ドッキリだと思ってトップカースト美少女の告白をはぐらかしてたら泣かれた

「ずっと好きだったの。私を、あなたの彼女にしてください」


 放課後、呼び出された空き教室にて。


 下を向いて明るい色のロングヘアを揺らし、制服の胸を強調するように組んだ両手を、もじもじさせながら。

 校内序列スクールカーストの頂点に君臨するインフルエンサーなモデル系美少女・天堂てんどう 遊姫あずきが、俺に告白してきた。


 ──そんなわけあるかい!


 それが、俺の心の声だった。


 先日も隣の教室──彼女と同じクラスにいる底辺仲間が、よってたかって女子たちに玩具オモチャにされているのを見たばかりだ。まあ翌日の彼は妙に嬉しそうだったけど。

 ともかく、きっと今も取り巻きの女子が隠し撮りしていて、あとでショート動画でも上げて笑いものにする気だろう。


 最近じゃ、数万人いるフォロワーもすっかり頭打ちらしく、際どい服装でダンスをしたり、友人にタチの悪いイタズラを仕掛けたりする動画が増えていた。


「へえ、それは意外な話だね」


 そんな『オタクくんに嘘告したら本気にされてヤバイwww』みたいな動画で晒し者にされてたまるか。

 ドッキリ潰しを決意した俺は、とにかく薄いリアクションで返す。底辺には底辺の矜持プライドがあることを、教えてやる。


「……でも私、本気だよ。……やっぱり、ダメかな……?」


 何が「やっぱり」なんだと思いつつ、彼女の言葉には謎の説得力があった。だとしても、下を向いて隠した表情では笑いを必死にこらえているかも知れない。


「そういうの、よくわかんないんだよね」


 はぐらかしながら、俺はポケットからスマホを取り出し操作し始める。

 我ながら最低なムーヴだ。底辺のオタクにこんな扱いを受ける気分はどんなだろう。


「……もしかして……誰か、好きな人とかいたりする……?」


 それでも彼女は、真っすぐ真っ当な質問を返してきた。

 手強い。

 たしかに正常な欲求を持った男子高生なら、彼女レベルの美少女の告白を断る理由はそうないだろう。


「んーまあ、いると言えばいるかな」

「それは……私の、知ってる人……?」

「知ってるかもね。いやどうだろ」


 スマホをいじりながら、あいまいに返すだけ。好きな人の名前なんか出したら、それこそ晒し者にされそうなところだけど、俺にとってその相手は……。


「その人とはどういう関係? もしかして、告白とかしたのかな……」

「それがね、なんか向こうは俺のこと好きらしいよ」


 そして、二次元の美少女キャラが表示されたスマホを彼女に向ける。


「この子なんだけどね」


 しかし彼女は画面を見ようとせず、下を向いて肩を震わせていた。もう笑いがこらえられなくなったのだろうか。


「……ごめん、やっぱり迷惑だったよね……」


 しかしその震える声は、いつもの自信に満ち溢れた天堂遊姫のそれとは信じられないくらい弱々しかった。これが演技なら天才子役からの叩き上げレベルだろう。

 さすがに不安になって、下を向いた彼女の顔を覗き込もうとした、その瞬間。


 ──水滴が二つ、続けて彼女の足元に落ちた。


 「……え……?」


 ぽた、ぽたと更に続いて落ちる。


「ごめん……ほんとに、ごめんなさい。こんなんじゃ、あなたが悪者みたいになっちゃうよね……」


 両手で目元を拭いながら、彼女は顔を上げた。

 いつもよりメイクの薄い、透明感の増した彼女の顔を、こんな至近距離で見るのも初めてで──あまりの美少女ぶりに俺は言葉を失った。


「……あ……いや……」


 目は真っ赤に充血し、いっぱいに涙をためている。鼻の頭もちょこんと赤くなっていて、いつもの強め美人な印象との高低差がすさまじ……クハッ……俺はいま完全に、ギャップ萌えをしてしまっている……!?


 というか……これ、本気で俺に告白して……。


 いやいや、そんなはずない。カースト最上位が底辺にそんなこと。嘘告白に決まってるじゃないか。

 動揺する俺に対し、彼女は彼女でスマホの中の二次元美少女を見て目を丸くしていた。


「……好きな人って……それ……?」


 その反応を見て俺は、ぎりぎりで冷静さを取り戻す。そして黙ってスマホの音量を上げる。


 二次元美少女の背景に、透明に澄んだ歌声が流れ始めた。

 決してめちゃくちゃ上手ではないかも知れないけど、ひたむきに一生懸命で、歌うことを楽しんでいるのが伝わってくる。だから歌詞が自然と胸の中に染み込んでくる。


「俺は、彼女のことが好きなんだ。ずっと」


 そうだ。去年の夏、まだフォロワーが二桁だったころの、顔出しせずにアカペラで歌っていた彼女・・──「アズ」こと天堂遊姫のことが、俺は大好きだった。

 

「…………うん。オヤスイくん、だよね」


 しかし彼女は意外に落ち着いた口調で、そう返す。今度はこっちが目を丸くする番だ。たしかに、それは俺のアカウント名だった。


 長文感想コメント(内容は思い出したくない)に「いつもありがとう、これからも好きでいてね♡」と返信をもらったとき、なんとなくカッコつけて「お安いご用さ」と返したのが始まりだったと思う。

 彼女が「なにそれ時代劇みたい」と面白がってくれて、それから名前をオヤスイに変え、返信をくれたときは「お安いご用さ」と返すのをお約束にしていた。


 しかし、いま表示している画面からプロフィールは見えない。彼女は、なぜそれを。

 

「ごめん。私、知ってたの」


 ……はい……?


「あなたが教室に遊びに来てたとき、聞こえたの。──『お安いご用さ』って」


 彼女のクラスの底辺仲間に請われ、スマホゲームのフレンド登録をしたときだろうか。

 たしかに、そのフレーズは日常でもたまに使ってしまう。彼女が気に入ってくれたことが嬉しくて、いつの間にか口癖になっていた。


「それで、まさかとは思ったんだけど。あなたのSNS特定して、文章の癖とか発言内容から絶対にオヤスイくんだって確信して……」


 ……ええと? このひとはいったい何を言ってるんだ……


「相変わらずボカロ曲とかアニソンの知識すごいし、でも人を見下したり傷つけること絶対に書かないし、逆にその手のめんどい人を論破して黙らせたりとか私のコメント欄でもよくあったし、やっぱり知的で優しくてかっこよくて、前から好きだったけどもっと好きになって……あッ……ごめん、私ったら早口でキモいよね……また、嫌われちゃう……」


 とつぜんの高密度早口オタクしゃべりに、驚愕おどろき羞恥はずかしさ歓喜うれしさが入り乱れ頭の中がグッチャグチャだ。


「だけど、あなたがオヤスイくんだってこと、気付いてないふりして告白したらワンチャン行けるかもって……」


 でも、これだけは絶対に否定しておかなきゃいけない。


「俺は、嫌いになったことなんかない」


「うそ! 顔出ししてからほとんどコメントしてくれなくなったくせに! 好みタイプじゃなかったんだよね!?」


「それは違う! アズが天堂さんだってわかったとき、嬉しかった。でも同時に底辺じぶんとは住む世界が違うことを。俺なんかが長文コメントする資格ないって!」


「……そんな……そんなの、ズルい……」


 彼女の右目から、表面張力を越えた涙がひとすじ、上気した頬を流れ落ちる。


 その軌跡と言葉が、俺の胸を切り裂いていた。

 彼女は、ずるいと言った。

 どうしようもないくらい、その通りだった。


 ──なにが底辺の矜持プライドだ。


 ネットの向こうのアズと、隣のクラスの天堂遊姫が重なったとき俺は、底辺じぶんがカースト最上位に恋するという困難から、もっともらしい言い訳をして逃げ出した。

 いつか当たって砕け散る恐怖から自分を守るため、目の前の壁に背を向けた。


「……でも、それなら……」


 彼女が小さく呟く。

 まだ涙に潤んだ両目がきらきらと輝いていて、思わず見とれる。


「あのころも、それにさっきも好きって! あれは、嘘じゃないってことだよね?」


 気付けば喉が異常に乾いていた。ごくり、唾を呑み込みながら俺は、ゆっくり頷く。

 

「だったら! 私を彼女に、してください!」


 下を向かず、まっすぐ俺の顔を見据えて彼女は言葉をぶつけてきた。


 二人の間の分厚い壁は、俺が俺を守るため作り上げたもの。その向こうから彼女が、アズが、天堂遊姫が、ドリルでゴリゴリと壁面を穿ってくる。 

 だったらもう自分から壁の中に踏み出して、彼女のドリルを胸に受け止めるしかないだろ……!


「俺もずっと好きだった! 彼女に、なってください!」


「なるっ! ありがどぼおぉぉォォ……」


 そして彼女は泣き崩れしゃがみ込んでいた。両目から大粒の涙がぼろぼろこぼれ、動画の変顔回よりよっぽど顔をぐしゃぐしゃに歪ませながら泣きじゃくる。


 トドメに致死量のギャップ萌えを喰らった俺は、もはや思考能力を失って立ちすくむしかない。

 もしかして肩とか抱いたりした方がいい? いやそれはさすがに無理だろ? でもこのまま何もせず放置するわけにも!?

 


 ──そのとき、だった。


「いぇーーーーいっ! 大成功うッ!」


 歓声とともに、三人の女子が教室になだれ込んできた。


「いやあマジで途中どうなることかと」

「玲華とか乱入寸前だったよ!」


 みんな見た顔だ。遊姫の取り巻きの少女たち。


「でも、ちゃんと撮れたよ! ほら!」


 立ちすくんだままの俺の前で、そのうち一人が遊姫にスマホを手渡す。

 ゆっくり立ち上がって、受け取る彼女。

 そんなばかな。そんなわけない。そんな……


 呆然とする俺の視界の中で、遊姫は動画を再生してチェックしながら、大きくうなずく。

 もう、涙は引いたらしい。


「うん。すごく、ちゃんと撮れてる」

「それ……どうするの……?」


 喉から絞り出した俺の問いに、彼女は満面の笑顔で答えた。


「宝物にするの! 毎日、寝る前にひとりで見返す! あ……でも……もしあなたが嫌なら、消すから……」


 …………え…………。


「……あ、いや……それならいいよ」

「ありがとう! やっぱり優しい!」


 よく考えるとめちゃくちゃ恥ずかしいけど、勢いで許可してしまった。スマホを胸にあんな大切そうに抱きしめられたら、もう取り消しはできない。


 ま、まあ、それはそれとしてだ。取り巻きの彼女たちには、言いたいことがあった。

 そもそも最近の動画は、彼女たちが自分の承認欲求を満たすために遊姫を利用しているフシがある。何せ俺は彼氏になったのだから、そこはビシッと──


「遊姫! あらためておめでとう!」

「うん、ありがとう……!」

「遊姫ちゃああん! よかったよぉぉぉ……!」


 ……なんだか全員で抱き合ってわんわん泣きはじめたんですが……。


「言ったでしょ、あんたどうせ泣くんだからメイクは薄くしなさいって」

「うん、ぼろぼろ……」

「彼氏できたんだから、今後はうちらのために無理しないこと。昔みたいに、自分のやりたい動画をやりな」

「わたしもまた遊姫ちゃんの歌が聞きたい!」

「うん、うん、そうする」


 彼女たち……取り巻きじゃなく、親友なのでは……。

 みんないいこで、俺が口を挟む隙はなさそうだ。


「しかし途中でスマホいじってたの許せんくない?」

「あれはほら、流れ的に必要で……」

「……チッ。まあ今回は許してやるが、もし浮気でもしたらお前を社会的に抹殺するからな?」


 明らかにヤバいのが一人紛れてる気はするけど、彼女も目が真っ赤なので……いいこ……。


「……こっち見んな、お前は遊姫だけ見てろ……!」


 ……ほらね……。



 ◇ ◇ ◇



 ──それから数日後。


 最近の動画を全て削除したアズこと天堂遊姫は、今後は歌をメインに活動する宣言をした。

 ごっそりフォロワー数が減ったり、心無いコメントが書き込まれたり(そいつらを俺が片っぱしから論破したり)もした。


 でもそのあとに投稿した、遊姫のクラスメイトが描いてくれたという超美麗なイラスト付きの歌が、胸に響くと好評で少しだけフォロワー数が戻った。


 ヴヴッ、とスマホが震えて、彼女からのメッセージが着信する。


『次の動画の選曲とか相談したいんだけど、日曜日って会えるかな?』



 ──俺は即、返信していた。



『お安いご用さ』

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青晴《アオハレ》 クサバノカゲ @kusaba

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