第8話 遺伝子の箱舟、そして……
ズボンを履く最大のデメリットはイジメであった。そう、子供の頃はイジメに遭っていた。
それからだ、他者に対する不信感が生まれたのは。孤独な日々は私を変えた。行き着いた先は地獄であった。
明日になったらこの地獄から抜け出せる。明日になったら……。
そんな思いで生きていた。
高校に進学すると、運命の歯車は回りだした。それは生活が一変したのだ。男子の制服を着ても怒られなくなったのだ。
でも、私は女性だ。その合間でかっとうが生まれた。私は校内の木下のベンチに座り生きる意味を探していた。
「麗葉、こんな所で何しているの?」
かすみがフレンドリーに近づいてくる。
「自分探し」
「お、哲学か」
「ま、そんなところ」
かすみは簡単な会話の合間にクルリと舞う。何時も以上に可憐で儚く思えた。
「でも、私達、生物は遺伝子を後世に運ぶ箱舟の様な気がするの」
「かすみは難しいことを言うのね」
「えへへへへ、私って女子しか愛せないじゃない、それで色々考えるの、この私の遺伝子は残せないなら、箱舟転覆ってね」
百合が箱舟の転覆と言うかすみの言葉に深く考えさせられる。
「私はスカートが苦手なだけで、いたってノーマルよ」
「嘘つき、私のことが好きでしょ」
……。
黙り込む私にかすみは実に余裕の表情だ。完全に私の心を読み切っている。
すると、かすみは誰にも分からないように私にキスをしてくる。
甘い、二度目のキスだ。
私は幸福感から目がトロンとする。
「やっぱり、大好きだ」
「試したの?」
「言ったでしょ、転覆した箱舟に怖いモノなどないってね」
その後はかすみが隣に座り肩を寄せてくる。
遺伝子の箱舟か……私はまだ戻れる。そんな事を思いながら隣にはかすみが居た。
その後、私はかすみを避けていた。書道部の部活の時も甘えてくるかすみを避けていた。遺伝子の箱舟の話を聞いた後は言い知れない気持ちになったからだ。確かに私は男装しているが。この複雑な気持ちを整理できないでいた。
「むー麗葉、私のこと避けている」
「ゴメン、私、まだ、整理がつかない」
そう言うと部室を出る。かすみは追って来なかった。ホント、分け分からないよ。
こんなにもかすみを求めているのに逃げ出した。
私は卑怯だ。下を向き駐輪場にトボトボと歩いて行く。
自転車に乗ると涙が出ていた。都合良く雨が降り出した。これで心がずぶ濡れでもバレない。
雨具はあったが取り出すことなく一時間の自転車での帰宅となった。
自宅に着くとシャワーを浴びてジャージに着替える。
くしゅん、くしゅん、風邪引いたかな?
案の定、翌朝は高熱が出た。
「あー風邪ひいた」
「仕方ないわね、自室で寝ていなさい」
母親の言葉に素直に寝る事にした。眺める天井は毎日見ているはずなのに、こんなにも寂しい。
私は高熱の苦しみの中でかすみの事を想っていた。
これは二、三日登校できないな。しかし、今の時代スマホがある。しおりからのメッセージが怖くて電源を切る。
これでいい……。
三日後、私は朝の支度をしていた。空には青空が広がっていた。風邪も収まり気分は良かった。
訂正、かすみを放置した事を後悔していた。
とにかく、スマホだ。勇気を出して電源を入れる。何件かメッセージが入っていた。
やはり、距離を置くのが突然過ぎた、また、風邪と重なったのも私とかすみを苦しめたらしい。
これはダメかもしれない。
スマホの電源を切っていたので完全に逃げる形になった。私は重い足で登校する。
一時間の通学路がキツク感じる。完全に鈍ってしまった。正確にはかすみと会おうのが怖いのもある。
高校に着くと私は駐輪場から校舎に向かう。待っていたのは、佐藤、鈴木、田中の三人組であった。
「部長は何しているのですか?」
「かすみさんが可愛そうです」
「部長、目が死んでいます」
だから、一度に言うな。で、要約すると。この佐藤、鈴木、田中の三人はかすみの味方らしい。
「解決するから。ここを通してくれ」
私は強引に三人の壁の隙間から教室に向かう。
佐藤、鈴木、田中の三人から離れると昇降口にたどり着く。
うん?
靴入れに手紙が入っている。かすみからだ。それはシンプルな便せんに綺麗な字で書かれていた。
早速、読んでみると。
『私を愛しているなら放課後屋上に来て』
はーぁ……。
大きなため息が出る。手紙か重いな。スマホの電源を切っていたからな。手紙を使ったのであろう。
『愛しているなら』か……あの甘いキスを思い出すと心が満たされる。
きっとこれが恋と言うモノだろう。
い、行くか。私は覚悟を決めた。
しかし、本当に行っていいのであろか?
女子同士の恋愛は遺伝子の箱舟が転覆している。でも、この世界にはガールズラブなど確実にある事柄である。
私は一限の授業をふけて木の下のベンチに座り木漏れ日の光を浴びて考え込む。
あああああ、かすみに会いたい。考えれば考えるほど、かすみを求めていた。
そして時間はあっというまに過ぎて放課後になる。私は屋上にいた。しかし、誰もいない……。
うん?屋上の端にスマホが落ちている。
!!!!!!!!!!!!!
まさか、フェンスを乗り越えて自殺したのか?私は急いでスマホの側に近づく。
『ピピピピ』
その落ちているスマホに着信がある。これは電話にでろとのことか?
私はスマホに手に取り確認すると、このスマホに掛けた先は公衆電話であった。
少し怖いが電話にでる。
『ハロー、かすみちゃんだよ』
良かった、生きていたのか。話によると、かすみも私が来るか怖かった為にこの様な形になったとか。確かに屋上から学校の公衆電話が見える。
その後、避けていたのが嘘の様に話が弾む。
『ねえ、公衆電話まで来て……』
私はスマホで話ながら公衆電話に向かう。公衆電話の近くまでたどり着くと電話が切れてかすみが現れる。
「麗葉、愛しているわ」
「私も……」
これが最後の恋であるかの如く、甘いキスをするのであった。
百合の花よりも可憐な日々ありて 霜花 桔梗 @myosotis2
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