第9話
今日も放課後、校門から外に出ると真っ赤なポルシェが止まっていた。暁史がそばに立っていたので私は足早に駆け寄って車に乗り込む。
私は暗い顔で黙り込んでいたが、落ち込んでいる暇はなかった。走り出した車の中、アオが険しい顔で背後を気にしながら言う。
「オイ、暁史」
「分かっとる……追われとるな」
ミラーを確認して暁史が呟く。炎をまとった狐の姿をした妖怪が少し後ろを並走していた。体は大きく、皮膚や毛が燃えているように見え、足元を炎で焼き尽くしながら追いかけてくる。低く唸り声をあげていてとてもじゃないが友好的には見えない。こちらを獲物だと思っていそうだ。そのすぐ後ろには、大きなトカゲの姿をした妖怪が。チロチロ見える赤い舌が覗く口には、狼のように鋭い牙と爪を持つ。細長い尾は鞭のようにしなり、皮膚は硬い鱗に覆われている。
「チッ……長舌鬼もおる」
地鳴りのような音がして私は振り返り、後ろの窓の向こうへ目をこらす。舌が異常に長い巨大な妖怪が、二体ほどドシドシと音を鳴らして追いかけてくる。痩せ細り異様に長い首がひょろりと伸びていた。病み果てたように青白い皮膚は、ところどころ爛れて赤黒い斑点が浮かび上がって、乾いたひび割れが無数に走っている。
その巨大さに私は思わず口を開けた。その長舌鬼は、走行している車なんてお構いなしといった感じで横を走っていた車を蹴り飛ばした。酷い音を立てて車は吹っ飛ばされ転がっていく。走っている狐やトカゲたちは群をなして一定の距離を保ってこちらを追尾していた。
暁史はため息をついてアクセルを踏み込んだ。車が急加速する。信号がギリギリで赤に切り替わるが当然のように無視をした。そしていきなり曲がって小道に車体を滑り込ませる。後ろで、妖怪たちが何体か急に止まれず雪崩を起こして立ち止まるのが見えていた。それでもしつこく着いて来る妖怪もいた。
暁史は傍に置いてあった刀を片手で撮って私に押し付ける。
「これ貸すから、上あがってあいつらが飛びかかってきたら叩き切ってや」
喋りながらも暁史は前を見据えてハンドルを切る。体が左に投げ出されかけて、私は窓ガラスに頭をぶつけた。車は豪快に滑る音を響かせながら乱暴にカーブを描く。その間も暁史は、ミラーで後ろをチェックしながら淡々と告げた。
「俺がやってもええけど、お前運転できへんやろ。アオ、サポートしたって」
「オウ。このナイフ使っていいか」
「いいで、飛び道具にでも使ってや」
アオは後頭座席に置いてあった鞄を漁って、見つけたナイフを見ている。どうにも拒否はできないらしい。迷っている時間もない。覚悟を決めた私は走っている車のドアを開けると、どうにか車の屋根に這い上がる。車の底から軋むような音が響き、制御を振り切るようにカーブをすべっていく。私は振り落とされないように必死だった。よじ登ってる最中に狐が飛びかかってきたけど、アオが爪を伸ばして真っ二つに切り裂く。「ギャン!」と悲鳴をあげて落ちて地面を激しく転がっていく。しかしまだまだ数はいる。
車は人気のない山中を走り始めた。
次々とトカゲたちは飛びかかってくる。素早く移動し、尻尾を叩きつけるように攻撃する。私は刀の鞘を抜くと、唸り声をあげて飛びかかってきたそいつを下から上へ叩き切る。その死骸を蹴り飛ばし怯んだ隙に日本刀を水平に突き出して喉元を突く。背後に迫った狐は、右に軽く避ける。
私が取りこぼした狐は、アオが叩き切り、ナイフを投げて仕留める。
ドシンドシンと一定の間隔を空けて追いかけてくる長舌鬼は、スピードを上げて近づいてきた。巨大な口がニヤアと裂けて、赤く長い舌がシュルシュルと伸びる。瞬間、舌が槍のように突き出される。受け止めるのは危険だと判断した私はわずかに顔を逸らして避ける。舌は簡単に車の屋根を貫いた。
すぐに舌が抜かれて次の攻撃に晒される。
舌が鞭のようにしなり、こちらに叩きつけられる寸前。アオは宙を蹴っていた。赤い舌に乗り上げて、身を屈めて駆け出す。一振りで舌を切り落とすと、宙をくるりと翻し、アオは掴もうとした手首に飛び乗り、鋭利な爪で顔を切り裂く。長舌鬼の悲鳴を聴きながら離脱の際は、背後の車めがけて難なく飛び乗る。頬についた血をペロリと舐めるその仕草が壮絶なほど似合っていた。それに思わず見入っているうちに鈍い破裂音が響き、車体がガタガタと揺れた。後輪が沈み込み、タイヤのゴムが路面を引きずる音が不気味に響き渡る。タイヤを舌が貫ぬいたのか。狐は次々と車体に乗り上げてくる。手が足りない。
そして、もう一体の長舌鬼が今度は近づいてくるのが見えた。好戦的に笑うそいつの舌が薙ぎ払うように車に迫る。払いのけるつもりなのだ。
私は考えるよりも先に体が動いていた。先ほどのアオの姿を思い出す。あの、身軽さ。あれが欲しい。
「クソッしゃーない、車捨てるぞ!!」
運転席の扉が開いて、暁史が身を屈めて飛び降りる。空中に身を躍らせながら鎖を伸ばして木に巻きつける。その時、空中でちらりと視線をこちらによこし、目を見開いた。切羽詰まったような彼の怒号が脳裏に響く。
「晴!!」
とっくに私は駆けていた。長い長い舌の上を走り抜ける。私の身体能力なら、できるはず。そうでしょ、暁史?
舌がうねって足が宙をきるが、くるりと身を翻えして舌の上を駆ける、駆ける。刀を口に咥えて、獣のように時には手を使って。曲芸師のように身軽に。合間に飛びかかっていた狼は蹴り飛ばし、しなやかに身を捻って躱す。紙一重に躱す際に刃を滑らせる。体を縮ませ、回転しつつ蹴りを放つ。一瞬のことだ。トカゲは彼方へ吹っ飛ばされる。
私に向かって伸びてきた長舌鬼の手を強く引き裂く。そしてくるくると宙で回転して長舌鬼の背後に迫る。声にならない悲鳴をあげる長舌鬼の背中から、心臓を一突き。刃を突き立てたままそのまま掻っ切った。
強くなる。
私の心にあるのはそれだけだった。
そして、鏡火を、悪五郎を殺す。
ぐらりと体を傾けて倒れ、散り始めた長舌鬼の下で私はどうにか這い出た。辺りを見回すと、ひとまず全ての襲撃してきた妖怪たちを倒したようだった。アオが私を見て言葉を漏らす。
「晴、オマエ……」
「色々言いたいことはあるけど、無事ならええわ」
ガリガリと頭を掻きながら、暁史は車だった残骸を見て呻き声を出した。車は大きく道を逸れて木々に激突していた。見るも無惨な姿だ。
「それにしても……どんだけ高かったと思うてるねん。マジで最悪や。くそ、保険なんかおりひんぞ、これ」
「ていうか、なんだったんだろうね……」
その時、電話がかかってくる。暁史は肩に下げていたショルダーバッグからスマホを取り出した。
「誰やねんこんな時に。ったく」
暁史はスマホを手に取ると背を向けて話し始める。その声色は不機嫌な声から驚愕、焦りが見えた。
「……マジで?…………ハア?! 今更なんで俺が。……とっくに家でた人間やで俺は……ちょっ……」
暁史は切れたスマホを見下ろすと馬鹿でかいため息を吐いた。どうしたんだろう。そして暁史は振り向く。眉を寄せた険しい顔だった。
「京都の実家に行くことなったわ」
「それはまたなんで……」
「襲撃にあったんは俺たちだけやないみたいやね。有力な祓い師たちが何人かやられとる。ヘマして死んどる奴もおるらしい。それで会合するんやって。参加しろって言われたわ」
私たち同様に襲われている人がいるのか。それも祓い師たちが。
「もちろん、お前らも行くんやで。さっさと帰って準備せんとな」
暁史は心底嫌そうにそう言い放った。そう言うわけで私たちは京都に急遽行くことになったのだった。
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