第二話

「いけないとわかっているのに、どうせみんな中身は托卵するようなビッチに決まっているのに、また女子を好きになってしまった。……こうなったら恋人審査を始めるしかない」


 校内で数少ないバリアを弱めることが出来るトイレで、俺は無職なのに妻になかなか言い出せなくて公園のベンチに座っているサラリーマンみたいな姿勢で、便座に座ったまま決意する。

 ちょっと前までは猫背で途方に暮れていたが、他にこの気持ちを整理する方法が思いつかなくて、今しがたふっと吹っ切れた。

 通称、『恋人審査』。

 ざっくり言うとこれは、付き合う前に相手ともし付き合ったらどうなるかというシミュレーションを敢行するものだ。

 まあ相性を視るわけだが、それを測るためにはまず相手を看破しなければならないのは言うまでもない。

 たとえば性格。

 作っているかも知れない。腹黒で性悪かも知れない。ひょっとしたら溜まった鬱憤を隠れてウサギのぬいぐるみにぶつけているやも知れぬ。

 外見だって重要だ。高校生ともなると女子は化粧をし始める。すっぴんは別人かも知れない。あるいはおばけかも。目が半分くらい小さくなるかも、そんな懸念を、まつげがアゲハ蝶みたいな子を視認するたびに覚える。

 仮にいまが合格点だとしても未来はどうかわからない。激しく劣化しているかも知れない。詐欺罪に抵触するくらいブクブク太るかも知れない。

 だから俺は、女の子を見る度に老いた場合の顔や、化粧を落とした場合の顔をよく計算するようにしている。

 審査する項目は枚挙に暇がなく、多岐にわたる。

 その結果、合格したものはひとりとしていない。

 したがって、恋人審査の別名は、あら捜し。

 俺はこれにより並みいる魅力的な美人や可愛い子を何人も蹴落としてきた。勝手になぎ倒し振ってきた。

 どうせ他人なんてこんなもの。

 所詮は俺に相応しい女じゃなかった。

 と。

 その審査が久方ぶりに決定したのだった。

 ターゲットは朝日向ひまり。

 髪型は三つ編み。

 装備は銀フレームの眼鏡。

 化粧はたぶんナチュラル。

 ルックスは中の上。

 クラスカーストは中立。

 友達は多くもなく少なくもない。

 クラスや学年には美人が何人もいるので、特にモテたりスポットライトが当てられることもない。

 しかしクラスメイトからの好感度はいい。

 成績は上位。しかし決して一位になったりしないレベル。

 そして性格は――俺がもっとも愛憎入り混じる性質。

 人が良い。

 面倒を頼まれたら断らないし、実際そのせいでよく体よく利用されている。道端に困っている人がいたら手を貸すタイプだと思う。

 俺はそういう人間を見ると無性に惹かれてしまう。股間がイライラする。

 理由はまったく判然としない。

 そんな子がひとりくらいこの世界上にいてほしいからなのか。

 それとも化けの皮をはがしてみたいという衝動に駆られるからなのか。

 とにかく俺は、朝日向ひまりにどうしようもなく心惹かれていた。

 知りたい。

 知りたい知りたい知りたい。

 彼女が見たままの素晴らしい人で俺が好きになってもいい人なのか。

 やっぱり他の連中と同じで取るに足らない屑ゲロビッチなのか。

 聖女か悪女か。

 天使か悪魔か。

 俺はどうしても知らなければならない。

 現在の心境はというと、新たな研究対象を発見したマッドサイエンティストのそれに近い。そんな感じだ。ずっと。


「だが今回も期待はするなよ俺。期待すれば失望するだけだ。これからやるのはあくまで嫌いになるための審査なんだからな」


 自分の小声で自己暗示、もとい傷つかないための予防線をしっかり張って、俺は水の流れのように勢いよくトイレを飛び出した。

 向かう先は放課後の図書室だ。

 そこに彼女はいる。

 何ラウンドまで持つかはわからないが、とにかく戦いのゴングが頭の中でけたたましく鳴っていた。

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