よくよく考えてみよう

 私が14歳になるまでの間に片手で数えられるほどしか会ったことのない「お祖父ちゃん」が死んで、毎日ご飯を一緒に食べている方の「お祖父ちゃん」は、まだまだ元気そのもの。


 私は中3になってから、あまり学校を休まなくなった。

 心を入れ替えたというより、サボるのに飽きた感じ。


+++


 後で父や兄に聞いた話だけど、母はお葬式で「周囲が引くほど泣いた」って。


 口下手で、酒ばかり飲んで、時にはお嫁さん(つまりお祖母ちゃん)に手を上げることもあって、決して好きではなかったんだけど、棺の中のきれいにお化粧された安らかな顔を見たら、「よかったことしか思い出せなかった」「急に悲しみがこみあげてきた」ということらしい。


 私にはまだ分かんない感覚だけど、そういうことってあるんだろう。

 そして、深い意味はないかもしれないけど、こんなことを言った。


「後悔先に立たずって言うけど、実際にはあれしようこれしようって思いつつ『ま、いいか』ってうやむやにしていたことがあって。あれは後悔の種だったんだなって思うの」

「お母さんの後悔って?」

「もっと父さんと、いろんなこと話せばよかったなとか、親孝行できなかったな、とか。あんたたちの写真や動画を撮ったとき、「送ろうかな」って思っても、「ま、いいか」ってなってたし」


 母はを失って、ちょっと観念的になったのかもしれない。


「ちょっとでも「やろうかな」って思ったことには絶対何か意味があるんだよ」


 私はそう言われ、学校をサボった日の午後3時から4時の心境になった(んだと思う)。

 これから特段まじめになろうとは思わないけれど、きっとサボらなければ起きていた「いいこと」や「楽しい」を取り逃していたんだろうなと。


 私のサボり(ぐずっとした、ぬるい体調不良はともかく)にも、一応意味はあったのかな。

 少なくともサボっていなかったら、「そんなふうに考える」こともなかったんだろう。


+++


 まだ将来のこととかよく分かんないけれど、行きたいと思える高校も決まり、できるだけのことをしてみようと思っている今日この頃。


 担任にも、「お前は3年になってから一味違うな」と言われた。褒めてくれたんだと思う。


 志望している公立の1期選抜(推薦)も2期選抜(一般)も、とうぜん同じ高校を受験するつもり。

 1期で入れる人は限られるので、合格できればもうけもんだから、チャンスは2回あるって程度に考えている。

 もっとも、2年までの生活態度のままだったら、その推薦すらしてもらえなかったかもしれないから、進歩は進歩だと思うんだよね。


+++


 ちょっと話は前後するけど。

 そんな感じで、割と模範生っぽい中学生に変身した1年後の11月25日、きちっと整理された冷静な頭で考え直した。


(11月25日の朝出発したってことは、

お祖父ちゃんが亡くなったのはその前日だったのかな?

ミシマとかぜんぜん関係ないじゃん…)


[了]

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きょう、ママンのパパが死んだ 夏野ロージー @yurinoki2024

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