第27話

 千崎はじっくり歩いて、時間をかけて、目的地まで歩く。着いたのは喫茶店。

 扉に触れかけて、手を離して。意を決して扉開けた。


「こんにちは」


 先に来ていた奈緒は本を開き、優雅にお茶を楽しんでいた。


「おまたせ奈緒さん」

「三十分の遅刻ですよ」

「ごめん。未だに決心がついてないのかな。時間かかっちゃった」

「私は心が広いですからね。許してあげましょう」


 千崎は奈緒の向かいに座る。


「それで。どうです? エリスが来たんでしょう?」

「知ってたのか。なんだか励まされちゃった」

「彼女はそんなつもりないでしょうけどね」

「そうかな。あの子、案外優しいじゃん」


 その発言に奈緒は眉根を寄せる。


「……千崎さん。やっぱりあなたは」

「わかってないって? いいんだよ。いいんだ。決めたから。私は人間で、南は人間らしく振る舞って。だから南の望むままに。私は私でいいんだ」


 そういう覚悟。

 奈緒の薄っすらと開いた瞼の奥はいまいち覗けそうになかった。


「そうですか。……千崎さん、これを」


 奈緒は一枚の封筒をテーブルの上に出す。


「これは?」

「住所と写真です」

「……南の?」

「はい。ですが」


 千崎がそれを受け取ろうとすると、奈緒は手を止める。


「やはり聞いておきましょう。……いいですか? 私たちに関わるということはそれだけ危険も孕みます。それに、南さんはあなたの前から姿を消し、戻ってこない。南さんは。もう、恐らく。…………それでも、行きますか?」

「行くよ」


 千崎は即答した。


「信じるよ。南を」


 言うべきことはそれだけだ。


「わかりました。では、南さんによろしくお伝えください」


 奈緒は封筒を渡してくれた。


「ありがとね、奈緒さん」

「どういたしまして」

「私一つ気になってたんだけどさ、奈緒さん、どうして私の家に来たの?」

「それは、南さんと一緒に行ったときのことですか?」

「そう。あの日の前に、私奈緒さんに襲われかけて、南に助けてもらって。そのときは南と険悪そうだったからさ。なんでそれが仲良く家に来たのかなって」

「そうですね。まあ、言ってしまいましょうか」


 「いなくなるほうがわるいですし」と。奈緒は付け加える。


「あのですね。実はあの夜、南さん私のところに来たんですよ。それで言ったんです。『お願いがある』って。初めての事でした。南さんからのお願いことなんて。あのときはデレ気到来かと思いましたね」


 奈緒は軽く微笑む。紅茶に落とされる眼差しはとても柔らかかった。


「南さんのお願いは二つ。千崎さんを襲わないことと、千崎さんの安全の確保。実は最近の私、千崎さんのストーカーだったんですよ?」


 とんでもない事実をさらっと言ってしまう。千崎は顔が引き攣っていた。


「あの南さんが私にそんなお願い事をするだなんて。感動ものでした」

「私はちょっと引いてるよ。常識どこ行った?」

「私たちに求めるのがお門違いというものです」


 おっしゃる通りです……。


「私は彼女にどんな心境の変化があったのか気になって。根掘り葉掘り聞きました。あのときの南さんったらもう」


 奈緒は思い出して笑っている。ちょっと千崎も気になっていた。


「どんなだったの」

「それは内緒です。内緒ですけど。……千崎さん。南さんは、女の子なんです。吸血鬼と人間の違いを指摘した私が言うのもあれですが、とても女の子なんです。女の子になった、のほうが正しいでしょうかね」

「なった……?」

「南さんは、もう悟っていたのでしょう。自分の運命を。だから、最後だから、あなたに近づいたのでしょうね」

「最後だから、か」


 改めて、重いな……。一体何年分の歴史が幕を閉じようとしているのだろうか。

 ただ、それでも。


「私は南に出会えてよかったよ」

「はい。私も、千崎さんでよかったんだと思います」


 吸血鬼にそう言ってもらえたら。なによりだ。


「それとさ、奈緒さん。私からも一個お願いしていい?」

「はい、咲宮さんのことですね」

「なぜわかる」

「わかりますよ。私は千崎さんのストーカーですから」


 そうだった。怖いなあ、吸血鬼。


「大丈夫ですよ。千崎さんがいない間は、私が咲宮さんといちゃいちゃしてますから」

「いちゃいちゃって。別に普通に仲良くしてくれればそれでいいよ」

「はい、お任せください」


 奈緒は自信満々で。若干不安に駆られた。



          *



「お待たせー、待った?」


 もう日が暮れた頃、駅前で千崎は咲宮と合流していた。咲宮は呼んだらすぐ来てくれるのだ。


「ううん。先宮、これ。先に渡しとく」


 千崎は紙袋を咲宮に渡す。

 中身はチョコだ。ふらっと立ち寄ったショッピングモール内は既にバレンタイン一色だったから。


「もうこんな時期だったなんて」

「千崎、最近引き籠ってたもんね。私からの連絡も無視して」

「……ごめんなさい」

「いいよ。どうせ南さんとなんかあったんでしょ」


 流石は咲宮だ。話が早い。


「うん。あのさ咲宮、私しばらくいなくなるから」

「ふーん。……は⁉」


 いなくなる発言には流石の咲宮さんも動揺したらしい。


「いなくなるってどのくらい⁉」

「私にもわかんない。だから今日は別れの挨拶をしにきた」

「ちょっともうー……。そういうのもっと早く言ってよね……」


 咲宮はその場にしゃがみ込む。突然のことで無理もないか。罪悪感もなくはなかった。


「引き留めても私は行くからね」

「引き留めないし。でももっと申し訳なさそうな顔して」


 咲宮は立ち上がると千崎の手を取る。


「絶対ちゃんと帰ってきてよ」

「勿論。お土産期待してて」

「土産話に期待してる」


 咲宮はにかっと笑うと千崎の肩に腕を回す。千崎も背中を擦った。


「あーあ。寂しくなっちゃうのか」

「大丈夫。奈緒さんがいるよ」

「奈緒さんかー。あの人よくかんないからなー」

「いい人だとは思うけど」

「まあそうだね。悪い人ではない」


 咲宮は顔を離して千崎と向き合うと真摯な目で激励をくれる。


「行ってこい」

「うん。行ってきます」


 それだけ言って、千崎は咲宮と別れた。

 ほんと、いい友達も持ったな。

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彩を君に 小麦ちゅるちゅる @hamhampasta

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