第2話 初めての仕事は猫探し⁉

「嘘でしょ~⁉」


 私は困っていた。宿屋の料金を考えると、連泊しただけで予算が尽きてしまう。田舎だけあって、町は主に観光業が主流だからか、値段もそれなりに良い値段だった。もたもたしていたら、日が暮れてしまう。


「そうだわ、ギルドに行けば何か仕事があるかも!」


 私はギルドで簡単な仕事を消化出来れば、予算になると考えた。本も読めるし、読み書きだって出来る。それなりに勉強した知識だってある。自慢ではないが、成績は優秀な方だったんだから。


 それなのに……。


「狂暴な魔物討伐の依頼しかないって、どういうこと~⁉」

「お嬢ちゃん、ギルドは初めてかい?」


 ギルドの気さくなマスターは、私にそう言って声を掛けてきた。田舎娘の出稼ぎだと思われたのだろう。若い娘がギルドに来るなど、訳アリなのだと見抜かれている。


「そう、初めてなの。出稼ぎに来たのだけれど……。ねえ、私にもできそうな仕事はない? 読み書きや計算、知識だってそれなりにはあるのよ」

「そう言われてもなあ。……うーん」


 ギルドマスターは唸りながら奥の書類に目を通していった。私は目を凝らしてその書類を見ていたのだけれど、そこには男性求むとはっきりとした記載があった。女としての立場は外国とは違い、かなり遅れている。


「そう言われて、お嬢さんに頼める仕事はないんだ。悪いな」

「そう簡単に仕事なんて見つからないわよね……」


 落胆している私に、ギルドマスターは手を叩くと更に奥の部屋からチラシを持って戻ってきた。チラシには猫のイラストが描かれている。


「猫探しの依頼があるんだが……」

「報酬はそこまで高くないけれど、これしかないのよね……」

「悪いなあ。この依頼は見つからなくても、力を尽くしてくれたら謝礼が支払われるから、探すふりだけでもするといい」

「そんなことしないわ。ちゃんと見つけ出すわよ」


 見れば、依頼主は宿屋の女将のようだった。なんでも、飼い猫ミーシャが行方不明だという。イラストはかなり細かく描かれており、なんとも可愛らしい猫ちゃんが描かれていた。女将さんの絵心なのだろう。ふんわりとしたタッチで、優しそうな人柄が思い浮かばれる。


「依頼主の宿屋って、どこ?」

「この先を真っ直ぐ行って、突き当りを左だ。真っ直ぐ行ったら目の前にあるよ」

「ありがとう。じゃあ行ってくるわね」

「怪我しないようにな~」



 ◇◇◇


 ギルドマスターと別れ、私は言われた通りの道順で宿屋を目指した。宿屋リジェレクトはすぐに見つかったので、私はほっとした。歩き疲れたら、猫探しにいけないものね。


「こんにちは」

「おや、おひとりでご宿泊かい」

「そうじゃないの。この依頼を受けに来たのよ。私の名は……クレアっていうの。ギルドからの紹介よ」

「まあ! ミーシャを‼ ありがとう、本当にありがとう。皆見つからないって言って、相手にしてくれなかったのよ」


 女将の名はセシルというそうで、物腰柔らかな可愛らしい女性だった。年は自分の母親くらい、40といった所かな。苦労して居そうな割に若々しく、使っている化粧水を聞きたいくらいだった。


「書いてあるけれど、見つからなくても謝礼を払うって」

「もちろんよ。もう一週間見つかってないの。だから、もしかしたら……。万が一のことは、覚悟しているの」


 セシルは傍らにある猫の油絵を見つめた。可愛らしい猫の油絵は、依頼のチラシの猫だ。


「こちらの絵と、チラシの絵は、奥様が?」

「ううん、違うの。息子がね、描いてくれたのよ。可愛いでしょう」

「ええ、とっても。私、ちゃんと探して見せるから、待っていてください。それより、しばらくでいいから泊めてもらえると嬉しいのだけれど。明日からちゃんと探すから……」


 私の申し出に、セシルは快く引き受けてくれた。偶然にも、部屋が一部屋開いているという。ラッキーだったわ。部屋はこじんまりとしているものの、必要最低限の家具が置いてあり、中々に居心地がいい。それでも自分の部屋に比べれば、狭いほうだ。


「悪くないわね……。明日から、どう猫を探そうかしら」


 屋敷から町までは距離があるため、まさかお父様もこんな近場の町に潜伏しているとは思わないでしょうし。万が一嫁入りが断れなかったら、この町に住むんだから、ちゃんと見て回らなきゃ。私はもらった地図を見ながら猫が居そうなルートを探していた。すると、部屋がノックされた。私は夕食の時間かと思って、ドアを開けた。


「はい」


 そこには赤毛の青年が立っていた。年は自分と同じくらいで、身長はそれほど高くはなかった。とはいっても、私よりも高いけれど。


「どちら様でしょう?」

「あ、俺。この宿屋の息子で、アストっていいます」

「息子って、あの絵を描いた息子さん?」

「あ、はい。そうなんです」


 アストは顔を赤面させながら、頭の毛をかき回した。照れているのか、正直な性格なのが見て取れる。アストは何枚もの猫の絵を持ち寄ってくれて、猫の性格や行きそうな場所を指南してくれた。ミーシャの家出は初めてではないらしいが、一週間も見つからないの初めてのことだという。アストからも、猫好きの優しそうな一面が見て取れ、どうしてもミーシャを探し出したいという意思が感じ取られた。


「……で、監視するわけじゃなくて。俺も猫探しをするから、一緒にミーシャを探してほしいんだ」

「そういうことなのね。いいわ。一人で探すよりも、ずっと気楽だもの。よろしくね、アスト。私はクレアよ」

「クレア、か。よろしく」


 アストは笑顔で手を差し出してきた。手の甲にキスをされるのかと身構えたものの、普通の青年がそんなことをするはずもない。私はワンテンポ遅れてその手を取ると、がっちりと握手を交わした。同年代の子と話すのは久しぶりで緊張したけれど、アストは話しやすくて助かったわ。何より、共通の話題であるミーシャの話があるもの。


 明日から猫探しということで計画を練ると、アストは部屋から出ていった。静まり返った部屋からは、外の喧騒しか聞こえてこない。寂しいと少しばかり後悔したが、色欲伯爵に嫁ぐくらいならなんてことはないわ。私は決意を新たに猫探しに奮闘することにした。

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2024年11月21日 11:00 毎日 11:00

星降る夜に、君とダンスを踊ろう Lesewolf @Lesewolf

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