29 ギルバート

「おい、フーダー。おい、おい。うおっ! アッツ! やりやがったなこいつ」


 シャルの家のペットのフーダーがシャルの肩に乗りながら、俺に軽く火を噴きやがった。


 フーダーはフーライダーという、つぼみたいな形をした植物だ。体の下部分がおっさんの腹のように膨らみ、上は筒状で、てっぺんには大きな口がある。

 一番下の尻の部分からは、五本の腕が伸びていて、その先には人間の手の平のような葉っぱが一枚付いている。葉っぱは三方向に分かれ、人間で言えば三本指で、真ん中の指だけが異常に太くて長い。

 そして、背中には半透明の風船みたいな膜があって、まるでリュックでも背負っているみたいに見える。

 色は全体的に金色に近い黄色でシャルの髪色に似ている。体の至る所に斑模様があって、その部分は漂白されたみたいに白っぽい。腕と葉っぱは少し緑がかっていて、口の周りの唇みたいに厚い部分は一番色が濃かった。

 こいつの一番の特徴は何と言っても火を噴くということだ。口の中にさらに灰色の細長い口があって、そこから火を噴く。燃料の油は背中のリュックに溜め込んでいて、油は消化したエサから集めているらしい。

 火を噴くだけでもかなり珍しいけど、こいつはさらに飛びぬけて頭がいい。目も耳もないくせにこいつは、十人くらいの人間を識別できるらしい。理由は前にミラが言ってたけど、葉っぱのセンサーがどうたらって話だったと思う。


 これだけ聞けばすごいやつだと思うが、実際初めて見たときは興奮したけど、それを帳消しにするほどこいつはむかつく。シャルが言うにはこいつらはかなりの気分屋で、性格も色々とあるらしい。特にシャルの飼ってるフーダーは嫉妬深くて、気が強くて、好き嫌いが激しい。

 まったく反吐が出るほど貴族みたいなやつだ。城に住んでるとそういう性格になるのか。だとしたらシャルはよく毒されずにすんでるよ。


 そんなクソ火吹き野郎だが、シャルのことが大好きで、シャルの部屋に入った瞬間から、五本腕で器用にシャルの体を登ると、誰にもここは譲らんとばかりにずっと肩にしがみついてやがる。

 俺たちはシャルから話を聞いてたから、気になって触ろうとした。誰だって触りたくなる。まず俺が触ろうとした。そしたら、こいつは葉っぱを使って俺の指をはじきやがった。ちっこい手のくせに、五歳のガキくらいの力があった。それだけでもむかつくのに、葉の表面がチクチクしてて指の腹が少し痒いのもむかつく。


 俺は拒否されたが、こんなところで引き下がる男じゃない。もう一度挑戦しようとしたら、アレッサがあいつの頭を撫でてた。ミラは背中の袋をつついてたし、ユーグは腹の斑模様を指でなぞり、リックはまるで握手でもするかのように葉に触れていた。

 俺がさっき拒否されたのは勘違いだと思うことにした。そりゃあそう思うだろ。他のみんなが触れて、俺だけ触れないことがあるはずがない。だから、もう一度触ろうとした。そしたら、俺が触れる直前に、指を上からはたき落としやがった。それに、あの噴気孔から灰色の煙を吐いて、腕を手前から奥に動かしやがった。

 この野郎は、植物の分際で偉そうにあっちに行けと言いやがった。煙を吐いてるのも気に食わん。煙草を口に咥えて、机の上に足を乗せた上官に命令されたみたいだ。


 その後、俺たちはシャルの部屋からバルコニーに出た。シャルの部屋は城の最上部にあったから、眺めは最高で、城と神殿と広場を結ぶ赤色の巨大な三角形がよく見えた。ここでの花火は最高に違いない。ただ一つ、むかつくこいつが居なければ。

 そう思った、俺はなんとか触れてやろうとあの手この手で試してみたが、さすが目と耳がないだけあって、どこから攻めようと、息を殺そうと気づかれた。触ろうとする度に、退けようとする力が強くなって、噴き出す煙の量も多くなった。そして、ゴキュっという何かを飲み込んだような音がなった後、ついに火を噴かれた。間一髪で避けたが、遅ければ丸焦げになっていた。 


「こら! フーダー。人に向かって火を噴いちゃダメでしょ」

 シャルはフーダーを肩から引きはがして、顔の前まで持ち上げた。そして、真ん中のいつも口を覆っている葉に向けて言った。どうやらその葉っぱが、一番感度がいいらしい。

 フーダーは、嫌がるように体を左右に振った。そして、腕を俺の方に向けた。まるで指をさして非難しているようだ。

 俺は段々植物と接してるのか、人と接してるのかよく分からなくなってきた。


「なんだよ」

「嫌われたなギル」

 ユーグが横から半笑いで言いやがる。


「初めっから嫌ってたよ、こいつは。馬が合わないとすぐに察知したんだろうな」

 リックまで笑ってやがる。


「ほんとに賢いのね。わたしの家にもいるけど、少しお馬鹿さんなのよね。知らない人にも着いて行っちゃうから」

 ミラはあろうことかこいつを褒めた。


「彼の気持ちも分からないではないわ。私がフーダーだったらすぐに火を吐く」

 アレッサが口から火を噴く真似をして俺を見た。


「それは言えてる。俺もそうするな」

 ユーグのやつもアレッサの真似をする。

 このバカ夫婦が。


「じゃあこいつは我慢した方だな。偉いぞ」

 リックはシャルの横から手を伸ばして頭の横を撫でた。他の奴らも乗っかって、こいつを褒めまくった。

 そのせいで、こいつはいい気になったのか、両端の腕を曲げると、体の側面に当て、まるで腰に手を当てて、胸を張るようなポーズをとった。

 俺は限界だった。大人げないと言われようが、人間の力を見せつけてやる。


「だめだぞフーダー。あまり調子には乗らない。みんなもやめてよ。気軽に火を噴くようになったら困るんだ」


 俺は目の前に突っ立っていた、ユーグを押しのけた。


「シャル。こいつをここから突き落としてもいいか。それよりも祭壇に捧げた方がいいか」

 その言葉と同時に、火吹き野郎はシャルの手から抜け出して、その上に乗っかると、俺の方に振り返った。そして、端の四つの葉を握るように丸めると、まるでシャドーボクシングでもするかのように、その場でパンチを繰り出した。

 やる気は満々らしい。そう来なくっちゃな。


「おし、やってやろうじゃないか」

 俺も両手の拳を打ち合わせ、戦いの姿勢を取る。


 シャルとミラの止める声と、ユーグとアレッサ、リックの囃し立てる声が聞こえる。俺はすり足で一歩近づき、フーダーもシャルの手の上を、腕を使って移動する。こいつには目がないにも関わらず、俺はずっと目が合っている気がしてならなかった。こうやってこいつと顔を突き合わせている内に、不思議と嫌悪感が消え、それよりも良きライバルと対峙しているような感覚がした。俺は自然と不敵な笑みがこぼれ、目の前のこいつも、煙をふかして笑っているような気がした。


 ──ドーンッ‼ 


 その瞬間、爆音が響いた。驚いて町の空を見ると、そこには巨大な真っ赤な花火が上がっていた。花火はタンポポの綿毛のように綺麗な球形をしていて、町の夜空にその種を飛ばしていた。

 俺はフーダーとのことなどすっかり忘れて、その景色に引き込まれた。


 この花火には意味があると聞いた。この場所には空から石が降ってきて、植物を焼き尽くした伝説がある。だから、悪魔との戦いに勝てるようにという願いを込めて、花火が上げられる。打ちあがった花火は、まるでいくつもの炎をまとった石のように、町に降り注いでいる。ゆっくりと落ちる火の球を見るうちに、勇気や希望が湧いてきた。

 植物に奪われた故郷、家族との誓い。最近はそれが叶えられない遠い夢のように感じていた。だけど、これを見ているだけでやれそうな気がしてくる。たとえどんな困難が待ち受けていようと、俺があの火の球のようになって悪魔どもを燃やし尽くす。


 そう思うと、火を噴くフーダーに急に仲間意識が芽生えてきた。そして、争っていた自分が小さく、バカらしく思えた。

 俺は視線をフーダーに戻し、手を差し出した。人ではないが、こいつなら意味を理解してくれるだろう。俺はそう直感した。


「フーダー、悪かった──」

 ──バシッ!


 フーダーの葉が俺の頬を平手打ちした。肌がヒリヒリとする。


 前言撤回、よく分かったよ。所詮植物は植物だということだな!


「このクソ悪魔野郎が!」

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