第14話
賑やかになった朝日向の姿が廊下の先へ消えてほっと胸を撫で下ろしていると、第二破が来てまた背筋がぴんと伸びる。
「朝日向のほうから影山に話しかけるなんて珍しいな」
誰かと思ったら分身の術を使って俺を騙した朝日向ではなく、鬼塚だった。
機嫌の悪そうな彼は無断で隣の席に座って焼きそばパンとカフェオレを乱雑に置く。
「そんなことないような、あるような」
「あるよ。あるある」
「ならそうかもな」
「いったいどういうつもりだろうなぁ」
「どうって、俺が元気なさそうだったから声をかけただけだろ」
適当に誤魔化そうとしていると、彼の目がかっと見開く。
しかし顔の五月蠅さとは裏腹に声をひそめる。
「お前どうしたんだよ。そんな小手先の技にひっかかるようなタマじゃないだろ。俺たちは真理同盟だぞ」
――【真理同盟】。
大きく心を傷つけられ、この世の真理を悟った者たちだけが加入を許される極秘サークルだ。ちなみにメンバーは俺とこいつのふたりしかいない。
もともと接点のなかったふたりが意図せず意気投合し、共感し、結成したものだ。こいつとはそれからの縁なので腐れ縁と言える。
自身にバリアを張り世間とは隔絶した俺だが、こいつにだけは心を許している。
「鬼塚はどういうつもりだと思うんだ?」
クラスメイトの三分の一くらいは教室で食べているので、俺も弁当箱の蓋を開けながら声のトーンを下げて話す。
「自分の好感度を上げるためにお前を利用してる」
卵焼きを箸で持ち上げている途中で、俺はぽかんと口を開ける。
鋭い。ありえるかも。
と、昨日までの俺なら同じことを推理していただろうが、いまはそこまで思えない。
「好感度を気にするようなキャラじゃないだろ」
「でもよくみんなの頼みを聞いてるし、宿題だって代わりにやってくれるらしい。誰にでも優しいし素行もいい。そこらへん、真理にもっとも近い俺たちから言わせれば――」
「「そんな善人がいるはずがない」」
ふたりは異口同音に呟く。
「いかにも。てことは、全ては好感度を操作するための策略で、影山に声をかけたのもその一環。優等生であんまり目立たないけど、クラスカーストの下剋上を狙っているのかもよ」
「ここから立ち位置を変えるのは無理があると思うぞ」
「独力じゃ無理さ。でも力のある男を味方につけて、他も手玉にとれば気に入らない女の上にいける」
「なるほど、そのための媚びか。でも根拠は異常に優しい、それだけだろ?」
「まだある。聞きたいか?」
「いや聞かなくてもわかるからいい」
「女は糞だから。疑う理由はそれで十分だろ」
鬼塚正人。リアルでは隠しているが、ウルトラがつくくらい超女嫌い。
ネットではいつ開示請求をされてもおかしくないくらい過激な書き込みをしていて、アンチ女として生きている。とりわけフェミニストに関しては親の仇のように憎んでいる。
こいつは俺とは違うアプローチで真理に到達した者。
『影山、お前は俺と同じ匂いがする。だからお前にだけは俺の本性を教えてやる』
これは、ふたりが真理同盟を立ち上げる前に聞いた話だ。
中学三年生のとき、奥手だった鬼塚少年に初めて彼女が出来た。始まりはいつだって美しいものだ。
初の彼女ということもあって、まだ心優しかった頃の彼はそれはそれは大切に蝶よ花よと愛したそうだ。
下校は一緒で、彼の目から見てもふたりはラブラブだった。
そんな中、ある日部活で遅くなりそうになり、ごめんと両手を合わせ、先に彼女を帰らせた。けれどやっぱり彼女のことが恋しくなって、運動部の顧問に無理を言って早く抜け出したそうだ。
まだ間に合うかなと息せき切って鬼塚は走った。で、その途中で彼は足を止めた。
見たのだ。
人気のない校舎裏に彼女がいるのを。
彼女はリズミカルに揺れていた。揺らしていたのは野球部のエースで人気の先輩だったらしい。
そこで彼はふたつのダメージを受けた。ひとつは信じていた彼女に裏切られた悲しみ、もうひとつは自分よりスペックの高い相手に負けたという屈辱。
そのダブルパンチで脳をぐちゃぐちゃに破壊された鬼塚は、声すらかけず逃げ出したそうだ。
そして気づいたら彼女の家の前に立っていた。
かなり遅れて帰宅してきた彼女はひどく驚いていたようだ。
「あれ、鬼塚君どうしたの。部活は?」
「早く終わったから会いたくなって」
「そうなんだ。ごめんね。友達と寄り道してて」
「迷惑だった?」
「ううん、私も会いたかったから嬉しい」
このエピソードについて、彼はこう総括している。
『人って浮気しながらあんな笑顔が出来るんだな』
あんな、とはいったいどういうものだったのか。当事者じゃない俺には逆光でよく見えない。
しかしこの出来事が鬼塚正人の価値観、ひいては人間性を大きく歪曲させたことは言うまでもない。
――ウルトラ女嫌いの誕生である。
そして近しい真理を知るものとして、俺と同盟を組んだという流れだ。
こんな話を聞いたら恋愛なんて怖くてとてもできない。
のはずが。
いまの俺は困ったことに理想の女の子、朝日向に出会い恋をしている。
もし俺の中の変化を打ち明けたらどう思うだろうか。少なくともいまの俺はさぞかし腑抜けているように映るだろう。
「そうだな。女は糞だ」
「それでこそ我が親友、影山勉」
俺は『俺たち親友だよな』という奴を信用していない。言うなればそれは、『私は怪しいものではございません』という怪しい奴くらい胡散臭いからだ。
しかし彼の場合は例外で、同じ痛みを知る者同士、確かに親友にもっとも類似した存在と評して過言じゃない。そんな彼を裏切るわけにはいかない。
「悪い、俺どうかしてたな。危うく優しくされたと騙されるところだった」
「そうだぞー。あんな安い手にひっかかりやがって」
強引に話を一段落させて、俺は弁当の中身を一気に口内に押し込んでいく。
頬をぱんぱんにさせて咀嚼している間はあれこれ言われないだろう。
「朝日向、いかにも優等生って感じだけど、ぜってー裏の顔があると思うんだよな。裏ですげえエロいことしてるビッチだったりして」
俺はおもいきり咳き込んだ。
まだ未遂です。
「いつか尻尾を掴んで化けの皮剥がしてやるぜ。うけけけ」
俺はおもいきり言葉を吞み込んだ。
絶対そんなことにはならない。たぶん。
魔の手があちらこちらから迫っていた。
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