逢魔がカフェ
沼モナカ
◯
この席に座ってどれだけ待ったであろうか。
席を立ったり、椅子をずらしたり、落ち着かない態度を繰り返してしまう。
入った事は無いものの、いつも目にする古いカフェの一席。
動かされるように立ち入り、この席を目に入れた瞬間に寂寥感を覚えて座ってしまった。
初めは安いソフトドリンクでお茶を濁したのだが、3時間も居るとお高いコーヒーを注目して罪悪感を誤魔化した。
もう立とう、会計を済ませて出ていこう。そもそも会社帰りに急に立ち寄る事も無かったじゃないか。
下も仕事なのだ、早くマンションへと戻り、身体を休ませるのが利にかなっている。
「安彦くんだよね?待たせてごめんね。」
「あ、摩耶ねえちゃん。遅いよもお」
摩耶ねえちゃんは近所の3歳上のお姉ちゃんだ。帰りの遅い親の変わりに遊んでくれるんだ。
それから随分と経っちゃった。会社の事で愚痴を聞いてくれたり、最近の配信者活動で笑ってくれたよ。
ねえちゃんもあの霊山にいたお坊さんの説法は為になった。昔一緒に遊んだ原っぱに潜んでいたタヌキの化け具合にはビックリしたってべらべら話してくれたんだ。
時計がなったみたい。ねえちゃんはハッとし、とても悲しそうに顔を歪めた。
「もう行かなくちゃ」
「え? まだまだ遊びたいよ」
「深夜だから帰らなくちゃね。明日の仕事は行かなくて良いからゆっくりしてね」
バイバイ、とねえちゃんに見送ってもらって外へ出ちゃった。
ハッと後ろを振り返った。暗黒の帷が降りた森の入口でぽかんとしてしまった。
迷い家か、はたまた狐が狸にでも馬鹿されたのか。
いいや、もっと大事な事が脳裏によぎった。摩耶姉さんは俺が子供の頃に交通事故で亡くなったじゃないか。
最後を看取る事も出来ずに葬儀とお墓を涙で歪みすぎた景色で済ます事しか出来なかったのは今でも後悔している。
明日などどうでもいい。熱い目頭と心の内で日頃の疲れを忘れていた。
翌日はオフィスの災害規模のトラブルで勤務が出来なくなった。
会社に与えられた休みを使って、姉さんの墓参りとおじさん夫婦への挨拶へと赴いた。
逢魔がカフェ 沼モナカ @monacaoh
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