3 ユーグ

「まったく人の態度ってのは変わりやすいもんだな」

 俺は本心からそう言った。


 今は表彰式が終わって、六人でテーブルを囲いながら昼飯を食べているところだった。周りにいる兵士たちは俺たちの方を見てヒソヒソと噂話をしている。なんせ俺たち六人が表彰されたんだからな。そいつらが全員集まっていれば、注目されるのも仕方ないが、それでもと俺は思う。

 これまで俺たちのことなんて見向きもしなかった奴らが、食堂に来るまでの短い間でさえも何度も話しかけてきた。ただ褒めてくれるならまだしも、たまに下心丸出しの奴らもくる。一番むかつくのは、俺にアレッサがいると知っておきながら、色仕掛けをしてくる女どもだ。あとは、あることないこと噂話を広める奴らにもうんざりしてる。

 シャルはずっとこんな思いをしていたのかと思うと感心させられる。よくこんなものに耐えてきたな。さすがだ。


「なんだよユーグ。かっこつけてんのか?」

「何でそうなんだよ」

 ギルは肉厚な茶色い葉を豪快に噛み千切りながら言った。


 まったく本当に何でそうなるんだか。


「そうじゃなくてだな、周りからの視線が、あるだろ」

「あるな。みんな褒めてくれるからよかっただろ」

 ギルは俺の言わんとしていることをまったく理解していない。やっぱこいつはダメだ。


「分かるわよ、ユーグ。急に注目されるのは嫌よね。私も嫌」

 アレッサが俺の腕に軽く手を置きながら言った。

 俺は跳び上がるほど嬉しかった。アレッサは優しいな、どっかの誰かとは大違いだよ。

 俺は笑みをこぼさぬよう、「平常心、平常心」と言い聞かせる。


「──そうだよな」

 俺はアレッサの手の甲に触れながらうなずいた。


「わたしもイヤ。注目され続けるなんて、もう……」

 ミラが怯えた様子で縮こまって言った。

 ミラは注目されるのが大の苦手だ。表彰式の時も上がりっぱなしで、ギルよりも無作法だったのではないかと思えるほど、ずっと不格好だった。ファーラル公でなかったならば咎められていたかもしれない。

 俺は表彰式のことを思い出しながらも、こういう時は何て言ってやるのが正解なんだろうかと考えた。俺は上の空でパンをちぎっては口に放り込んだ。


「大丈夫さ。みんなそんなことはすぐに忘れるよ。二、三日の辛抱さ。僕が父さんから無理やり兵舎に入れられた時だって、ずっと誰かに付きまとわれたり、視線を向けられたりしたけど、その時でも二週間ちょっとで気にならないくらいには収まったから。だから大丈夫さ」

 シャルはミラに向けて言った。


「そう、かな……?」

「うん」

 ミラは少し元気を取り戻したようで、まだかなり残っている昼飯の残りを食べ始めた。


 俺はシャルの話を聞きながら、説得力が違うなと思った。

 常に城主の跡継ぎとしての視線を浴び続けていただけのことはある。それにシャルはあの戦争の時もそうだったが、一度決めたことは、たとえ自分の命にかかわることだろうと意地でもやり抜こうとする。ギルもそうだ。いやでも、あれはただのバカか。それでも……、俺にあれだけの度胸があれば。あの時、あの壁を登っていたら……。


「どうかしたの?」

 俺が考え事をしていたせいか、アレッサが心配そうに尋ねてきた。

 アレッサはこういう些細な変化によく気づく。それは良いことではあるが、時々厄介なこともある。


「なんでもないよ」

 俺は笑って見せたが、自然と笑えていたか自信はない。


「お前ら、午後どうするんだ?」

 リックが昼飯を食べ終わって、皿を丁寧に重ね合わせた。

 リックの食べた後はいつも完璧なまでにきれいで、テーブルの周りには食べカス一つ残っていないし、角皿の辺とテーブルの辺をきちんと平行にそろえる癖もあった。あそこまで綺麗にしろとは言わないが、ギルはリックを見習うべきだ。が、あいつがそんなこと気にしてる時は病気にかかっているか、中身が入れ替わっているかだろうな。


「私たちは二人で城内でもぶらぶらとね」

 アレッサは俺の方に首を傾け、上目遣いで言った。彼女の髪が俺の肩にかかり、思わずドキッとする。


 かわいい……。


「──ああ、そうだね」

 俺は水を一気に飲みほした。


「俺はなにしようかなあ……」

 ギルはフォークを口にくわえながら、椅子をシーソーのようにゆらゆらと揺らした。


「僕は久しぶりに家族に顔を出そうと思うよ。母さんたちがかなり心配していたみたいだからね」

 シャルは少し面倒くさそうに言った。

 シャルはたまに母親と姉の愚痴を言うことがあったが、当然それに対して誰も何も言えなかった。そうなんだ、としか言いようがない。シャルもそのことを分かっているとは思うけど、誰かに言いたくてたまらないときもあるんだろうな。


「わたしは図書館に」

「俺も図書館かな」

 ミラとリックが言った。

 二人は相変わらず本が好きだ。


「俺もたまには図書館に行ってみようかな」

「えっ」

 ミラとリックが露骨に嫌そうにする。

 そりゃあそうだろう、あいつが静かにしていられるわけがない。


「なんだよ」

 ギルはリックをにらんだ。


「図書館だぞ、ギル。どういう場所か分かってるのか?」

 リックは大真面目な顔して聞いた。

 あんな真顔だから分かりづらいが、あれはリックなりにからかってる。その証拠に少し前のめりだ。


「本がうるさくしゃべってる場所だろ。ペラペラって」

 ギルはフォークを皿に雑に投げて立ち上がった。


「図書館に行くのか?」

 俺はギルが行く気はないことを知ってはいたが、それでもギルが何と答えるかが気になってからかってみた。


「そうしたいのは山々だけどな、本の方が俺を嫌ってるからね。入れてくれない」

 ギルはそう言い残すと、食堂を後にした。

 結局どこに行くのかは言わなかったが、俺には分かっていた。休日であろうが一分とじっとしていられない奴だ。どうせ中庭に剣でも振りまわしに行ったに違いない。


「じゃあ私たちも行こうか」

 アレッサが俺の手を引いて立ち上がる。


「そうだね」


 俺たちはギルの後を追って食堂を出た。廊下が左右に広がり、ギルは廊下の右側へ進んでいた。そして、突き当りを左に曲がって消えた。俺の予想通り、その先には中庭へ向かう扉があった。俺はギルの消えた曲がり角をじっと見つめる。

 中庭には絶対に近づかないでおこう。アレッサと過ごすせっかくの休日を、あいつにぶち壊されてたまるものか。


 俺はアレッサの手を取ると、迷わず廊下を左へ進んだ。

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