「やっと着いたーっ。長い旅だったぜぇ──さむっ」

 ギルは車から飛び降り、体を伸ばした。

 しかし、すぐに腕を下ろすと、手をポケットの中に引っ込めてしまった。


 ギルたちはくすんだ色をした厚手のシャツの上から黒いロングコートを一枚羽織っていた。表面生地はツルツルとして光沢があり、内側にはゴワゴワとした薄茶色の綿が詰められていた。多くの兵士は前のボタンを閉め、フードを被っていた。

 ギルは前を開けたままで、フードも被っていなかった。


「やっぱり北部は寒いな。これが雪か」

 ギルはしゃがみこみ、地面を覆った雪に触れた。


 ファーラル兵一行は何事もなく樹路を抜け、そこからさらに三日かけて北上し、ノール川西部にある要塞まで来ていた。周囲には恐ろしいほど何もなく、だだっ広い雪原が広がっているだけだった。雪原の上にも白っぽい薄灰色の空が広がっていて、北部に着いたときからずっとこの調子だった。

 そんな色のない世界に唯一聳える鼠色の要塞も、どこか陰気で物寂しく、人の気配はおろか、植物にさえも見捨てられているようだった。


「つめてーっ。つめてーぞ、ユーグ」

 ギルは頬と手を真っ赤にしながら、雪を丸めていた。


「当然だろ。雪はつめてーもんだ」

 ユーグはそう言いながらも、軽快に車から降りると早速雪の中に手を突っ込んだ。


「うおっ。これはつめてーな」

「だろ」


 ギルとユーグの二人は思い思いに遊び始め、手形をつけたり、絵を描いて見たり、雪玉を遠くへ投げて見たりしていた。他の兵士たちは、馬鹿なことをやっていると呆れ顔で二人の横を通りすぎ、要塞へ向かって行った。それでも、ほとんどの兵士は初めて見る雪に一度は触れ、その感触を楽しんでいた。


 シャルが十分ほど遅れて車から出てきたときには、二人は雪玉を投げ合い、ミラはその脇で二人に止めるように諭していた。


「上官に見つかったら怒られるわよ! もう」

 ミラはフードを深くかぶり、意地でも肌を外に出さないよう小さく丸まっていた。


「まったくあの二人は」

 シャルはミラの横に並んだ。


「緊張感ってないのかな?」

「どうだろうね」

 シャルは肩をすくめた。


「ほっといて先に行こうか。怒られたら流石にやめるでしょ」

「そうだね」

 シャルとミラはそう言いながらも、ギルとユーグがはしゃぐ様子をぼうっと見つめていた。


「おい‼ そこの二人、遊んでないでとっとと移動しろ‼ バカがっ」

 後方の車両の入り口から、一人の上官が禿げた頭を出して怒鳴った。

 ギルとユーグは、「逃げろ、逃げろ」と笑いながら、雪の中を大股で走って戻ってきた。


「ほら、言ったでしょ。怒られるって」

 ミラは二人が戻ってくるなり言った。


「あれはまだ怒られた内に入らないよ」

「ああ。あの禿には、殴られたこともあるからな」

 二人は寒さに体を震わせながら言った。歯がカチカチと音を立てている。


「早くあったかい所に行こう。ここは寒すぎる」

「同感だ」

 ギルが訴え、ユーグも小刻みに何度もうなずいた。


「この雪の中で遊ぶからだよ」

 シャルは言いながら、要塞へ向かう兵士たちの列に割り込んだ。

 三人もシャルに着いて行く。


「雪があったら遊ぶもんだろ。なっ」

「ああ。それも同感だ」

 二人は歩きながら全く同じ格好で前屈みになり、ポケットの中に手を入れ、激しくこすり合わせて手を少しでも温めようとしていた。


「まあ分からなくもないけどさ」

 シャルは二人の姿に苦笑いした。


「わたしには分からない。寒い思いしてまで遊びたくない」

 ミラは二人に若干引いた様子で言った。


「分かってないな、ミラは」

「ああ、分かってない」

 二人はそろって歯を鳴らしながら言った。

 ミラは文句ありげにシャルを見た。


「男ってこんなもんだよ、ミラ」

「そうかな」

「ああ」

 ミラはシャルの言葉に納得してないようだった。


「二人とも手真っ赤でしょ」

 ミラは非難するように聞いた。


「真っ赤だよ。ほら」

 ギルが手を出してミラに見せた。ギルの手は全体が赤く染まり、痛々しかった。


「やっと感覚が少し戻って来たぞ」

 ユーグは横から笑いながら言った。

 ミラはそれを見て、小さく首を振った。


「やっぱりよく分からない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る