11

「父さん……。それにリック……」

「シャルルじゃないか! こんなところで何をしている」

「リック。よかった、生きてたのか」

「どうしてお前らが、ここに……」

 男たちは互いに顔を見合わせるなり口々に驚きの声を発した。

 シャルは一気に肩の力が抜け、壁に手をつかなければならなかった。ギルはリックの元に駆け寄ると、背中をバンバンとん叩いて喜んだ。


「いたい、いたいぞギル」

 リックは目を細めて笑った。


「わるい、わるい。でも本当に良かった」

「ごめんリック。僕はてっきり死んだものと」

 シャルは赤く腫らした目を擦りながら言った。


「実際危なかったよ。間一髪で隠れたからよかったけど、他の兵士たちは皆殺しにされて、死体は川に流された。俺はそれをただただ黙って見ていることしかできなかった」

 リックは視線を下に向け、吐き気を抑えるように手で口元を覆った。


「きみだけでも生きていてよかったよ」

「──ありがとう。なんだか気恥ずかしいな」

 リックは落ち着きなく首元を触った。


「私も息子と感動の再会話をしたいところだが、そうも言ってられない。早いところここから逃げなければ。シャルル、肩を貸してくれないか」

「うん。分かった」

 シャルルはファーラル公のリックが支えているのとは反対側から肩を支えた。


「それなら、俺は護衛だな。前から来る敵は任せとけ」

「頼りになるなギルバート君は」

 ファーラル公は大きく口を開けて愉快そうに笑った。


 シャルはリックと視線を交わすと、息を合わせて歩みだした。

 廊下を急いで進むと、再び南側の塔と全く同じ造りの部屋に出た。そこにも十人あまりの兵士がいたが、みな正面に集中していたのか、背後に目もくれなかった。おかげで、無駄な戦闘を避けつつ、中二階まで降りてこられた。そして、二階の方を窺うと、そこにもやはり兵士が三人いて、下に向かって弓を構えている。


「よし、突入だ」

「ちょっと待ってギル」

 ファーラル公をいったん下ろしたリックが先走ろうとするギルの手首を掴んだ。


「今日は人によく止められる日だよ」

 ギルは首をまわし、苛立ち気に言った。


「君が突っ走りすぎるからだよ。攻めるなら一気にだ」

「りょーかい、リーダー。指示をくれ」

 ギルはだらんと手を上げて、壁にもたれかかった。


「すみません、シャルル様。これはどこで使うのでしょうか?」

 女兵士が麻袋に入った球を掲げて見せた。


「シャルル、なんだそれは」

 ファーラル公が地面に腰を下ろしながら言った。


「爆弾みたいなものだよ。これで敵が僕らの背を打てないようにするのさ」

「ほう、してどうやって?」

 ファーラル公は感心したように声を上げた。そこには息子であるシャルに対する誇らしさのようなものも感じられた。


「このちょうど上、屋上が一番大砲が多い。だからそこに近づけないようにするんだ」

「そんなことができるのか?」

「うん。なので、さっきギルがやったみたいにしてきてもらえますか。こっちは三人で何とかしておきます」

「承知しました。お任せください」

 女兵士はそういうと今来た道を引き返していった。


「その爆弾はどこで……?」

 リックは女兵士の影を不安げに眺めながら尋ねた。


「敵が持ってた毒からだけど、それは後で話すよ」

「ああ……、そうだな」

 シャルはギルの元まで行き、リックもその後ろからゆっくりと付いて行った。


「待たせたねギル。行くぞ」

 シャルはギルの肩を軽く叩き、剣を抜いた。


「さっきみたいなお仲間作戦じゃないんだな」

「ああ、一気に攻める」

「オーケー、分かりやすくていい」

 ギルも剣を抜き、不敵な笑みを浮かべた。


「リックも大丈夫かい?」

「あ、ああ。もちろん」

 リックは兜を深くかぶり直し、剣を抜いた。


「よく気を付けるんだシャルル。それに君たちも」

 ファーラル公は強張った顔でシャルを見つめ、強く握りしめた剣がカタカタと地面を打っている。


「わかってる。大丈夫さ」

 シャルは大きく一呼吸をした後、リックとギルの顔を交互に見て、うなずいた。


「よし。行くぞ」

 ギルとリックもうなずき返し、真っ先にギルが突入していった。その後をシャル、リックと続く。


「なんだお前ら!」

 穴のすぐ手前でふらふらと歩いていた敵兵が振り返って怒鳴った。その瞬間、天井からパンッという破裂音が響いた。あの球を投げ込むことに成功したらしい。


「敵だよ。お前ら悪魔どものな!」

 ギルは即座に剣を振るうと、敵兵が剣を抜く前に切り伏せ、さらに穴の向こう側にまで蹴り飛ばした。


 弓を持っていた兵士はすぐに一歩退いてギルに狙いをつける。


 矢が放たれ、ギルの頭目掛けて一直線に飛んでいく。


 ギルは倒れ込むように地面に伏せた。


 矢はギルの背後の壁に当たり、乾いた音を立てながら黒い染みを作る。


 シャルはそのギルを飛び越えて、敵兵の一人に斬りかかり、リックはもう一人を襲った。


 シャルの剣は敵兵の腕に触れたが、すぐに下がられ、かすり傷をつけただけだった。その兵士もすぐに剣を抜いて、打ち合いとなる。


 しかしすぐにシャルが押され、勢いよく弾き返された。


 強い。いいや、僕が弱いのか。力じゃとても敵わない。


 シャルは態勢を崩し、なんとかギリギリで剣を受け止めた。しかし次の瞬間、剣はシャルの手から離れ、叩き落されてしまった。


 敵兵はその機を逃すことなく、剣の柄を両手で絞るように強く握りしめる。


 まずい。このままじゃ斬られる。


 剣が鼻先に迫り、全身から汗がブワッと噴き出す。


「しゃがめ‼ シャル」

 ギルが背後から怒鳴った。


 そのギルの声にシャルは自分でも不思議なくらい素早く動けた。シャルはしゃがみ、敵兵の剣がシャルの兜に当たって弾かれた。


 シャルは地面に強く叩きつけられて呻く。頭には甲高い金属音が響き、兜を抑えてもがく。


 ギルはそのシャルを勢いよく飛び越え、今度は逆に態勢が崩れた敵兵に渾身の一撃を叩き込んだ。剣は見事に敵の首元を斬りつけ、兵士はシャルの目の前に崩れるように倒れた。


 シャルはその敵兵の虚ろな目と視線が合い、全身に鳥肌が立った。


 シャルは頭部の痛みを堪えながらも、すぐに上体を起こした。すぐ隣では未だ、リックが敵兵と戦っていて、若干押され気味だった。


 そして、リックは腹を蹴られて壁に追い詰められ、敵兵の剣を辛うじて止めて押し合いになった。敵兵の剣がじわじわとリックの目に迫っている。


 ギルは息を切らしながらもすぐに駆け寄り、敵兵の脇腹に飛び蹴りを入れた。


 敵は大きくよろめき、リックは僅かな間だけ難しい顔をして目を閉じた。しかし、すぐに剣を握り直すと、左下から右上へ剣を振り上げた。敵兵の首から血が盛大に噴き出し、壁を真っ赤に染め上げた。


「おまえ……!」

 敵兵は最後の力を振り絞ってリックを憎悪の目で睨みつけ、胸ぐらをつかんだ。それでも、すぐに敵兵は顔から地面に落ちて、動かなくなった。最後まで抵抗を見せた腕は、リックの足元に転がり、まるでリックを奈落に引きずり降ろそうとしているかのようだった。


 リックも大きな双肩を激しく上下させ、青白い顔でその男の腕を見つめていた。

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