第13話

 どうして回想する前の俺が意気消沈していて、昼休みになってもまだ心が晴れないかといえば、乱心した朝日向を止められなかったから、ではなく、止めてしまったからだ。

 しかもかなり強引なやり方で。

 人には得手不得手があり、そして美点と欠点がある。それはある意味で表裏一体とも言える。

 たとえば優しいけれど、甘すぎるみたいな。

 朝日向の美点は、他人の意見に耳を傾ける素直さ。

 一方で視点を変えれば、その美点は人に流れさやすいという欠点へと変わる。有り体にいえばものすごく感化されやすい。

 そこで俺は閃いてしまった。追い詰められた故の犯行だったが、この手しかないという手を打ってしまったのだ。

 というのも。


『実は俺さー、余裕で登録者百万人越えのユーチューバーなんだけどさー、エロはまだ早いんじゃないかなー。否定はしないけどさー』


 鶴の一声。

 会心の一撃。

 これで俺は朝日向の闇落ちを一時的に防いだ。あくまでも一時的なものだけれど。

 実績がある謎の大物配信者が指導すればすんなり聞くと思ったのだ。これがまあすこぶる効いた。


「ふえっ、そんなビッグな人が私なんかの配信に。超有名人とかですかっ?」

「あ、いや、まあそこそこかな。知る人ぞ知るって感じ」

「え、誰だろ」

「さあ誰だろうね。ビッグだからそんなこと言えるわけないよ。はっはっは」

「そんなビッグな方が言うならやめたほうがいいですね。はい、やめます」


 ふうこれで一件落着、と安堵したいところだったが、まったく安らぐことなどできない。

 朝日向がまた薄汚い視聴者から何を吹きこまれるかわかったものじゃないのである。

 読んで字のごとく、気が気じゃない。

 また彼女に親切の皮をかぶってエロ売りをごり押ししたという輩も油断ならない。次に現れたときそいつが何を言い出すか。


『エロは儲かるぞー』


 そんな彼女を汚そうとする万難から俺が守ってあげなければならないのだ。

 そのことはいい。好きな彼女のために一所懸命になる。変な虫がつかないように奮闘する。本望だ。

 だが、ようやく見つけた恋人候補を俺は裏切ってしまっている。

 登録者百万人越えのユーチューバーじゃないのに。

 ただのクラスメイトなのに。

 ちょっといい雰囲気かも知れないのに。

 これから恋愛をしていこうという場面なのに。

 自分がされて嫌なことを、俺は彼女にやってしまっている気がしてならない。


「俺ってばあんなこと言ってどうしよう」


 俺の中の天使はこっそり言う。


『早めに打ち明けたほうがいい。お前だって騙されたくないだろ。自分をだまし続けていた相手と恋愛なんかできるか。最悪、友達としても見てもらえなくなるかも知れないぜ。考え直せ』


 俺の中の悪魔はねっとり言う。


『願ったり叶ったりじゃないか。配信で彼女の本音を聞いてこれから口説くのに存分に使えばいい。それにもし黙ったまま付き合えたら裏の顔だって見放題だ。何を悩んでる。相手のための嘘は裏切りじゃないんだぜ』


 そうだろうか。

 そして結論として俺は言う。


「どうしよう」


 ぼやき、机の風呂敷をほどいて自作弁当を取り出していると、不意に肩を叩かれて体が跳ねる。


「影山君、何か悩み事?」

「え、なんで?」

「なんかそんな気がしたから」

「気のせいじゃないかな」

「ならいいけど。何かあったら遠慮なく言ってね」


 朝日向だった。手招きする親友の梨華のもとへ向かう彼女の後姿を眺めながら、俺は口をぱくぱくする。

 この震える唇はいったい何を紡ごうとしているのやら。

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