第15話
些末な時は吹っ飛ばされ、結果だけが残る。
したがって帰宅した俺は手早く家事を終えてパソコンの前で座して待っていた。
朝日向が今日も配信をするという保証はない。エックスの投稿を見てもそれらしき仄めかしポストもない。
ただ俺が会いたいと思えば会える気がした。
ロマンティックな形容をすればそういう感じなるが、実際のところは始めたばかりなので連日やるだろうという打算があった。
いまがいちばん楽しい時期。加えて彼女には有名になってクラスのみんなを驚かせたいという微笑ましい夢がある。
極め付きは、登録者百万人越えの人気配信者がリスナーになってくれたという嬉しい誤算。
彼女も俺に会いたいはずだ、その一点に賭けていた。
しかし時間だけが淡々と過ぎていく。その間パソコンを定期的に更新しつつ、スマホでひよりんチャンネルのアーカイブをチェックする。まだ数回しかやっていないので調査するのは容易かった。
何人かと当たり障りのない応酬を確認したが、その中にやたらと卑猥な方向へ誘導する危険人物を発見。
アカウント名、ドヤキング。
名前からしていかにも悪そうな奴だ。朝日向を闇落ちさせようとする要注意人物。ブラックリスト入りだ。
「来た。来ると思ってたぜ」
短い間隔でチェックしていた甲斐あって、ひよりんの配信開始をいち早く察知することができた。
すぐさまクリックしそうになって、こんなに速く入室したら不審に思われないかと一抹の不安がよぎる。迷った挙げ句、三分待ってから入ることにした。
時刻は十一時。寝る準備を終えた頃合いだ。
シャドウ「やあ、今日もやってるな新人君」
あらかじめ用意していた余裕たっぷりの挨拶を入力して――俺は絶叫する。
「なにいぃぃぃぃぃ!」
クールなログとテンションが天と地くらい離れているが、それもむべなるかな。
映像があった。
昨日は声だけだったのに、今日は違った。
肉体が。ピンクのパジャマが。細い腕がある。顔こそ隠しているが、どれもが朝日向のものと思われた。
「あ、シャドウさん。今日も来てくれたんですね。じゃーん、どうですかこれっ」
生地をひらひらさせて、いつになくテンションが高い。学校ではあまり見られない一面だ。
シャドウ「これはいったい……」
「映ってるの私です。電気屋さんで高画質のものをわざわざ買ってきたんです。それで満を持して私です」
マンを持してだと。
俺はぶるぶると濡れた犬みたいに全身を振る。
別に朝日向は卑猥な姿を全世界に公開するために高画質ウェブカメラを買ったわけじゃあない。
そんなこと聞くまでもないことだ。
シャドウ「ちなみにカメラで何をする気なのだ?」
「何って?」
シャドウ「ほら、カメラで何をする気なのだ」
いかん、まったく同じことを繰り返してる。
「何をって特にまだ考えません。そこらへんも含めてシャドウさんに相談しようかなと思ってたんです。また来てくれてよかった」
心底、俺は安堵の息を漏らす。大丈夫。やはり朝日向はまだ間に合う。いわば彼女は生まれたての赤ん坊。まっさら故に光にも闇にも染まる。しっかり俺がついていれば問題ない。
彼女には俺の理想通りのままでいてもらわないと困るんだ。
シャドウ「そういうことなら登録者百万人越えの俺がとっておきのアドバイスを教えてしんぜよう」
「おー、人気が出そうなとっておきのアイディアをお願いします」
シャドウ「普通に雑談配信をしよう」
「へっ」
朝日向が身じろぎして仰天している。
わかってる。無理があるさ。でもごり押しが通じる相手だ。このまま押し通る。
シャドウ「顔を隠したまま楽しくおしゃべりすればオケ」
「それだけ……?」
シャドウ「他は何もする必要なし」
「それで人気が出ますかねぇ……?」
シャドウ「俺の言うことを聞いていればオケっ」
「うーん。シャドウさんがそういうなら大丈夫ですね。なんていっても登録者百万人越えですもんね」
シャドウ「そうともさ」
よし。当面はこのまま俺がコントロールして彼女の聖属性を維持しよう。手綱は完全に握った。これはその再確認。
その輝かしい目途が立ったときだった。
悪しき者の、悪しき言葉が、コメント欄に突如として浮かび上がった。
ドヤキング「ひよりん、おいらのいう通りカメラ買ったんだね」
!?
ふたつの記号が並んで俺の頭上に飛び出した。
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