13 シャルル
「だから、まだ可能性だって言ってるだろ」
近くでリックの声が聞こえた。
当惑しきっている兵士たちを掻き分けて声のした方へ進むと、そこにリックとアレッサ、ミラそしてギルの四人がいた。ユーグはまだ僕らの前に姿を現すつもりはないらしい。それか単に僕らを見つけられていないだけなのか。
この中庭のどこかにはいると思うけど……。
僕は少し見回してみたけど、自分の身長では一人分先の人の頭を見るので精いっぱいだった。僕は諦めて四人の元へ行く。
「何を言い合っているんだい、リックとギルは」
僕は着くなりそう聞いた。
だけど答えは聞かずとも分かっていた。ギルがスパイの存在を許せるわけがない。それがまだ検証の段階にあろうと、もうギルの中ではいるものとして結論付いているはずだ。
僕があの戦争にはおかしな点があったなんて言ったから余計だろうな。
「シャル! どこにいたんだ。聞いたか、裏切り者だってよ。裏切り者。俺たちの中に潜んでいやがったんだ」
ギルは怒りと興奮で頬を赤らめている。予想通りだった。
「うん、聞いているよ。大変なことになった」
「なんだ落ち着いてるな。裏切り者だぞ、敵国の悪魔だ……。知ってたのか? シャル」
ギルは見るからに肩を落とした。
もっと別の反応を期待してたんだと思う。乗るべきだったかな。でも僕がやったらわざとらしいからな。
「ばかねギル。シャルが知らないわけないじゃない」
アレッサが神経質そうに遠くの一点を見つめながら言った。
それは条件反射で口が動いてしまっているようで、思考はまったく別の場所にあるようだった。
「知ってたのか⁉」
「そりゃまあ、一応」
「なんだよ。何で言ってくれなかったんだよ」
ギルはそう言って嘆いた。
正直ギルには言っても良かった。スパイじゃないと確実に言えるのはギルくらいだから。というか、ギルは愚直過ぎてスパイには向かない。だけど、ギルはそのことを隠していられないからな、絶対に。
「そんな重要なこと簡単に言えるわけがないだろ」
僕が言う前にリックが言った。
「僕だって知らされたのは、今朝のことだよ。僕は絶対にシロだからって。だから、このことは確実にこの国の人間だって証明できる人にしか知らされてなかったんだと思う」
「貴族か」
「うん」
リックの言い方には少し棘があった。
リックは話したことはないけど、きっと貴族とか、特権階級に対して苦い思いがあるのかもしれない。これまでにも幾度か、棘を感じたことがある。
「でもよ、なんでこんな呼び出し方したんだよ。また攻めてこられたかと思っちまっただろ」
ギルが物凄く不満げに言った。
多分この前の借りを返しに行く気満々だったんだろうな。それは少し気の毒でもある。でもね──。
「こんな呼び出し方だから意味があるんだよ」
「なんでだ?」
そう言ってギルは首を傾げる。
「裏切り者に心構えをさせないためだよ。事前情報があるのとないのとではかなり違う。オズノルド人が暗がりを嫌うってのは、もろに精神状況と関わることだと思うから」
「そうか。突然やられたら、焦って、余計に暗がりを怖がるってことだな」
「そう」
それに恐らく父さんたちは、上層部にも内通者がいると睨んでいるはずだ。焦らせてぼろを出させる。そのつもりなんだろう。
「諸君‼」
その力強い大公の声で中庭の喧騒は収まった。
それでも、誰一人声を発していないにも関わらず、空気はざわざわとしていて落ち着きがない。
演台の方に目を向けると、ちょうど大公が登ってくるところだった。大公の表情は厳しく、まさに鬼の形相で兵士たちを見下ろした。味方の僕でも、夏なのに寒気がして、身震いがした。
スパイを脅しつけるのにこれ以上の適任はいないだろう。
「突然集められて何事かと思っておるだろうが、今は何も聞かず黙って指示に従ってもらう。ここから先、不用意な行動はせぬように。結果、どうなろうと我々は一切関知しない」
本来は敵にのみ向けられるはずの圧倒的な威圧に、誰もが閉口し、死人のように青白い顔を寸分たりとも動かしていない。まるで瞬きさえも罰則の対象になると思っているような勢いだった。普段は威張っている上官でさえ、今は小さく縮こまってしまっている。
大公は兵士一人一人を睨みつけた。そして、いっそう低い、本物の悪魔のような唸り声を口から漏らした。
「諸君らはただ、黙って言われたことをすればいい。分かったな」
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