「ここアヴィ──なんちゃらって場所じゃなかったのか?」

 ギルは集会が終わった直後、驚きの声を上げた。


 兵士たちは要塞に入ると、門前に集って集会を開き、今夜はこの要塞に泊り、明朝早くにアヴィサルに向かうと報告された。

 要塞は壁に囲まれ、中央と四方に大きな塔が立っていた。中央の一階に入り口はなく、代わりに四方の塔へ斜めの渡り廊下があった。上空から見ると、バツ印のようになっている。


「ここはその手前のゲルソールだよ。だって二つ目の川を渡ってないだろ」

 シャルが答えた。


「確かに渡ってなかったな」

 ユーグが壁を見上げながら言った。


「気づかなかった」

 ギルは雪に夢中で全く気づいていなかった。

 はしゃぎすぎていた自分を少し反省しようと思った。


「すぐそこに川があって橋もある。明日その橋を渡ってアヴィサルに入るんだ」

「そしたら、いよいよ戦いか」

 ギルは身震いがした。

 寒さもあるが、自分の言葉の響きに寒気がしたのだった。


「──行こうぜ。ここは寒い」

 ユーグが重苦しい空気になる前に呼びかけ、建物の方へ足を運び始めた。


「ああ、そうしよう」

 ギルとミラもユーグに続いた。しかし、シャルは動かなかった。


「──みんな」

 シャルはうつむき、フードの中の顔は暗かった。


「ごめん。僕はこっちだから。みんなとは別行動になる。多分、というか絶対、戦地には行けない。川向こうの要塞に籠るだけになるかもしれない」

 シャルはカサカサになった唇を噛み締め、上官たちが入って行った奥の建物の方を視線で示した。

 ともに前線に向かえない自分のことを責めているのだなと、ギルは直感した。


 こいつは何でもかんでもすぐに自分を責める。


 ギルはシャルの元へ歩み寄ると、ポケットから手を出し、シャルのフードを勢いよく押し上げた。


「あっ。ちょっと」

 シャルの顔はフードに引っ張られて持ち上げられた。


「暗い顔すんなよ」

 ギルはシャルに笑顔を見せた。寒さで頬は引きつっていたが、精一杯心から笑みを浮かべた。


「俺たちは死なない。死んだとしても、化けてお前の所に出たりはしねーよ。だろ?」

 ギルは少し後ろに並ぶユーグとミラを振り返った。二人とも笑っていた。


「ミラは化けて出たがるかもな」

「ちょっと! ユーグ」

 ミラは赤い頬をさらに赤くして、ユーグの腕を掴んだ。

 シャルはしばらく呆然と三人を見つめた後、ふふっと笑い始めた。


「そうだね。でも、みんななら化けて出てきてもらっても全然いいけどね」

「じゃあ、出て行こうかな。そしたら、毎日遊べるしな」

「いや、やっぱりギルは遠慮しとくよ」

「なんでだよ」

 ギルはシャルの肩を軽く叩いた。


「絶対その方がいいぞ」

 ユーグがギルの後ろから声を張った。


「うるさいぞ、ユーグ」


 シャルとギルは互いの顔を見合わせ、ひとしきり笑った。

 ギルは何がそんなに面白いのか分からなかったが、笑いが止まらなかった。初めての寒さで感覚がおかしくなっているのかもしれないと思った。


「じゃあ、行くから」

「おう。頑張れよ」

「そっちの方こそ」

 シャルはギルたちを後にし、奥の建物へ向かって行った。


「死ぬなよー!」

 ギルはシャルの背中に手を振った。シャルは立ち止まって振り返った。


「君たちの方がね!」

 シャルはそう言うと手を上げて応え、建物の中へ消えてしまった。


「死なないさ。絶対」


 ギルはシャルがいなくなった後、真っ白な広場を前にして、そう呟いた。

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