24 ミラ

 わたしは通りの中央に立つ巨大な松明を見上げた。松明は激しく燃えてパチパチと音を立てている。時々火の粉が降りかかってくるけど、誰もそれを嫌がらないのは、この城下で火の神フーが信仰されているから。だから、火傷をしたとしても、むしろ自分には加護があるのだと喜ぶ人も多い。なんなら、火傷をしようとする人もいるくらい。町の外から来た人にはあまり理解できない風習みたい。


 松明は大通りの中央に三十メートル間隔で並べられ、その全てに火が灯されている。その火の道は城門から中央広場、中央広場から大神殿へと続いており、さらに、城門から大神殿までの険しく狭い道──祭りの時以外は滅多に使われない──にも続いている。

 城、神殿、広場のそれぞれを線で繋ぐと巨大な三角形になり、これは火の神フーを示す紋章が三重三角さんじゅうさんかく紋、別名火紋かもんと言って、三つの三角形が重なり合ってできていることに由来する。古来よりこの国では火は三角形と結び付けて考えられていたらしい。たしかに、松明の炎を見ると上に行くにしたがって細くなっているから、三角形に見えないこともない。


 そんなことばかり考えながら、人の流れに乗ってリックと移動をしていると、広場の方から連続して大きな歓声が聞こえてきた。ここよりも若干低い位置にある広場に目を向けてみたけれど、火の煙で何も見えなかった。だけど、何となく何をしているか予想はついた。


「何してんだろうな?」

 リックが顔を近づけ、大きな声で言った。祭りでは大きな声を出さないと、火と人の音でかき消されてしまう。

 わたしは「っん、っん」と咳払いをして大きな声を出す準備をした。普段、小さな声しか出していないだけに少し恥じらいがある。


「たぶん火の粉を被ってるのよ」

「なにを?」

「ひ、の、こ」

「あー、火の粉ね。よくやるよな。熱くないのか?」

「みんな火傷したいのよ。加護の証だから」

「ふーん。変わってるな」

 リックはそう言うと、わたしから顔を遠ざけ、町の人たちの奇行を見ようと背伸びをした。

 やっぱり理解できないよね。この町の住人のわたしでも、わざわざ火傷しに行くなんて頭がおかしいと思うもの。それに、自分から火傷しに行って、それで加護を受けられたと言えるのかなと思う。自ら望んでいなかったのに、たまたま火の粉に当たって火傷をしたのなら加護だとは言えそうだけど……。

 でも、そのおかしな人たちのおかげで火傷薬はファーラル産一択と言われるほど品質が優れているんだけどね。火傷薬は兵士たちの必需品。植物相手にも敵の兵器相手にも結局は火が一番だから、兵士を続ける限り火傷から逃れることはできない。

 わたしも慣れておいた方がいいのかな? 


 そう思ったとき、頭上で松明の火がパッチと音を立てた。わたしは驚いて、咄嗟に頭を腕で庇ってしまい、隣を歩いていた男の人が「熱っ!」と声を上げ、加護が授けられたと、周囲に自慢し始めた。

 わたしはそれを横目に見ながら、男が気になって立ち止まったリックを引っ張り、その場からいち早く立ち去った。

 やっぱりやめておこう。火の粉を被りにいくなんておかしいし、慣れたくない。


 わたしは松明を避けるようにして道の端へ寄りながら進み、屋台を眺めながら広場を目指した。

 屋台には、虹色の野菜を揚げたチップスや、スーっとした匂いのする青色の草団子、薄紅色の三角形をした焼き菓子、顔の大きさほどある巨大な葉を丸々一枚押さえつけて焼いたせんべい、ブルンゲのゼラチン質の肉厚な葉を煮込んでトロトロにしたスープ。他にもパイの包み焼や、キッシュやガレット、ケーキやアイスやワインまでありとあらゆるグルメがあった。どれも美味しそうで、何を食べようか迷ってしまう。

 屋台には料理だけでなく、工芸品を売る店や、投げた種を的に当てたり、成長させた種の芽の色が何色かでくじをしたり、ほんとうに色々なことができた。

 わたしはくじの景品で、店主の背後の棚に三等として飾られている人形に目を止めた。それは愛の女神の内の誰かを子ども向けにした人形で、髪は明るいブロンドで鮮やかな黄緑色の服をまとい、頭にはピンク色の花冠をしている。愛の女神は花の数ほどいて、区別は身に着けている花でしか見分けられない。


 わたしがその人形に強く惹きつけられて、一回だけ引いてみようかどうしようか真剣に悩んでいると、リックに肩を叩かれた。


「な、なに?」

 わたしは人形を見ていたことをばれていないか心配しながら、リックに顔を向けると、リックはどこかを指さしていた。

「あれ、アレッサとユーグじゃねえか」

 わたしは指の方向にあったアクセサリーが売っている屋台に目を凝らした。でも、どこにも二人の姿はなかった。


「いないよ」

「奥にある建物の店の方だよ。ほら、入り口のところ」

 わたしは背伸びをしてもう一度目を凝らした。すると、数段高い場所にあり、開け放たれたモスグリーンの扉から、お店の中に入って行く二人の姿が見えた。


「いた……」

 その瞬間、息が止まったかと思うほど心臓が強く波打ち始めた。


「二人してアクセサリー屋か。これはきっと告白が成功したに違いない」


 シャル……。そういうんじゃないのに。リックが余計なことを言うから。変に意識してしまう。


「行ってみよう」

 リックが意気揚々と言うので、わたしは慌てて止めた。


「だめよ、リック。二人を邪魔しちゃだめ」

「──まあ、そうだよな。じゃあ俺たちは外で待っていよう。安い方のアクセサリーを見てね」

 そう言うと、リックは店舗前の屋台に並べられているアクセサリーを眺め始めた。


 鼓動はまだ収まらなかった。


 シャルたちも広場に来るわよね。これだけの人だもの、会えるか分からない。でも、ユーグとアレッサに会ってしまったように、会ってしまいそうな気がする。そしたらどうしよう。今でさえこんななのに、会ってしまったら、まともに目も見れない。


「どうしよう……」

 わたしは、母親の腕の中ではしゃぐ五歳くらいの女の子が抱きかかえている、あの女神様の人形を見ながら、ポツリと呟いた。

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