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「先刻、オズノルド共和国軍がエトリーンの丘を越えてフレインズ橋に迫っているとの一報があった」
大勢の兵士たちの銀白色の兜が陰鬱そうに並ぶ中、一人の男が兵士たちよりも数段高い台の上で語りかけるように檄を飛ばし始めた。
男は細やかな装飾のなされた、鏡面のように輝く鎧を身に着け、兜の頭頂部からは真っ赤な繊維の束が燃え盛る火炎のように飛び出していた。平時は温和であることを思わせる顔には、瞳孔の開いた薄緑の瞳があった。
男の名はフェルディナント・フーラス・フォン・フィグマータ。この城、ファーラル城の主にして、ジュードヴェル王国中央部フレインズを治める公爵である。
「皆も鮮明に覚えていよう、熱波に伴って数年前から始まったあのことを。昨年には大氾濫が起こり、とうとう人の住めぬ地となった。諸君らの中にも消し去ることのできぬ傷を負った者もいるだろう。
もう二度と故郷に帰れないのではないか。あの景色を望むことはもう叶わないのではないか。民も兵も貴族でさえもそう思い始めている。そんな中、我らはあの橋だけは守り抜いてきた。南部に通ずる三つあった橋の内、一つは崩落し、もう一つはやつらによって占拠されている。何度襲撃に遭おうが追い返し、この橋だけは死守してきた。
それはなぜか?」
ファーラル公は拳を握りしめ、数百といる兵士一人ひとりの目の前で問いかけているように見回した後、ようやく口を開いた。
「希望だ」
ファーラル公はさらに兵士たちにその言葉が馴染むのを待つと、一段と明朗な声で語りかける。
「南部を奪われ、無理だと言葉にしながらも、郷里に置いてきた景色と人々を思い返している。そしていつの日か、と密かに願っている。それができるのは、あの橋が今もあそこに架かっているからだ。あの橋がある限り、我らは希望を見出すことができる。そこにある可能性の道が、諦めない力を、戦う力を、生きる力を与えてくれる。
そうやって守り抜いてきたこの国の希望を、あろうことかオズノルドは奪おうとしている。
我らの光を奪い去ろうとしているのだ‼ 兵たちよ‼ この行いを許していいものか⁉」
兵士たちは口々に否定の言葉を叫ぶ。
「そうとも! 許してはならない。奪わせてはならないのだ‼」
兵士たちは次々に賛同の声を上げる。
「ファーラルの兵たちよ、声を上げろ‼」
一段と大きな雄叫びが起こる。
「怒りの声を‼」
辺りは熱気と割れんばかりの咆哮に包まれる。どの兵士も拳を空高くつき上げ、あらん限りの怒りをぶつけている。そこにはもう恐れなどなかった。
「私からも一言いいかな」
一人の男が手を上げながら登壇してきた。
公爵よりもさらに派手な鎧には金の細工が施されている。透き通るようなブロンドの髪とエメラルドの瞳の持ち主とは思えぬほど、その顔と体には無数の傷を有し、鍛え抜かれた筋肉が隆起している。まさに戦そのものを体現したような男だった。その男の登場に兵士たちは一斉に叫ぶことをやめた。そして熱い視線だけを一心に投げかける。
その男は、ジョルジュ・リューラス・ディ・パルテナン、大公であった。現国王レイモン・ソレイラスの弟で、かつては最南の地であるプルザードを統治していた。現在はこのファーラル城に留まり、自ら兵の陣頭指揮をとっている。
ファーラル公は男に恭しく会釈をして、一歩下がった。
「ファーラル公の言った通りだ。フレインズ橋はまさに我が国の希望の象徴。だがしかし、今日の戦でそれも変わる。かの橋は証となるのだ。我が国が悪魔どもに対し、反撃の一歩を踏み出した証とな」
大公の武人らしく荒々しい言葉によって兵士たちの士気は最高潮に達する。
「ここは火の神が降りたる伝説の地、火炎城ファーラル。その城の兵である諸君にも当然その加護が宿っている。燃え盛る我らが手で、憎き悪魔どもを骨の髄まで燃やし尽くそうぞ‼」
兵士たちの怒声は大地を震わし、一瞬にして空気を燃え上がらせた。それはさながら本物の火の神が天から舞い降りたかのようだった。
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