12 ギルバート

 俺は今、城内を必死で走っている。城の上の方からはでかい鐘の音がゴーン、ゴーンと響いてる。この鐘は兵士たちを招集する鐘だ。あの戦争の前にもこの鐘が鳴った。


 俺は嫌な予感がしてならなかった。

 悪魔どもが橋から打って出て来たのか、それとも別の場所から来たのか。どっちでもいい。どこから来ようが、この前の借りは返してやる。今度はこっちが、大勝利を収める番だ。勝ち続ければ、ユーグだって考えを変えてくれるかもしれない。

 俺が意地でも仲間を守る。誰も死なせない。絶対にお前をどこか遠くに行かせやしない。


 俺は目の前の階段を飛び降り、直角に曲がってさらに廊下を進む。


「──なんて聞いてないわよ!」

「違うそうじゃ──」

 鐘の音に交じって、聞き覚えのある男女の声が途切れ途切れに聞こえてきた。俺が向かっている廊下の先から聞こえてくる。


 なんか言い争ってるのか?


「──なんでまた急に」

「分からない。それよりお前、大丈夫だよな? ちゃんと──」

 俺は声の場所を探しながら走り、廊下の角を曲がるとトイレの扉近くで話しているリックとアレッサっぽい後ろ姿があった。


「お! やっぱりお前らだったか」

 俺が声をかけるとアレッサが振り返った。俺はアレッサの顔を見て、今朝のことを思い出した。


 クソッ。思い出すな。後悔したってもう遅いだろ。迷ってる場合じゃない。忘れろ。もう過ぎたことだ。


「また奴らが攻めてきたんだろ。今度こそあいつらを叩きのめしてやろうぜ。やつらを殺して、死んでいった仲間たちの無念を晴らすんだ」

 俺は今朝のことを頭から押しのけて、次の戦争のことで頭を満たした。


「ほら、行こうぜ。遅れられない」

「──ああ」

「そうね」

 俺たち三人は中庭に向けて走り出した。俺は走りながら、二人が言い争っていたのを思い出した。


「そう言えばお前ら何を話してたんだ。言い合ってるぽかったけどよ」

「──ギル、この鐘は戦争の鐘じゃないらしい」

「え、違うのか⁉」

 俺は驚いて立ち止まったが、リックに引っ張られて再び走り出した。


「でも、この鐘は──」

「召集の鐘であって、別に緊急時の鐘ってわけじゃない。でも、それ以外の用途で使われることは滅多になかったけど」

「じゃあ、何の目的で鐘を鳴らしたんだ?」

 俺には全く想像がつかなかった。

 敵に攻められる以外で兵士を集めることなんてあるのか?


「暗室だってよ」

「あんしつ? 何だよそれ」

 リックのため息が横から聞こえてきた。また俺の勉強不足らしい。とりあえず何かの部屋と言うことだけは想像がついた。

 でかいため息をつかれるのにも慣れたもんだ。


「あんたほんとに授業中、何も聞いてなかったのね」

 アレッサが前を向いたまま言った。


「ああ、全く聞いてなかった」

「誇らしそうにするなよな。まったく」

 リックはまた、ため息をついた。

 俺はそんなことよりも早く、その「あんしつ」とやらについて知りたかった。


「それで、それは何なんだ? 何の部屋だ? 部屋だよな?」

「それは大正解よ。すごいわ」

 アレッサがからかってきた。先を知りたかった俺は少しムッとした。


「どうもありがとう。それで?」

「オズノルドの人間が、太陽崇拝だってことは流石に知ってるよな」

「ああ、それくらいはなんとなく」

 たしか太陽そのものを崇める一神教で、太陽の下に平等だとかなんとか難しいことを言ってた気がするな。まあ要するに太陽大好きってことだろう。


「太陽を崇拝してるってことは、同時に明るい光を崇拝していることになる。だから、日の出ていない時間の夜を嫌う。つまりは闇を嫌うことになる」

「なるほど。それで暗室か。でもそれを使ってどうするんだ」

「炙り出すんだよ」

 俺はまた立ち止まった。

 嫌な予感がする。でもまさか、そんなこと……。いや、だとしたらシャルの言ってた、おかしいって話も辻褄が合う。そいつらが俺たちの情報を全部、敵に流してたのか。だから、あんな敗けかたをした。最初から全部筒抜けだったんだ。あの戦争は仕組まれてたのか。

 俺は考えているうちに、怒りが湧きあがってくるのを感じた。腸が煮えくり返るとはこのことかと思った。


 そいつのせいで、大勢の仲間が死んだ。

 そいつのせいで、俺の故郷に帰る道が無くなった。

 そいつのせいで、ユーグは兵士をやめると言い出した。


 手の平がまた強く痛み始める。


「つまり、こういうことか……」

 リックとアレッサが立ち止まって振り返る。


「この城に、裏切り者がいる」

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