第18話
ドヤキング「ではこうしようじゃないか。ベテランふたりの意見が別れたときにはひよりんに判断してもらう」
敵の提案に俺は親指の爪を噛んで唸る。
本人の意思を尊重しよう、至極真っ当な意見だ。しかし相手が朝日向となると、これがどう転ぶか予想できない怖さがある。かといってこの状況で反対できる材料もなさそうだ。
俺がこんなこと言うのは不本意だが、他者の倫理観を信じるしかない。
シャドウ「同レベルふたりのアドバイスが割れるならそれが最善そうですね」
ドヤキング「じゃあひよりん。エッチな方向性についてどう思う? やりたいか、やりたくないか」
主役なのにある意味で蚊帳の外だった彼女にたちまちスポットライトが当たる。
こうなってしまった以上、固唾を飲んで見守るしかない。
「うーん、程度にもよるけど、やっぱり抵抗はあるかな」
俺は勢いよく息を吐き出す。
よくぞ言った。それでこそ俺が見初めた女の子だ。
これを機に地盤を固めよう。
シャドウ「ということでエロはなしでっ。ひよりんの判断が最優先、ですよね?」
ドヤキング「そうだな。それじゃあ仕方ない」
意外にもすんなり引き下がった男に歓喜したいところだったが、俺は胡乱さしか感じない。こいつのことなど微塵も信頼していないのはもちろんのこと、何より男のエロに対する貪欲さを理解しているからだ。男とは、セックスを誘って一度断られたくらいで完全に諦めるような可愛らしい生物じゃない。
パンツが見たいなら見せてくれるまで拝み倒すような生き物だ。ソースは他人。
ドヤキング「じゃあ、せっかくカメラで映してるんだから太ももでも出してみようか」
何がじゃあ、なんだ。
おい。
「え、太ももを見せるの?」
シャドウ「エロはなしなんじゃなかったですか、ドヤキングさん」
朝日向があまりにも頼りないのですかさず俺は防衛に回る。
ドヤキング「エロ? はて、何のことかな」
シャドウ「だっていま太ももをって」
ドヤキング「え、もしかしてシャドウは太ももをそういうふうな目で見てるのかい」
くそやられたっ。
俺はデスクをに思い切り拳を叩きつける。
卑猥と思う人間が卑猥というロジックだ。
たとえば電気マッサージ、略してデンマというものが存在する。これは読んで字のごとく、電気を使ってマッサージをしてくれる文明の利器であり健康機器だ。これを卑猥だなんていう幼稚園児はいない。もし卑猥なものだという認識があるなら、それはそいつが汚れている証左となってしまう。
つまりそういう際どいラインを攻めてきたのだ。
なんという策士。これでは容易に手が出せない。
ドヤキング「ひよりん、太もも見せるのって変なことかな?」
「んー、別に変じゃないけど。クラスのみんなはスカートを限界まで短くしてわざと見せてるし」
ドヤキング「なら大丈夫だね。視聴者を楽しませるために太ももを公開しよう。本人の意思がいちばんだ」
まずいまずいまずい。
――とでもなると思ったか、バカめ。
確かに全国津々浦々、女子高生は冬でもスカートで穿いていて脚を常時さらしているが、どんなものごとにも例外はある。
あえて言おう。朝日向をなめるな。
俺が選んだ女だぞ。
俺の好きな朝日向ひよりという女の子は、清楚だ。勝手なイメージなんかじゃない。忖度も欲目もない客観的な事実を語っている。
証拠に学校の朝日向は、スカートを誰よりも長くして肌の露出を抑えている。そんじゃそこらの痴女と同じにしてもらっちゃあ困る。
さあ言ってやれ。
私はそんな安い女じゃありませんってね。
「わかった。ちょっと待ってね」
えええええええええええー。
今度はデスクに頭突きをする俺。
ちょっと待て清楚っ。
シャドウ「ストップ。本当にそれでいいのか?」
「別に見られて困るものじゃないですしー」
話が違う。学校じゃあ隠してるだろ。
これまで猫を被ってたというのか。
シャドウ「これは俺の勝手な想像だけど、ひよりんって清楚な女子高生っぽい雰囲気があって、学校ではスカートがすごく長いイメージがあるんだよな。するといまの発言は無理をしてるってことになるんだ。本当にそれでいいの? 人前で足を出すのが破廉恥だと思うことはちっともいけないことじゃあないんだよ」
タイピングが過去最速記録を塗り替えた。
だが熱意は伝わったはずだ。これで正気を取り戻せ朝日向。
「よくわかりますねシャドウさん。実はクラスでは私がいちばんスカート長いんです」
シャドウ「うんうん。清楚そうだもんね。そういうとこ好きだよ」
「いえいえ、清楚とかそんな話じゃなくて。実は脚が太くてそれを隠すために長くしてるだけです」
なんですと。
「でも顔も身バレもしてないのでここでならいくらでも見せれちゃいます」
いくらでも。
俺が茫然自失していると、「よいしょ」という声とともに、カメラに白い肌がドアップとなった。
コンプレックスを抱えているだけあって、彼女の足は謙遜でも何でもなくなかなかに太く、ムチムチしていた。
こういうとき、「私って足が太いんですぅ」っていう子は細い黄金パターンというか、自逆風自慢に終始するのが定番のはずだが、実際に太い。
「ほら、ペチペチ叩くとすごく揺れるんですよ」
はち切れそうな太ももが画面の中で弾んでいる。
プルンプルンと。
「ほら、つつくとこうなります」
肉感的な太ももの上を指が優しくバウンドしている。
ぷにぷにと。
今日までの俺は、なんと無知だったのだろう。
てっきり貞操観念が高いから身を隠しているのだとばかり考えていた。外国の宗教だと顔を隠しているところもあるみたいだし。
だが。
しかし。
無知は罪でも、ムチムチは罪ではない。
俺は目を潤ませながら項垂れる。
彼女の行動と心に一点の曇りなし。全てが『健全』だ。
ドヤキング「いいねー。これからどんどん見せていこう」
彼女への落胆と己の不甲斐なさに歯がみする俺だったが、同時にどうしようもなく興奮している俺もいる。
いつの間にか目が彼女の柔らかそうな脚に釘付けになっていた。
目が離せない。
瞬きすら惜しい。
頭がどうにかなりそうだ。
「うっ、俺のほうが闇落ちしそうだよぉ……」
この城が無血開城するのは時間の問題である。そう危機感を募らせたとき、
「ふぁー、何だか眠くなっちゃった。明日も学校早いからもう配信終わるね。ドヤキングさん、シャドウさん、おやすみなさい」
マイペースかっ、というツッコミが出そうなほどあっさり朝日向はライブを終了させてしまった。
映像が停止したのと同時に、俺は椅子から立ち上がりベッドに倒れこむ。
「俺のほうがもたないかも」
明日はどっちだ。そう訊きたかった。
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