は声を上げた。

 「確かここら辺に……あった、あった」

 暁史の手には古ぼけた何冊かの本があった。

 「指南書や、祓術の」

 正直、暁史の言葉が気になっていた。でも、しつこく聞いても暁史は答えてくれない気がした。私は無理やり喉まで出かかった言葉を飲み込むと口を開いた。

 「私、祓術使えるようになるの?」

 「訓練すればな。お前祓術が何か分かってるか?」

 私はキョトンとした。祓術っていえば祓い屋が使ってる術のことじゃないのだろうか。暁史は呆れたように教えてくれた。

祓術とは、妖怪以外の生き物が持つエネルギー『霊力』をもとに年月をかけて練り上げられた妖怪を祓うための術。そこには理路整然とした式があって、その計算をもとに術が組まれている。いくつも型が存在しており、それを祓い屋の家系は先祖代々受け継いでいるのだと。

 「いろんな種類があるけど祓い屋特有の術を指すことが多いな。色々ルールがあんねん。何年も修行をこなせば習得可能や」

 「ん?何年も?」

 「そうや、お前には二日で覚えてもらう」

 「はあーーー!?」

 「ま、それは冗談として最低でも一ヶ月や。こっちは即戦力が欲しいんや。そのためにもみっちり扱くからな」

 私は頷いた。もちろん、強くなるためならなんでもする。……しかし。

 数分後、私は頭を抱えていた。指南書は嫌に難しくて、しかも札や印を使って実践しても全くできる兆しがない。なんなんだ。私がバカだから悪いのか!?

 「お前、ほんま才能ないな。式神の紙ピクリとも動いてないやないか。初歩中の初歩やぞ」

 それから三時間。私は焦りと共に何度も紙に向かって霊力を注ごうとするが、その紙は動かない。微かに動いたと思ったら、それは窓から風が吹いただけだ。なんで。なんでできないの。焦燥はますます私の胸を焦がす。

 「……はあ、ま座学は今日はこんなところでええわ。この指南書一人でもちゃんと読み込んどくんやで」

 「うん」

 「晴、時間が空いたから訓練場に行くで。俺が相手したる」

 私と暁史は廊下を歩いて玄関にやってくる。屋敷の周りをぐるっと回って、奥に奥に進んでいく。そうして暁史の後を続いていると開けた場に出た。古い石垣に囲まれた広大な敷地中にある訓練するための場所だ。その訓練場の地面は粗い砂利と固い土で覆われ、敷地の奥には竹林が生い茂っている。暁史の手には木刀が握られていた。

 「じゃ、行くで」

 

 暁史は地面を踏み締めて瞬間、加速する。

 





 

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