2 ギルバート
城の中庭では舞台の準備が着々と進んでいた。舞台となる木の枠組みに、金色の派手な模様が描かれた赤色の布が被せられている。
俺はその様子を、中庭が見下ろせる城壁の上から眺めていた。もう一時間はここにいるかもしれない。来たときにはまだ誰もいなかったが、今は白い鎧を纏った兵士たちで埋め尽くされ、鏡のように光を反射してるせいで眩しい。
朝の冷たく殺風景な景色もいいけど、やっぱり城は賑やかな方がいい。何より上からその様子を眺めるのは気分がいい。まるで城主や王様になった気分だ。まあ、そんなもんにはなりたくないけどな。くだらない礼儀やしきたりばかりで面倒くさい。シャルの話を聞いているだけで寒気がする。
そうして、中庭の心地よい喧騒に耳を傾けていると、後ろから声をかけられた。
「ギル、おはよう」
振り返るとそこにはシャルとユーグが立っていた。声をかけてきたのはシャルだ。ユーグは軽く手を上げるだけだった。ユーグとの挨拶はいつでもそうだ。いつからそうだったかは覚えていないが、多分まだ村で暮らしていたころからそうだった。
「おう」
俺も軽く手を上げて応える。
「ちゃんと起きれたみたいだなシャル」
シャルは真面目なくせに寝坊助で、朝に弱い。訓練兵のとき、授業にも何度か寝坊してきたことがある。まあ大体は見過ごされてたけどね。先生たちがシャルに注意なんかできっこない。この町じゃ誰よりも偉いからな。それでも、遅刻すればちゃんと謝りに行くほどバカ真面目なのがシャルだ。俺だったら、怒られないから授業にも参加しなかったね。
「今日ぐらいは起きれたよ。ちゃんとね」
シャルはピョンと跳ねた頭頂部付近の毛先を撫でつけながら言った。この様子だとやっぱりギリギリまで寝ていたな。そう思ってにやりと笑った。
「まあ俺が起こしたんだけどな。着替えた後もベッドの上でぼーっとしてたから、引っ張ってきた」
ユーグが俺の予想通りそう言うと、シャルは恥ずかしそうにうつむいた。
「これたんだし、いいだろう」
「俺が相部屋でほんとによかったな。ギルなら早起きすぎて起こしてくれないぞ。今日もいつからここにいるんだ?」
「一時間くらい前さ。起きた時間となるともっと前だけどな」
ユーグがほらなと言いたげに肩をすくめる。
俺から言わせれば、お前らが起きるのが遅すぎるんだよ。特に今日なんて表彰式の日。俺が兵士として活躍し、英雄になるための第一歩なわけだ。そんな晴れ舞台の日にうかうか寝てなんかいられない。
「ほら下に降りようぜ。俺たちは今日の主役だ。ああ、いや俺とシャルは、か」
俺は言いながらユーグをいつも通りからかった。
「こいつ……。俺だって登ってれば、同じことができたさ」
「そいつはどうかな。お前はビビりだから」
「こいつ、ほんっと……。まあいいさ。いくぞ」
ユーグは悔しそうに唇を噛みながら階段から中庭へ降りていく。
俺は心の中で勝ったぞとガッツポーズをした。それにしてもいい言葉を手に入れた。ビビってるって言えば、ユーグの奴、超悔しそうにするからな。しばらくはこれだけでからかえそうだ。
下へ降りて舞台の脇まで向かうと、そこには今日表彰される予定の兵士たちが全員そろっていた。表彰されるのは、この前の戦争でシャルの考えた作戦に参加した兵士たちだ。作戦を考えたシャルと、シャルの父ちゃんを助けたリック、悪魔どもを一番多く殺した俺と、あの女兵士の四人に勲章を与えてくれるらしい。もちろん賞与もね。下でビビってたユーグと、アレッサやミラなんかは賞与だけだ。
戦争に負けて表彰式なんて普通じゃありえないが、シャルは兵士たちの士気をこれ以上下げないためだとか言ってたな。まああんな敗け方したらそういうもんなのかな。
「お、来たね。シャルもちゃんと起きたみたい」
アレッサはシャルを見るなり言った。
「もうそのことはいいって」
シャルは顔をしかめた。
「ごめん、ごめん。もうすでに二人に言われたみたいね」
アレッサは笑い、リックやミラもそれを見て微笑んだ。
シャルの寝坊いじりは俺たちの間ではよくされるいじりの一つだ。他にも、リックは礼儀と時間に厳しい頑固野郎とか、ミラは植物大好きオタクとか、アレッサは……、そういえば特にないか。
「それにしても初戦で表彰とは俺たち天才かもな」
ユーグはアレッサの側に寄りながら言った。
俺はそれを見て、また少し悔しく思った。別に恋人が欲しいわけではない。ただ、ユーグに恋人がいることが許せないというより、先を越されたことが悔しかった。
「俺たちじゃなくて、シャルがでしょ」
アレッサはユーグを見つめながら言った。
「たしかにそうだな」
「いや、みんなが協力してくれたからだよ。僕一人なら何もできなかった」
シャルは真剣な顔して言いきった。
みんな笑顔で、少し恥ずかしそうに? シャルを見つめている。俺もなんだか自然と笑顔になる。
「兵士諸君! 整列!」
舞台の上では顔がとんでもなく真四角の兵士長がガラガラ声を張り上げた。
またどうせ女と酒でも飲みすぎたんだろう。こんなときまで元気なおっさんだ。
その声を聞いた兵士たちは話すのを止めて整列し始めた。俺たちは、兵士の一人に導かれて、舞台の裏側に移動した。裏側には階段があり、その脇にはシャルの父ちゃんと大公がいた。
シャルの父ちゃんは片手に杖をついている。戦争で足を怪我してまだ完全に治りきってはいないらしい。大公は顔や体にさらに多くの傷を作っていた。その傷は痛々しいが、兵士としての勲章のようでかっこよくもあった。
俺もどこか一つ傷があったら様になるかな。
「おお、先の戦の英雄たちだな。お主らのおかげで被害を抑えられた。感謝している」
大公は威厳たっぷりに近づいてきて言った。
その言葉でみんなは一斉に頭を下げた。俺は一足遅れてお辞儀をした。
そうだった、いつも忘れるんだよな。こういう時はお辞儀をすることを。やっぱ、貴族になるのは面倒くさそうだ。
「では私はこれで失礼させてもらうよ」
大公はそう言うと、シャルの父ちゃんに何か話して立ち去った。
「さあ君たち、その若さでの表彰は異例中の異例なのだが、作法は分かっているかな?」
シャルの父ちゃんは、俺たち六人の方に顔を向けて話しかけてきた。俺はその言葉を聞いて心の中で大きなため息をつきながらこう思った。
また作法だよ。
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