第10話

「あー、言われてみればそうですねー。生年月日も教えないで占えって言ってるみたいなものですもんね。じゃあ何でも聞いちゃってください」


シャドウ「何でもなの?」


「はい、何でもいいですよ。どんと来い」


 いま何でもって言ったよね、と問い詰める気は毛頭ない。だって俺は初見の視聴者に過ぎない。こんなもの社交辞令で、何でもいいわけがない。鵜呑みにするわけがない。

 俺だったら生年月日どころか年齢すら教えない。他人に個人情報を渡すなど論外だからだ。


シャドウ「そうは言っても初対面なんだし、教えられることは限られるでしょー」


「別に隠すようなこと全然ないんで遠慮しなくていいですよ」


 臆面もなくそう言ってのける彼女に、超半信半疑の俺はタイピングを止めて思考する。そういうことであればその発言に嘘偽りがないか試すまでだ。

 しかしいざ何でもいいと言われると当惑してしまう。

 何を尋ねる?

 朝日向のどこを探る?

 いまもっとも気になることは何だ?

 いまいちばん知りたいこと。

 突きたい核心。

 こうしている間にも時間は刻々と過ぎていて、いつまでこのふたりだけの特別な時間が終わるのかわからない。他の人が来場して質問自体が打ち切られる可能性だってある。何がいい? なあどうする?

 俺は。

 もしこんな理想的な子と出会えたなら、最初に何て聞きたかった?

 

シャドウ「ひよりんは他人が怖くないのか?」


 またしても俺は無意識に近い感覚でそれを出力していた。


「怖くないですよー。何でですか?」


シャドウ「そんな感じがしたから。初めて会ったのに何でも聞いていいって言うし」


「うーん、普通だと思いますけど。逆に私って怖いですか?」


シャドウ「そりゃあ何考えてるかわからないし、いま言ってることが本心かどうかもこっちにはわからないんだから、怖いよ。森で得体の知れない生物と出会ったら怖いだろ。気を許して手を伸ばしたら噛みつかれることだってある。同じだよ」


 朝日向の能天気な問いに俺はかなり早いタイピングで応える。


「あはは。大げさだなぁ。得体のしれない生物じゃなくて私たち同じ人間じゃないですか。怖いわけありません」


シャドウ「確かに嚙みつきはしないかもだけど、ひよりんだってこれまで生きてきてていろいろあっただろ。信じてた友達に裏切られたりとか、失望させられたりとか」


「ないですよ」


 キーボードの上をせわしなく走る俺の指先が一瞬固まる。


シャドウ「そんなはずない。嘘をついてるっ」


「嘘じゃないですよーだ。友達はみんな素敵な子ばかりで傷つけてくる人とか、裏切る人とかそんな人ひとりもいませんもん」


シャドウ「ひとりも?」


「はい。ひとりもいないですよ」


 こんな。

 まさかこんなことが。

 朝日向は一度も裏切られた経験がない。幸運にもこれまで悪意のある他人と遭遇することなく、失望の痛みを知らずぬくぬくと、順風満帆に生きてきたのだ。

 だからこれほどまで他人に心を許し簡単に信じてしまう。

 言うなれば、穢れを知らない。

 否。

 いやいや。そうとは限らない。

 たとえ心が清くとも、オラオラ系の平気で暴力振るう不良と付き合っていたりしたら、この評価はいとも容易くひっくり返る。すぐ損切りだ。


シャドウ「彼氏とかにも裏切られたことないの?」


「彼氏なんていたことありませんから、そこは答えかねます。しくしく」


シャドウ「なら経験もないんだ?」


「彼氏が出来たことないんですから当然じゃないですかーもー」


 朝日向は本当に何でも答えてくれる。視聴者の中に知り合いがいる可能性、もっといえば俺が同級生だとは微塵も考えていない。

 この回答はその油断から出ているものだろうか。あるいは見栄か。

 いずれにしろ、これがそんじょそこらの女子生徒だったら一笑に付してる。どうせ中学くらいでコンドームもつけずに何回かやってんだろ、となるところだが、彼女の場合は不思議と腑に落ちてしまう。妙に得心してしまう俺がいる。

 これまでの全てが繋がる。

 点と点が線となる。


シャドウ「ならいまいい感じの人がいたりしないの? そいつが裏切ってるかもよ」


 いまとても個人的な質問をしている気がする。彼氏とか男とか。


「う、めっちゃ聞いてきますね」


 しまった、いくらなんでも詮索しすぎたか。


シャドウ「ごめん。さすがに聞きすぎか。初対面なのに不躾だったぜぇ」


「そうじゃなくて、いい感じの人もいないから言いにくかっただけですぅ。うちの学校めっちゃ美人さんや可愛い子が多くて、みんなそっちに行ってます。たまに男子が話しかけてきても宿題の答えを教えてーとか、そういうばっかりだし、私のこと誰も興味ないんです」


シャドウ「そんなことないよ」


 そんなことない。俺はこんなにもお前に興味を持ってる。


「慰めてくれてありがとー。あ、でもでも今日ね、私のことに興味を持って話しかけてきてくれた男の子がいて、すごくドキドキした。すごーく嬉しかった」


 俺は、初めて心から信用できる異性を見つけたのかもしれない。

 彼氏がいたことがなくて。

 処女で。

 多くに愛され。

 穢れを知らず。

 自身が醜くないからこそ人を疑わず。

 心から清いから人のことを悪く言わず。

 俺とは対極で正反対で。

 故に聖女。

 俺を傷つけない聖なる存在。

 刹那――己の五指がキーボードを鮮やかにピアノの鍵盤の如く叩く。

 そしてターンッ、とエンターキーを弾いた。


シャドウ「ひよりん、お前がナンバーワンだ」


「えっ、な、何がっ」


 朝日向はびっくりしていたが、俺は構わずパソコンの前で親指を立てる。


シャドウ「質問はこれで終わりだ。さて今度は俺が相談に答える番だな」


 思えばあの日からずっと探していたような気がする。

 お前のような心から自分を任せられる相手を。

 誰も信用できなくなった俺はいつしか恋することすらも恐れるようになっていた。

 朝日向ひより。

 穢れなき聖女。

 俺はお前となら初めて恋愛ができそうだ。


「あ、そうでした。私のほうが相談してたんだったー。うっかり」


シャドウ「そうそう。今後の方向性についての話だったぜ」


 すっかり肩の力が抜けた俺は、まったく口をつけていなかった机の湯呑みを口に運ぶ。

 実に気分がいい。まるで元旦の朝みたいに晴れやかだ。

 恋人審査終了。

 明日、彼女に合格通知を告げに行こう。

 わかってる。告白してもうまくいくとは限らないさ。それが他人だ。だからふられたっていい。

 俺はお前に出会えたこと、ただそれだけで幸せだ。


「あの、実はですね、数字を稼ぐためにエッチなことをしていこうと思ってるんですけど、シャドウさんはどう思います?」


 次の瞬間、耳の奥で何かが壊れる音がした。


「は?」


 今度は床が粉々に砕け散る音がした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 第一章 了


 ここまで読んでくださりありがとうございますっ。

 今後も続きを読んでくださる方は星での評価をよろしくお願いいたします。

 

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