26 アレッサ
どれも高いものばかりね。だけど、きれい……。
私はショーケースに並んだ指輪を眺めながら、息を漏らした。
サファイヤやルビー、エメラルドにダイヤモンドといった宝石がリングの先で、堂々とした輝きを放っている。たとえイチゴの種ほど小さくても、その存在感は損なわれていなかった。でも、この一番小さな宝石が付いた指輪でさえも、到底手が出せないほどの値段だった。
こんなのいったい誰が買えるのかしら。
私は妬ましさと羨ましさを感じながら、宝石をじっくりと一つ一つ見ていった。見ているうちに、私はどんどん宝石の魅力に取り憑かれていくのが分かった。
貴族たちが大量に身に着けるのも分からなくはない。
「アレッサ。記念に買おうとは言ったけど、流石にそこのやつはちょと……」
ユーグが中腰になっている私の横で、同じような恰好をしながら言った。ユーグの持つ赤茶の二つの宝石が、不穏そうに揺らめいている。
私はユーグに微笑みかけた。
「見てただけよ」
それを聞いて安心したのか、ユーグの宝石の輝きは安定を取り戻したようだった。
「お客様お探しの物はお決まりでしょうか? もしよろしければご案内させていただきますが」
背後から男性の声がして振り返ると、そこには店主らしき人物がいた。
店主は丸顔の禿げ頭で、口ひげの両端が上に少しカールしている。話しながらもずっとニコニコとして笑顔を絶やさず、絵にしたら目が常に棒線で描かれるくらいに細くなっていた。服装はこの町の住人とは思えないほどきっちりしていて、白のベストに黒パンツ、そして赤い蝶ネクタイをしていた。
私はそのきっちりとして堅苦しいスタイルに懐かしさを覚えて、その店主に特別な親しみを感じた。
「指輪を探してるんです」
「お揃いの指輪ですか?」
私は返事をする前にユーグを見た。
ユーグは首の後ろを擦りながら、そっぽを向いて、店内のものを見ているふりをしていた。
恥ずかしがらなくたっていいのに。
「はい」
「左様ですか」
店主はそれを聞いて、まるで祝福するようににっこりと笑いかけ、話しを続けた。
「何かご希望はありますでしょうか。時間とお金がかかってもよろしければ、オーダーメイドなんかもございますし、ご覧になっていたこちらの指輪ですと、一点物ですのでお揃いとはいきませんが、似ているものならございます。色違いで持たれるのも良いかもしれません」
私は勧められた手前、安いものしか買えませんとは言いだしづらかった。なので、できる限り申し訳なさそうな表情をする。
「すいません。私たち、その、あんまりお金が無くて、ここにある指輪だと少し、というかかなり高めで」
「そうでしたか。でしたらこちらに」
店主はそう言いながら、丁寧な指遣いでついてくるように促し、入り口近くの木の棚の列まで移動した。
そこの棚は、さっきまでの厳重なショーケースとは違って、ガラスの壁もなく、ただ群青色の程よい弾力とザラザラ感のあるマットの上に並べられているだけだった。一番の違いはやはり、そこに置かれている指輪で、宝石はついておらず、金、銀、鉄、一色で、明らかに安い棚ですといった感じだ。値段を見ても、さっきのと比べれば桁が二つも三つも違った。金銭感覚がおかしくなって安すぎるなと感じたけれど、よく考えるまでもなく、簡単に手が出せるほど安くはなかった。それでも、買えないほど高くもなかった。
「こっちなら何とかだな……」
さっきは無関心だったユーグも、その値段を見比べて真剣に悩み始めたようだった。
「さきほどのものと比べてしまうと見劣りするものがあるかもしれませんが、品質には自信がございます。一つ一つよく見ていただくと、細部の装飾が異なっております。名前の通り、様々な神々、神話をモチーフに作られておりますので、ご自身の信奉されている神々の指輪を買って行かれる方も少なくありません。
それ以外ですと、特に女性は愛の女神を選ばれる方も多いですし、この町なら火の神フーも人気となっております。今日は火祭りですので、買われた方がすでに十人ほどいらっしゃいます」
私は説明を話半分で聞きながら指輪を見分した。一生ものを選ぶとなると真剣にならざるを得ない。この人には申し訳ないけど、見られていると選びにくい。
「ありがとうございます。あのじっくり選びたいので、その」
「ええはい。私は店内にいますので、何かありましたらいつでもお声がけください」
店主は嫌な顔一つせずに言うと、笑って店の奥に戻って行った。私はてっぺんでどの宝石よりも光る頭を見送ると、すぐにたくさんの指輪に目を戻した。
指輪の数はかなり多く、八百万の神々の数だけあるように思えた。
何の神がモチーフか書いてある紙が無かったら、選びようがなかったかも。
私の信奉することにしている神はユーグと同じでルストックという愛の女神。ルストックはストックの花の化身で、柔らかなピンク色の髪にストックの花冠を被った姿で描かれている。愛の女神は花の数だけいるけれど、特にルストックには「永遠の愛」や「一途な思い」という意味が込められている。まさにユーグにぴったりだ。なんでもお母さんが信奉していて、それを受け継いだんだとか。
私はルストックの名前を探しながら、まだまだ知らない神々の名前がたくさんあることを思い知らされた。
いかんせん多すぎじゃないかな。本当にこの神々全員を信奉している人がいるのかしら。絶対何年も売れていないやつがあるわよ、きっと。
私は腕組みをしながら、また中腰になっていた。そして、ルストック以外に知っている愛の女神の名前を見つけ、その周辺をくまなく探した。すると、意外にも最初に見ていた場所にちょうど二つの指輪が重なり合うようにして置いてあった。
色はピンクがかった金色で、二つのリングが絡み合うような形をしている。おそらくはルストックの永遠を表しているのだと思う。そして、花びらが輪を描くように咲いている小さなストックの花が、その柔らかさと優しさが伝わるほど繊細に造形されていた。
これしかない。
私は見つけた瞬間からそれ以外は何も目に入らなかった。まだ他の指輪の半分の半分も見れていないけれど、これ以上に私たちに相応しい指輪はもうないと確信できた。
私は手に取って持ち上げ、少し離れた棚で、ユーグが顎に手を当てながら悩む横顔をその輪の中に収めた。
そうすると、不思議と春の穏やかな風が吹き込み、ユーグの髪を揺らしているように見えた。
背後には一面のストックの花畑。
包み込むような甘い香り。
私は目から指輪を外して、生身の目でユーグを見つめた。
もうこれ以外ありえない。
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