第21話

 昨夜も朝日向は変わらず過疎配信をやり、視聴者は俺とドヤキングくらいで、例の如く激しい攻防戦を繰り広げた。

 その結果、ただストッキングを穿いたり脱いだりする、という謎の配信を次に公開することになり、俺はまたも謎の敗北感を味わったのだった。

 いったいどうすれば彼女を俺の理想形のままにしておけるのか?

 それはつまり、どうすれば好きな人を嫌いにならずにいられるのか、という問いと同義である。

 現在はそればかりを考えているような気がする。

 あくる朝、たまらず心理同盟のメンバーにして暫定親友の鬼塚にだけ愚痴をこぼす。無論、僅かでも本音を打ち明けられる相手が彼しかいないからだ。

 しかし愚痴とは言っても内容はぼかしてあるし、至ってアバウトなものだ。

 つまり思いの丈を一言に集約するとこうなる。


「この世界は糞だ」

「それ新しい口癖か?」


 この手の密談はおおよそ鍵が壊れている屋上で行われる。

 いわゆる心理同盟の御前会議である。


「いやただの愚痴」


 どいつもこいつもろくな奴がいない、は自主規制した。


「そいじゃあ俺も。女は糞だッ」

「お前はそればっかりだな」

「心に深い傷を負ってからそれがオレの生きる原動力だ」

「不思議に思ってるんだが」

「何だ親友よ」

「そんなんで女の子が恋しくならないのか。思春期ならおっぱい揉みたーい、やっぱり女の子好きーってなってもよさそうなものなのに」

「大丈夫だ。おっぱいの恋しさならニトリのもちもちクッションで間に合ってる」

「全然大丈夫じゃないな」

「大丈夫だって。時速六十キロの車から手を出せばDカップと同じ感触を味わえるから」

「やっぱり大丈夫じゃないな」

「オレはな影山、女の体は好きだが女は嫌いなんだよ」

「これまた難儀な話だな」


 軽く笑ったあと、ふたりして落下防止の緑のフェンスによりかかり、ハアと溜め息をつく。


「あっ、そんなこと聞くってことはもしや」

「あんだよ」

「誰かに恋してるんじゃあ、なかろうなぁ」

「ねーよ」


 最速で俺は返事をする。打てば響くように。


「ならいいけどすぁっ。念のため言っとくが、恋したってどーせ騙されて余計に人間不信に拍車がかかるのが落ちだぞ」

「それは言えてる」


 それはそう。的を射ている。真理に到達したのは伊達じゃない。

 しかしその卓見に今日は少しだけ反論し抗ってみたくなった。


「でもどこかに聖女みたいないい子がいないとも限らない」


 言い回しがまどろっこしいが、とにかくそう言う。


「いるかそんな奴?」

「たとえば広大なネットの中とかならあるいは。無きにしも非ず、みたいな」

「もしかしてユーチューバーとかブイチューバーとかのことゆってる?」

「まあそれでもいいけど、あれだけいれば中にはいるだろ。ライブを見に行ったら『今日も来てくれてありがとうー』って毎回愛想よく接してくれる人いたりするぞ。おまけにセクハラばかりするファンもいるのに嫌な顔ひとつしない」


 朝日向をイメージしていたので、つい肩を持つようなポジショニングトークになってしまった。

 彼女はいつも会いに行くだけで嬉しそうにありがとうと言ってくれるのだ。


「いいや、ひとりもいないね」

「本当にひとりもか?」

「愛想のいい感じのライバーがいたとして、それは単に人気がほしくてやってるだけだぜ。あいつらがオレらとリアルで会ったときネットと同じように愛想よく接してくれると思うか?」

「いや、それはないな」

「だろ?」

「何ネットの関係をマジにして近寄ってきてんのキモっって反応されるのが関の山だな」

「それを配信のネタにして信者と一緒に馬鹿にするまでがワンセット」

「うん確かに」


 対抗しようとしたが、根っこの部分が繋がっているので結局は同調してしまう俺なのであった。

 しかし困ったのは、ここまで筋金入りだと、彼に恋バナなど口が裂けても言えないことだ。

 仮に、百歩譲って、朝日向と付き合うことになったら裏切り者だと罵られかねない。

 恋か、友情か。

 ようやく見つけた聖女か、同じ痛みを共有する親友か。

 選ぶとすれば難しい選択になる。

 だがひとつだけ、たったひとつだけ、その二者択一を回避する手段がある。

 それは、朝日向ひよりが聖女であると彼に認めさせること。

 俺のように「この子は他とは違う」、そう認定させることができたなら、交際しても祝福してくれるのではないか。

 どれもこれも捕らぬ狸の皮算用だが、もうその方向性で行くしかない気がする。

 女不信の鬼塚だって俺が太鼓判を押す朝日向の聖女っぷりを目の当たりにすれば、いずれ納得するはずだ。

 この世には聖女はいると。

 そのためにも、ともすれば破廉恥になりかねない配信問題の解決は急務だ。

 万が一にも最悪な姿を鬼塚に見られたら取り返しがつかない。

 そうなる前に手を打たないと。

 そんなことを巡らせていると、こんな声が隣から聞こえてきていた。


「……から、親友のお前にだけはとっておきの情報を教えてやる。実はあの優等生の朝日向ひよりはいまひよりんっていう名のユーチューバーになってて、オレは闇落ちさせようと目論んでる」


 ん。

 いま。

 なんだって。


「優等生のあいつを落ちぶれさせて――、やっぱり女はみんな屑だと――そのためにも――」


 風の音と頭のノイズがひどくてよく聞き取れない。

 いまのが幻聴なのか、ゆっくり、一言一句、確かめる。


「お前、いま、何て、言ったんだ?」

「オレが朝日向の化けの皮を剥がしてやるって言ったんだ」

「そうじゃなくて、そのちょっと前あたりに何か変な単語が」

「ああ。ドヤキングって名前でそういう活動してるから、よかったらお前もこっそり見に来ないか?」


 お前だったのかあああああ。

 俺は鬼塚の胸倉をつかんで思いきり揺さぶる。


「お、落ち着け。悪かったよ。こんな楽しいことお前に黙ってて」


 そこじゃねえだろよおおおい。


「泣くことはないだろ」


 泣いてねーよ。


「超優等生の朝日向を使って女はみんなすぐ股を開く糞ビッチだということを、このオレが証明してやるぜい。見とけよー、なあ親友」


 この世界はやっぱり糞だと思った。


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 第二章 了


 ここまで読んでくださりありがとうございます。

 今後も続きを読んでくださる方は星ひとつでもいいので評価をよろしくお願いいたします。

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