第16話
「あ、ドヤキングさん。また来てくれてありがとう。カメラ、言われた通り買ってみました。ちゃんと画素数の高いやつ」
朝日向がこいつにはタメ口。俺はまずそこにすごく引っかかった。何か一歩か二歩リードされているような謎の敗北感を味わう。
ドヤキング「画質って命だからね。同じサブスクの動画でも高画質のほう選ぶもん」
「私なんか高画質にしても誰も見てくれないけどなぁ」
ドヤキング「そんなことないよー。おいらは見たい」
俺は静観していたが、ここまでの会話だけでこいつの下心を確信した。
どうせ試しに少し話をしてみて、朝日向がちょろい女の子だと思ったんだろ。
残念だったな。
確かにそう通りのようだ。うぐ。
「あんまりお金ないからちょっと気が引けたけど。ドヤキングさんのおかげだ。本当にいいのかなこれで」
ドヤキング「いいのいいの。お金に困ってるJKにお金を支援するのは大人の務めだ」
「ペイペイで見知らぬ人からお金を送金してもらうなんて、もうびっくり」
もうびっくりおったまげは俺のことだった。
朝日向が知らないところで金銭的支援を受けていた。
いくら出してもらったかわからないが、他人に借りを作るなど言語道断だ。そういう下心にまみれた援助は間違いなく見返りを求められる。彼女はその恐ろしさをわかっていない。
ドヤキング「それで、そのカメラでエロい映像をお届けしてくれるわけだ」
ほらきた!
ここまでの会話だけでこいつがハゲちらかした薄汚い変態おやじだということは確信した。
朝日向、ひとついいことを教えてやる。この世に人間関係なんてものはないんだよ。
「そのことなんだけど――」
あるのは貸し借りだけだ。
シャドウ「その必要はないんじゃあないかな」
ここぞというタイミングで俺はふたりだけの会話に割って入った。
ドヤキング「ん、何者かなチミは」
互いに邪魔者がいると察した空気はあったが、朝日向だけはどこ吹く風とそれぞれの紹介を開始する。
「こちらがドヤキングさん。私にエロの可能性とメリットを教授してくれた方で、おまけにカメラのお金も少し出してくれたすごく親切な方です。で、こちらはシャドウさん。あんまり詳しく教えてくれないからまだよく知らないんだけど配信者さんらしくて、エロは必要ないって言ってくれてます」
簡潔な解説痛み入るが、ここではっきりと対立図が示された。
ひよりんにエロ配信させたいドヤキングVSエロ配信させたくない俺。
清流と濁流。
竜と虎。
かくして天使と悪魔の代理戦争の火蓋が切って落とされた。
ドヤキング「エロは必要ないだって。これは異なことを言う。訳を聞こう」
こいつ、男の俺に対してだけ口調が打って変わって攻撃的だ。これが本性。どこが親切な人だよおい。
シャドウ「まだひよりんは配信初心者。いろんな可能性がある。卒業までに大成したいとしても、エロは最終手段だと思う」
ドヤキング「こういう世界はとっくに先人たちが蓋をしてて、ひよりんみたいな新人が配信したところで誰も見てくれやしないぞ」
俺もそうだが相手のタイピングスピードも尋常じゃない。お互いに宿敵を発見して頭に血が上っているのを画面越しにひしひしと感じる。
シャドウ「話は少し聞いてる。参考例も見た。エロ系は確かに数字を稼ぐのに手っ取り早い。だけどそれが全てじゃない」
ドヤキング「詭弁。戯言。綺麗事だなぁ」
シャドウ「そんなことない。やってみなきゃわからない」
あれ、何で俺みたいな人間がこんな綺麗事を言ってるんだろ。
本来は逆の立場だろ。
ドヤキング「さっきから抽象的すぎてどうもいかんな。ガキすぎる」
シャドウ「安易にエロに走るおっさんほど俺は他人に絶望していない」
ああ、売り子言葉に買い言葉ってこういうこと言うんだな、と思った。
ドヤキング「なら根拠を出したまえ。綺麗事を並べるにはそれなりの説得力がいる」
追及されて、饒舌だった俺の打鍵の音がぴたりと途絶える。
朝日向ひよりの貞操を守りたい一心で熱血レスバしていたけれど、根拠は特になかった。
相手の言うことはごもっともだ。見方によっては彼のアドバイスのほうがよほど有意義と唱える人もいるだろう。
それに対し俺といえば、主人公ばりに「そんなことはっ」「だけどそれでもっ」と反論だけして、反論さえしていれば正義になれるみたいな雰囲気を醸し出してるだけだ。
このままではこの結果だけを見て朝日向が傾く。
暗黒面へ天秤が傾いてしまう。
絶体絶命に思えたそのとき、救いの手を差し伸べたのは存外にも彼女本人だった。
「そういえば言い忘れてた。このシャドウさん、なんと登録者百万人越えのユーチューバーさんなんだよ。説得力ならすごくあると思う」
ナイスアシスト。
さすがは我が将来の恋人。
俺は勝利の拳で天をつく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます