革命流星伝

杉山薫

第1話

 私の名は宋麗。兄は民主派のリーダー宋清。この国は今、革命という大きなうねりに飲み込まれようとしている。この物語はこの革命の時に出逢ってしまった男の話である。その男の名はシューティングスター。本名など知らない。私の兄宋清の元カノの旦那という話をしていた。その元カノの名は李月麗。確かに兄の大学時代の元カノと同姓同名だが、彼女は既に亡くなっていると言っていた。


彼の登場によりこの革命は思わぬ方向へと進んでいくのだが、まずは彼が登場するまでの話をしていこう。


 私の家は代々政府要人を務める家系であり、民主派とはむしろ真逆の存在である。その家の人間である宋清が民主派のリーダーになるなんて絶対にあり得ない事態なのであった。そう、半年前のあの日。父が政府要人から失脚して宋一族が粛清されるまでは。誰がこんな事態になると予想できたでしょうか。


私は兄の宋清とともに隣国近くの避暑地の北信にその前日に急遽、兄の誘いで来ていたのである。それゆえ、政府の粛清から難を逃れていたのである。今から思い返すと出来すぎた話だが、それを不自然と思える程、私は大人ではなかった。



 民主派勢力は全部で五勢力。中央の主勢力である私の兄の宋清率いる第一部隊。東部沿岸沿いの李老師率いる第二部隊。李老師は私の大学の恩師であり、前述の李月麗の伯父にあたる人物で気の大家であった。南部隣国沿いの黄水衛率いる第三部隊。西部の隣国沿いの鶴泳率いる第四部隊。北部山岳沿いの王学冒率いる第五部隊。このように書くと国を四方から包囲する形になっており、圧倒的に革命軍有利に見えるが、実際は四方に分断されているというのが正確な分析だろう。


 王国暦八二年三月三日正午。第一部隊から第五部隊までの革命軍が一斉に蜂起した。この日は朝から雪が降り続く非常に寒い日だったことを記憶している。私が所属しているのは第一部隊東部方面軍。司令官は宋清の盟友の周恩楽。私は形ばかりだが副司令官という肩書をもらっていた。第一部隊東部方面軍が目指すのは東部方面の要衝である海秋基地。ここで李老師率いる第二部隊と合流する予定である。数字の上では第一部隊の方が強力な部隊に思えるが、実は第二部隊が革命軍最強の部隊なのである。やはり李老師の人徳によりそこに強者が集まったというのが周司令官の見立てである。


 一斉蜂起から一週間ほど経過した日、東部戦線に動きがあった。難攻不落といわれていた海秋基地が第二部隊によって陥落したという報告があった。そういえば、ここ二、三日こちらへの攻撃が手薄だったのは海秋基地への援軍のためだったのねと理解した。それにしても、わずか一週間で陥落とは違和感がある。いくら第二部隊が革命軍最強とはいえ、所詮烏合の集のはずだけど。


第二部隊に合流するため私たちの軍も海秋基地への歩みを早めていった。翌日、海秋基地に到着した私たちはまず休息を取るように李老師から指示された。私としては海秋基地陥落の経緯を一刻も早く聞きたいのだけど。それにしても、破壊の度合いが想像以上だったのには驚いた。こんな火力なんて革命軍にあったかしら。


 肩を揺らす感覚で目が覚めた。周司令官だ。周司令官とともに司令室に赴く。部屋に入った瞬間、私は眉をひそめた。なんて無礼な態度なの、この男。そう思ったが、李老師の手前顔には出さないように努力したつもり。李老師はお元気そうでなによりだった。


「李老師、さすがです。このような短期間で難攻不落の海秋基地を陥落させるとは驚くばかりです」


「ハッハ、なあにこいつがね。ああなんだ。あれ、なに言おうとしたんだっけ。あ、そうそう。シューティングスターが瞬殺だよ」


周司令官の問いに李老師はそいつを指さして笑いながら答える。シューティングスターと呼ばれたそいつは窓枠に腰掛け足を揺らす。その格好は軍人というよりはバイク乗りといったほうが良い格好で、目にはサングラス、頭には真っ赤なバンダナを巻いている。髪も少しだけ見えるのだが、白髪。肌艶は私と同じくらいなのに白髪なの?

第一印象は最低最悪の男だった。


「嬢ちゃん。なにジロジロ見てんだよ。オレに惚れたか?」


そいつはどうも私を怒らせたいらしい。あんたの思惑通りに動くもんか。


「あら、そう見えたかしら。フフ」


私は余裕ぶった返答をしたが、そいつを睨んだ。なんでだろう。嫌な感じじゃない。むしろ、昔、清兄と遊んでいた頃を思い出した。


「では、これからはシューティングスター副司令官中心で軍を進行させていく方向で」


周司令官の言葉を最後まで聞かずにそいつが異議を唱えた。


「いぎあ〜〜り!! なんで後から来たあんたが仕切ってんだよ」


あいつ、この場で銃殺刑にでもしてやろうか。私はそう思って身構える。


「まあまあ、二人とも大人なんだから」


李老師がなだめるが、そいつは止まらまい。


「最初だから言っとくんだよ。ジジイ。周恩楽、宋清の最期は嬢ちゃんに話したのかい」


その場が凍りつくのを肌で感じた。


清兄の最期?

こいつ何言ってんの!!


凍りついた場で最初に口を開いたのは李老師だった。


「まったく、しょうがない奴だな。おい、副司令もう一度やり直せ!!」


「やだよ。何回やっても一緒だろ!!」


「やってみなきゃ、わからんだろ」


この二人何を言ってんの?


「わかったよ。じゃ、一回だけだからな」




肩を揺らされる感覚で目が覚めた。周司令官だ。周司令官とともに。


なんだろ。違和感が?


やがて、司令室に入る。

そこには李老師待っていた。


待って!!

ここにはもう一人いるはず。


 周司令官と李老師が粛々と報告をしていく。なんだろう。どこかで聞いたような会話だけど思い出せない。私は意を決して李老師に言った。


「待って。ここにはもう一人いるはずですが、彼はどうしたのですか?」


彼?

なんで男だって分かるの。


「宋副司令官。軍議の際の意味のない発言は控えたまえ」


周司令官の言うことはもっともだ。

もっともだけど。


「ほおら、だから何回やっても一緒だろって言ったろ。ジジイ」


えっ?


そこには見知らぬ男がいた。


いや、正確に言うと知っている顔なのだが、その顔は私の隣に座っているのである。私は周司令官の顔をまじまじと見た。周司令官も呆然としている。周司令官もこの男を初めて見たのだ。見るに見かねて李老師が口を開く。


「この男はお前さんの腹違いの兄だよ。周司令官。名を周恩君。バトルネームをシューティングスターというんじゃ。周副司令、余計なこと言うなよ」


「ヘイヘイ」


彼は窓枠に腰掛けて不機嫌に返事をした。


「私に腹違いの兄など聞いたことがございませんが」


「ワシはお前さんの父から何度も聞いていたぞ。ワシはあいつの親友だからな」


「俄には信じられないですね。どう見ても私より若いでしょ」


周司令官がそう言うと、周副司令が口を挟む。


「そうかい。これでもオレは五十歳だぜ」


「余計なこと言うなよって言ったろ」


「ヘイヘイ。おおこわ」


 ほんの一瞬だった。そう、ほんの一瞬、瞬きをする間にその男は消えた。そういえば、現れた時も突然だった。


「李老師、ここに周副司令がいましたよね」


「うむ、わからん」


「わからんということはないでしょう。私の腹違いの兄と紹介しておいて」


「大丈夫だろ。また忘れるから」


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2024年11月20日 12:00
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革命流星伝 杉山薫 @sugiyamakaoru

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