16 バルドリック
ようやく片付け終わったか。
俺は腰に手を当て、綺麗に整頓された赤茶の木製机の上を満足げに眺めた。机の壁際の左端には数冊の本が整列し、それ以外には塵一つなかった。天板は材木の独特な白い木目が、水彩絵の具を水の上に垂らして激しくかき混ぜたようにうねっていた。
俺はこれを見ると、元はどんな木だったのだろうかと想像せずにはいられなかった。
天板から目を離し、整頓のために脇に置いていた椅子に手を伸ばした。机と同じく赤茶の椅子の上には、雑多な植物の繊維を編んで作られた暗褐色のボストンバックが置かれている。植物の繊維が一種類ではないため、場所によって色が濃くなったり、薄くなったりしている。この手の安物鞄にはよくあることだが、赤や黄色といった派手な繊維も時々混ざり込んでいて、お世辞にもお洒落とは言い難い。
俺は別にお洒落に興味はなかったが、統一感がないのは気に入らなかった。仕方がなかったので、派手な色の部分にだけ、上から茶色で色を塗って隠した。こうすれば案外統一感が出て、時々使う分には気にならなくなる。
俺はおもむろに鞄を開け、側面に半ば隠されているようについているポケットの中をまさぐった。指先に水風船のような弾力のある柔らかな感触を感じ、それを慎重に引っ張り出す。
それは手のひら大で焦げ茶色の種だった。種は楕円形で、上部が少しへこみ、中心から渦を巻くような模様がある。種にはその外形にそって、水泡のようなものが覆っていた。水泡の外側は半透明の弾力性に富む膜ででき、内部に水分を蓄えていた。
いよいよこいつの出番が来たな。
俺はそう思いながら、ズボンのポケットから消炭色ペンを取り出した。蓋を外すと、ペン先の代わりにそこには細長いナイフがあった。
俺は種とナイフを交互に見比べる。
いざという時はこいつを刺せ、か。そんなことにはならないのが一番いいが、そうも言ってられなくなった。もう城内も安全じゃない。いつ何が起こるか分からない。自分の身は自分で守らなければ。
俺は蓋をしてナイフをしまおうとした。
──コンコン。
部屋のドアがノックされた。俺は驚き、咄嗟に種とナイフをポケットに滑り込ませる。
「はい。どなたですか?」
俺は深呼吸して緊張を抑えながら、ドアに近づいた。
「ユーグだけど、今いいかな?」
俺はその声に一息ついた。
ドアを開けると、そこには目が腫れぼったいユーグが立っていた。俺は咄嗟に何か面倒くさいことに巻き込まれそうな予感がした。
「どうしたんだ? 珍しいなこんな時間に」
「ちょっと話があって。ランスは……」
ユーグが俺の肩ごしに部屋を覗き見る。
「あいつはいない。今日は夜警だ」
「そうか、ならよかった」
俺はユーグの全身をまじまじと眺めた。
そこにはただ目が赤いだけのいつものユーグが立っていたが、その身に纏っている雰囲気が違っていた。言葉遣いが変じゃなかったならば、間違いなく体を胞子か何かに乗っ取られているのではと疑うほどだった。だが、こうなることは薄々予感していた。
今夜は長い夜になりそうだ。
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