第3話
「せっかく誘ってくれたのに悪い。また明日なー」
ぶっちゃけ、朝日向とはこれまで当たり障りのない会話しかしたことがない。 いまみたいに。
すれ違った友達をやりすごして俺は歩きながら考える。
天気の話はしたことがある。確か軽く褒めたこともある。中継ぎながら、軽い頼み事だってしたことがある。
だがそれ以上はない。
何せこれまでよくいる他人のひとりに過ぎなかったのだから。
外見が飛びぬけて優れているわけではないので、最初なんて微塵も意識していなかった存在だ。まさにノーマークのダークホース。
今日は、その不可侵の境界線を勇気を出して少し越えなければならない。そのために『好感度貯金』を使う。
説明すると好感度貯金とは、まあ俺が勝手に作った造語だが、悪いことをしてもある程度なら許してもらえる自分のプラスのことだ。
ルックス、性格、借り。何でもいいがそれがあると多少なら強引なことをやっても許される。ともすれば喜ばれることもある。
わかりやすくたとえるなら、セクハラはよくないが、イケメンからのセクハラならセーフみたいなものだ。つまり壁ドンみたいな。
それを使うときが来たようだ。
しかし俺はイケメンではないので積み重ねてきた徳を活用する。
そこであのジャブが活きる。
ありがとう、爽やかに挨拶し続けてきた俺。
「おっ、
電気がついた放課後の図書室に彼女を見つけて、俺は声を出す。
ノートに何かを書いているのか、ひとりでテーブル席を占領している。
室内には他に誰もいない。この時間帯はみんな部活か帰るかの二択を迫られるのが普通だからだ。
スマホ全盛期であるこの時代に読書なんかする物好きなんていないし、自習をするような勤勉な学徒もうちの学校にはいない。
いるとしたら遠方に出来たスターバックスにわざわざ行く。あるいはコメダ珈琲店へ飲み物一杯で何時間も粘りに行っている。
だから放課後の図書室を使うのは稀に彼女だけで、ふたりきりになるには絶好のロケ地である予測はついていた。
「影山君。珍しいね」
俯いていた顔を上げてレンズの奥で朝日向は目を大きくする。
さあ始めようか。俺を惑わすお前の化けの皮を剥いでやる。
「声をかけるのが? それとも図書室に来るのが?」
「ううん」
彼女はゆっくり首を横に振る。しっかり二往復。
くそ、いきなり仕草が可愛い。強敵だ。
「じゃあ何?」
「勉強しに来るのが」
思ったより買いかぶられていて俺は思わず素で吹き出す。
「勉強しにきたわけじゃない」
「じゃあ、読書しに来たのが珍しいかな」
「その珍しいというのは俺のキャラのことを指して言ってるのか。それとも朝日向がここによくいて、俺が図書室で本を読む光景なんてありえないって?」
「両方かな」
「う、ショック。まあ本なんて何年も読んでないけど。さくさく見れるティックトックのほうが俺にはずっといい」
「じゃあ何でここにぃ?」
朝日向は不意の来訪者である俺のことを完全に受け入れてくれていて、再び視線を落としペンを動かす。
俺はその隙に彼女の近くへ急いだ。彼女は下を向いたままなので警戒はない。本当にこの瞬間が偶然だと信じて疑わない態度だ。
「あんまり話したことないからたまには話してみたいなー、なんて」
朝日向の隣の席に腰を下ろし、俺はおどけた声を発する。
「おお、それこそ珍しい」
相手に不快感はない。硬直するとか、眉間に皺が寄ることもない。元より彼女は誰に対してもそんな態度は示さない。いまのところ思った通りの反応だ。相も変わらず人がいい。
しかし好感度貯金がちょっと減ったような気がした。
「珍しいんじゃなくて、初めて」
「それは光栄だね。じゃあ何話す?」
「そうだな……」
俺は考えるふりをしながら、テーブルの上に無造作に置いてあるスマホをチラ見する。
「スマホの機種は?」
「アンドロイドだよ。中国製の。安いから」
それを聞いて俺はうむ、と心の中で鷹揚に頷く。
さすがは俺の目に留まった女。第一関門を易々と突破してきやがった。
俺は、「アイホンでなければ嫌だ」という女子を蛇蝎の如く嫌っている。だって奴らはアンドロイドを使っているものたちを馬鹿にし、遥か下に見ているからだ。
差別は許されない。そんな奴ろくな人間じゃない。まったく付き合うに値しない。結婚なんてとんでもない。
故に俺は、アンドロイド差別主義者の差別主義者となっている。
気持ちはわかる。みんな流行りが好きだ。ブランドものが好きだ。特に女子は流行と協調という幻想に敏感だから、アイホンが好きなのは理解できる。俺だって援交している女でお金があったら、十五万くらいする最新機種を買ってマウントを取っていたかも知れない。
だからこそ彼女が良さがより際立つ。
流行りに流されない。
ブランド物にこだわらない。
同調圧力に屈しない。
俺ですら小学生のときは仲間外れにされたくなくてみんなと同じゲームを買ったというのに。
「まぶしい。まぶしすぎる!」
「え、何が!」
いけない。興奮して思わず心の声が飛び出してしまった。
否、この程度ではまだまだ生ぬるい。悪徳店員に半ば強制的にアンドロイドを買わされてしまっただけかも知れない。
反省して審査を続けよう。
絶対にこの輝かしい彼女にだって『粗』があるはずだ。
俺はそれを探しに来たのだ。
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