10
「うん。倒したよ。そっちはどうだい? 切り取れたかい?」
「ああ。ばっちしさ。それに、向こう側にも同じのがあるんじゃないかと思って行ったら案の定同じのがあった。だから二つに増えた。ほらな」
ユーグは溌溂と言い、穴の下にやってきたミラの、両手の上に載っている黒い球を指さした。
シャルは心の中で感謝をしつつ、手近にあった縄梯子を下ろした。
ユーグはミラから球を一つ受け取り、縄梯子を登ってきた。
「ほら、これ一つ目だ。気をつけろよ、ギル。少しぐらいなら突いても割れないけどな」
「なんで俺だけなんだよ」
ギルは不満そうに球を受け取り、ユーグは鼻を鳴らして、もう一つの球を受け取りに降りた。
シャルはベンチに置いてあった瓶を手に取ると蓋を開けた。中にはヌラヌラと光を反射する黒い液体が入っていて、ギルが受け取った球の液体とよく似ていた。ただし、球のものとは違って、ガスを噴き出してはいなかった。
「これが毒か?」
ギルが横から覗き込みながら言った。
「そうみたいだね。そしたら、乗り気はしないけど、仕方ない」
シャルはそう言うと、敵兵の持っていた矢を拾い、矢尻をその液体に浸けた。十秒ほど浸して引き上げると、矢尻は真っ黒に染まった。
シャルは最大限に気をつけながら、敵兵の死体に次々と突き刺していった。黒い液体が死体の皮膚に触れると、すぐさま小さな膨らみをつくり、どんどんとさらなる黒い液体を作り始めた。
ちょうど全部の死体に矢を刺したとき、ユーグがもう一つの球を持って登ってきた。
「ほらよ、これ」
ユーグはシャルに渡そうとしたが、横から女兵士が手を出して受け取った。
「それで、俺はここでこの哀れな兵士たちを移動させて、ここに誰も入れないようにしておけばいいんだよな」
「そう。あとできるだけ毒の量も増やしておいてくれ。量が増えればそれだけ早く膨らむみたいだから。それと、上げ蓋を閉じるのを忘れないでくれ」
「ああ、分かってる。それじゃあ後で、向こうで会おう」
ユーグはシャルに拳を出し、シャルも拳を当てて返した。
「うっかり毒に触るなよ」
ギルがユーグの肩を叩きながら言った。
「触るかよ。お前こそ余計なことして破裂させるなよ」
「お前よりうまく扱って見せるさ」
ユーグは鼻を鳴らし、早く行けよと三人を促した。
しかし、シャルはそうだと言って、部屋にあった麻袋を二つ引っ張り出すと、それに矢を何度も突き刺して穴を開け始めた。そして二人に球を入れるようにと言って渡した。麻袋は一般的なものよりもやや柔らかくケバケバもしていなかった。
「こんなんに入れて破裂しないのか?」
ギルはそう言いながらも、指示に従った。
「この袋はこういう危険物を入れとく袋なんだ。中は摩擦が少ない素材でできているから、へたに手で持っているよりも安全だよ。それにその球をそのまま持ち歩いてるのはかなり怪しいからね」
シャルは話しながら、二人が慎重に球を入れる様子を見守った。その最中、何度かギルにはひやりとさせられたが、球はしっかりと袋の中に納まった。
「よし、準備完了だ。それじゃあ行こうか」
シャルたち三人はさっそく死体を動かしているギルを置いて、廊下を戻り、三階へと登る。
三階の部屋には兵士が十人いて、大砲から下に向けて弾を発射していた。また、川と平行に伸びている回廊の屋上に通ずる扉があり、そこでもたくさんの兵士が動き回っていた。
「ギル。これを向こうに勢いよく投げてくれ」
シャルはギルに耳打ちしながら、外を指さした。
そして次に、登ってきた階段の左側にある、橋の真上に伸びている回廊を指さした。
「投げたら、すぐに対岸へ向かう」
ギルは静かにうなずき、屋上へ通ずる扉の方へ移動した。
その部屋にいた兵士たちは窓の外に夢中で気づいていない。シャルは緊張で手を震わせながらも、「いける」と心の中でつぶやいた。
ギルは扉の前までくると、手にしていた麻袋を勢いよく投げ上げた。そしてすぐにシャルたちの元に戻ってくると、三人は廊下を突き進んだ。
数秒後、背後で風船が割れたような破裂音と叫び声が響き渡った。
「成功したみたいだな」
ギルはにやりとして、シャルに言った。
「うん。だけどまだ油断はできないよ。気を引き締めて──」
その言葉を反映するように、突然右側にあった部屋の扉が開き、三人の目の前に二人の人物が現れた。
一人は足を怪我しているらしく、もう一人に支えられている。怪我をしている男は頭から血を流し、白っぽいブロンドの髪が赤く染まり、支えている男は背が高く、膝と腰をかがめていた。
シャルたちは咄嗟に身構え、ギルは剣を抜いた。それは二人の男たちも同様だった。しかし、シャルは驚きのあまり、剣を落としてしまった。
なぜなら、その二人の男たちはシャルたちの目的そのものだったからだ。
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