マンガを読みに来るギャルにラノベ布教したら『オタクに優しいギャル』になった黒髪ロングの七海さん。

小鳥遊なごむ

男女に友情はやっぱ存在しないと思う。

『オタクに優しいギャル』なんてのは僕のような弱者男性が生み出してしまった幻想であり、なんなら女神様とか初恋の美少女が処女とかお兄ちゃん大好きブラコン妹とか土下座したら「仕方ないなぁ……」って言ってヤらせてくれる美人な実姉くらい存在しない。姉はいるけども。


『オタクに優しいギャル』が存在するよりも宇宙人とか幽霊とか妖怪とか神様はいると言われた方がまだ信憑性しんぴょうせいがある。


 現に今僕の部屋のベッドで勝手にくつろぎながらマンガを読んでいるクラスメイトの黒髪ロングギャルの七海愛ななみ あいは決して『オタクに優しいギャル』ではない。


「オタクん、次の巻持ってきて〜」


 七海さんは表情豊かに笑ったり「え、マジで?!」と忙しそうに表情筋を動かしている。

 要は完全に舐められているわけである。

 全く男として情けない。まあしょうがない。


「次の巻はまだ買ってないんですよね。明日買いに行く予定なので諦めて下さい」

「い〜や〜だ〜。今読みたいの!! わかる?! 今ちょーいいとこなの!」

「マンガはそんなものです。いいとこで終わって次がまた読みたくなる構成なんですよ。マンガ家と編集者の手にまんまとハマってますね」

「うるさい〜面白いからズルいんだし」


 七海愛は僕の事を男としてなんて見ていない。

 襲われるとか、そんな事を考えもしない。

 無論そんな事はできないし、たぶん僕が無理やり押し倒そうとしても力で押し負けるだろう。


 七海さんは足元にいる蟻んこなんて警戒なんてしないし、人間だって視界にすら入らないような存在の生き物なんて大抵の人は認識すらしない。

 これはある種のこの世の摂理とも言えるだろう。


「オタクんは何読んでんの?」

「『お隣の天使様が方言でぼそっと可愛くからかってくるのは間違っている。』ですね」

「うわ〜なんかちょーオタクって感じ」

「失礼ですね。ヒロインめっちゃくちゃ可愛いんですよ」

「てか小説じゃん。眠くなりそう」


 七海さんは文字列を見た瞬間に舌を出して「うえぇぇ〜」とうんざりしていた。

 そんな七海さんを見て僕は悲しみに暮れた。

 ラノベの良さを理解できない可哀想な人である。


「ちょと、なに? バカにしてんの?」

「いえ、べつに」

「その顔は絶対バカにしてるよね? わたしだって小説も読めるし?!」

「3秒で寝る、に100ペリカ」

「なに? ペリカって?」

「気にしないで下さい。小説とかマンガとかにも色々ありますから」

「なんか腹立つぅぅ」


 僕だって最初は七海さんにビビっていたりもした。

 なんたってクラスにおいてトップカーストである。

 いや、クラスどころか学年の中でもトップカーストである。


 先輩から告白されたとか、大学生の彼氏がいるとか色々噂されているくらいには色恋沙汰に尽きない。


 まあでもこうして僕の部屋に入り浸っているので現在は彼氏とかはいないのだろう。

 暇じゃなければあれだけモテる七海さんが僕の部屋でマンガを読んで笑っていたりはしないだろう。


「あ〜『バンババン』の最新刊が読みたい〜読みた過ぎで死ねる〜」

「面白いですよね」

「じゃあなんでソッコー最新刊買わないわけ?! 頭おかしいんじゃないの?!」

「お金が無いんですよね〜」

「……じゃあ、仕方ないか」

「なのであるもので我慢して下さい」


 お金に関してはわりと聞き分けがいい七海さん。

 そこは助かっている。

 七海さん的にもマンガを読ませてもらっている、という感覚ではあるのだろう。


 七海さんにとってはマンガ>僕というような存在価値の認識なので、マンガを投げ捨てたりはしないしページを開いて置きっぱなしとかはしない。

 なお僕はぞんざいに扱われる模様。悲しいなぁ。


「オタクんのそれは何がどう面白いの?」

「ヒロインが可愛い。それに尽きますね」

「……確かにこの子、結構可愛い。てか服装とかわたしのめっちゃ好み。友だちになれそう」

「僕が読んでいるのはライトノベルという若者向けの小説ですが、キャラクター小説とも言われているくらいにはキャラクターが魅力的だったりします」


 もちろんそれだけではないし、小説やマンガ、アニメに映画においてジャンルというワードで括るにはあまりにも窮屈だと感じてしまうほどに自由だ。


 七海さんがさっきまで読んでいた「バンババン」なんてオカルトSFラブコメバトルマンガである。なんならパロネタもあるし色んなところへの配慮や敬意を感じる。


「このキャラクターが好きだと思えたなら、七海さんも楽しめると思いますよ」

「ふ〜ん。じゃあちょっと読んでみようかな」

「最新刊10巻まで揃ってますのてどうぞご自由に」

「うい〜」


 そうして七海さんは再び僕のベッドに寝転がって僕が勧めたラノベを読み始めた。

 僕は僕で椅子に座って最新刊を読み進める。


 部屋にはページをめくる音だけが静かに聞こえる。

 お互い一定に捲っていくリズムは心地よいと感じる。


 七海さんも思っていたより全然普通に読んでいるのに少し驚きつつも嬉しいと感じた。


「ヤバい。可愛い」


 よし、堕ちたな。

 ヒロインの可愛さに。

 そのまま尊死してしまえふははっ。


 そうして静かに時間は経っていき、日が暮れた頃に七海さんは1巻を読み終えた。

 まさかほんとに1巻を勧めたその日に読むとは思っていなかった。


「ヤバいめっちゃ可愛いじゃんマジ天使!」

「でしょ? 可愛いんですよねぇ」

「なんでオタクんがドヤ顔するし?!」


 それは仕方がないだろう。

 僕はラノベの中でもラブコメがそもそも好きなのだ。

 勧めたラノベのヒロインを好きになってもらえて嬉しくないわけがない。


「でもなんかアレだね。少女マンガとはまた違うね。これはこれで全然面白いけど」

「少女マンガは「君の届け」とか「夏目隣人帳」くらいしか見たことはないですけど、そもそも読者層が違うのでそりゃそうでしょうね。ラブコメは主に男性読者メインですから」

「でもわたしは普通に面白いって思ったけど?」


 七海さんはラノベを抱えながら頭を傾げていた。

 その仕草に一瞬心を奪われかけたのは言わないでおこう。

 普段はわりとイカついというか、いかにも「ギャル」って感じの七海さんだが、時折見せる純粋な女の子らしさのギャップは僕の脳を揺らすには充分過ぎる。


「ラブコメは女性でもわりと楽しめる人はいますよ。女性の方が感受性が高いので男性読者層メインの作品でも共感してくれる事があるみたいですし」

「じゃあ、わたしはもっと色んな物語を楽しめるという事か。ちょーお得じゃん」

「そうですね」


 七海さんはほんとに表情が豊かだ。

 こういう生き方が「人間らしい」のだろうなと不意に思う事はある。

 べつに悲観した物の見方をしたいわけじゃないけど、七海さんみたいな人を見ていると自分を否定されているような気分になる。

 要するに僕は劣等感を感じているのだろう。


「あ〜もうこんな時間かぁ。そろそろ帰らないとだなぁ」

「明日も学校ですからね」

「ねぇオタクん、この小説の2巻借りてっていい?」

「駄目です」

「お願いっ! 明日また来た時に返すから!!」


 僕が勧めたラブコメ小説を脇に挟んで両手を合わせて頼んでくる七海さん。

 いつもはこんな事はなかった。

 なんなら気に入ったマンガでも借りていく事なんてなかった。

 珍しいなと思いつつも、借りパクされる可能性を考えると貸したくはない。


「……お願いっ!!」

「…………ちゃんと返して下さいよ。じゃないともう部屋には入れませんし何も読ませません」

「うんっ! 約束ね!!」


 そう言って嬉しそうに小指を出てきた七海さん。

 小さくて細い女の子の小指。


 考えてみれば、七海さんに触れた事なんてないし、そんな気も起こさないように接してきた。

 間違ってもそんな気を起こしてはいけないとか色々考えたりもした。


 だけどべつに指切りげんまんくらいなら問題はないはずだ。健全も健全。


「約束破ったら許しませんからね」

「そこはだいじょぶ。わたし、嘘は付かないから」


 そう言って微笑む七海さんの小指に僕はきごちなく小指を絡ませた。

 小指ですらわかる女の子のやわらかさだった。


 そうして七海さんは帰っていった。

 僕の本棚の空いたスペースには誰かとの共有によって少しだけ寄り添うように傾いた。




「オタクん! 2巻もめっちゃおもろかった!」

「それは良かったです」


 学校に登校したら七海さんが話しかけてきた。

 すっごいウキウキしてて、その陽気さに気圧けおされた。

 近いし可愛いしなんか女の子のいい匂いとかして困る。


「2巻はちょいちょいヒロインの過去話とか匂わせしててめっちゃ気になるとこで終わって余計に困った」

「……まあ、そうですね。原作者も2巻が出版できると思ってなかったらしくてどうするか迷ってたらしいですけども」

「そうなの?! なんかすっごい先まで考えてます感あったのに?!」

「それも創作なんだと思いますよ、たぶん」


 七海さんが楽しそうに作品の感想を話すのは見ていてこちらも嬉しい気持ちはあるのだが、クラスの人たちがチラチラこちらを見てくるのが困った。

 そもそもカーストが違うのだ。


 あの七海愛とオタクの僕が話しているという事がそもそも周りの人たちからしたら異様であるし気に入らないと思う人もいるだろう。


 人は同じ格の人とつるむ。

 だからこそカーストのようなものは勝手に出来上がっていく。

 今まではただ放課後に七海さんが僕の家に来るだけであったが、教室で話しかけられるというのはあまりなかった。


 七海さんだってマンガ喫茶の代わりにタダで読めるマンガ部屋みたいなもので、僕はその管理者でしかなかった。

 客と定員のような割り切った関係であり、なんならお互いに名前を知らなくても成立してしまうようなものだった。


 だからこそ僕も仕方なく受け入れていたが、このままではいじめの対象になったりもする可用性がある。

 それは非常に困る。


「一緒に帰ってるシーンとかさ」

「七海さん、そろそろ担任来ますよ」

「ええ〜もう来んの? マジじゃん……」


 いそいそと自分の席に戻っていく七海さんの背中を見て安心したが、状況は依然として悪い事には変わりない。

 この先が思いやられる。


 ゾウが足元の蟻を踏み潰しても何も感じないように、きっと七海さんは七海さんが僕に話し掛ける事で窮地に追いやられるということを認識していないのだろう。

 それだけ僕の世界は息苦しく肩身が狭い。


 だからこそ七海さんがマンガを読みに来る事すら最初は拒むことができなかったのだから。

 下手に「こいつ生意気」だとか思われてしまって肩身が狭いどころか自分の席という居場所すらなくなる。


 妥協しながら生きていく事を強要される中で、それでも趣味に生きようとする僕にとっては会話ひとつで容易に大問題へ発展する。


「本能寺の変は〜」


 僕と七海さんでは住む世界が違う。

 だからこそ僕は七海さんを好きになったりはしない。

 なってはいけない。


 そうする事で己の人権をかろうじて確保する事ができる。

 そうしなければ、学校という監獄では生きていけないことを知っている。


 わきまえた生き方。

 妥当な生き方。


 強者と弱者。

 人間という生物は知性と理性を獲得しても所詮は動物であり、結局は弱肉強食であることにはかわりない。

 そしてそれは歴史が証明している。


 歴史を学ぶということは己の生き方を学ぶ事に等しい。

 要するに「身の振り方を弁えろ」という話だ。


 どうあっても、窓際の後ろの席に座る七海さんと話をしていい人間ではない。


 僕は主人公ではない。



 ☆☆☆



「やっと学校終わったぜぃ。んじゃ3巻を〜」

「あの、七海さん。ちょっといいですか?」

「ん〜? なーにー?」


 今日も今日とて放課後に僕の部屋のベッドに寝そべりラブコメを読み始めた七海さん。


 七海さんは何も気にしていない。

 だからこそ言わなければならない。


「七海さん、その……教室で話し掛けるのはやめてほしいと言いますか……」

「ん? なんで?」

「僕が七海さんと話しているのをよく思わない人がいるかもですし」

「……ん? なんで? いじめられてたりすんの?」


 七海さんは読む手を止めてベッドの上で胡座をかいた。

 そうして僕の目を真っ直ぐに見つめてきた。

 そんな七海さんの目を見れなくて僕は目を逸らした。

 僕は七海さんみたいに真っ直ぐに人を見れない。


「いえ、そんな事はないです。……まだ」

「そっか」


 今はまだなにもない。

 だが既に目は付けられている可能性もあるだろう。


 だけど、今まで羽虫程度の認識だった奴がクラスの美少女ギャルと仲良くしているとなると話はどうしたって変わってくる。


 そうやって潰された人を見てきた。

 出る杭は打たれるのはいつの世も真理である。


「オタクん」

「っ?!」


 七海さんは僕の手を握ってきた。

 やわらかくて小さな優しい手。


「もしオタクんがいじめられてたりしたら、わたしに言って。わたしが守ってあげる。友だちだから」


 真っ直ぐに微笑む七海さん。

 七海さんが僕の事を友だちだと認識している事に内心驚いたが、それを素直に享受できるわけもない。


「……僕は、七海さんを友だちだと思ってません」


 握られた手をすり抜けるように離した。

 友だちにはなれない。

 なってはいけない。

 それが簡単に許される世界なら、世界はもっと豊かで平和だ。


 小さな教室ひとつでこんな世界なのだから、おそらくそうなのだろう。


「……なんで、そんなこと言うの? わたしは……」


 伸ばしたままだった七海さんの手がしぼむように落ちていく。

 それを見て七海さんを傷付けるような発言をしてしまったのだとそこで認識した。


「いやその、七海さんと友だちになりたくないとか、そういう事ではないです……。ただ、僕は別に七海さんに助けてもらえるほど仲良くなれてるかとか、七海さんの隣で友だちズラしてても許されるような人間ではないので……」


 僕は卑屈な人間だ。

 後ろ向きでさらに下を向いて生きている。

 卑屈な男は嫌われる。むしろ好かれる要素なんてない。そりゃそうだ。

 誰がそんなやつと付き合いを続けたいと思うのか。


 僕なら嫌だな。僕みたいな奴。


「オタクんはさ、わたしと友だちになりたいって、思う?」

「……まあ、それは思いますよ。勧めたラブコメ読んで楽しそうにしてくれましたし。他人と何かを共有できるのは思っていたより楽しいです」


 きっと七海さんの目を見てしまっては、言葉が出てこないから、目を逸らしてしか話せない。

 どうでもいい話とか趣味の話なら問題なくても、今は七海さんと僕の話をしている。

 だから僕は真っ直ぐ七海さんを見れない。


 自分に向き合えてもいないのだから、七海さんに向き合えるわけもない。


「じゃあ、それでいいじゃん? わたしもオタクんと話してて楽しいし。わたしはわたしの趣味が広がってさ、それを話せる人がいて、わたしはそれがわりと結構嬉しいし」


 少し照れたように笑う七海さん。

 そんな七海さんにほだされていく感覚があって、そんな感覚に戸惑う。


 七海さんが良い人なのは知っている。

 そりゃ確かに「オタクっぽい」とかそういう事は言ってきたりはするけど、僕を全否定したりとかはしない。


「キモイ」とか「気持ち悪い」とか「死ね」とか、そういう暴言も言ったりはしない。

 だから一緒の空間にいて居心地が悪くなったりはしなかった。


「だからさ、なんかあったらわたしに言ってよ。わたし結構友だち想いの一途な女だぜ?」

「……それは、頼もしいですね」

「でしょっ」


 眩しい人だと思う。

 だから七海さんは人から好かれる人なのだと納得する。

 僕には無いものであって、それが羨ましいと思ってしまう。


「んじゃ続き読んでいいっ?!」

「仕方ないですね。どうぞご自由に」

「やったぜィ」


 そんで普通にラノベ読み始める七海さんを見て自分の考えている事が馬鹿らしくなった。

 僕も少しは七海さんみたいにのうてんきに生きてみてもいいのかもしれない。

 実際にそうなれるとは思わないけど、そうなれたら今より少しは生きやすいだろう。


「オタクん! オタクん!!」

「なんですか?」

「デートしようぜっ!!」

「……は?」


 急な申し出に困惑する僕を他所に七海さんは楽しそうに笑っていた。



 ☆☆☆



 日曜日。

 ほんとは今日は新刊を買いに行きたかったのだが、七海さんからのデートの申し込みにより断念した。


「オタク〜んお待たせっ」

「あ、はい」


 なんでも勧めたラブコメの3巻で描写のあったデートコースのモデルとなった場所を知っていたらしい七海さんは行ってみたいとのことでこうなっている。


「では、行きますか」「ちょい待ちっ!」


 歩き出そうとした僕を引き止め不服そうにしている七海さん。

 え、なに? 怖いです。


「今日のわたしの服を見てなにかないの?! 感想とかっ?!」

「…………いいんじゃ、ないですかね?」

「はい全然ダメ。てか気付いて? めっちゃ頑張ったんですけど?」


 そう言って七海さんはモデルのようなポーズをしたりゆらりと回って見せたりしてきた。

 うっかり胸とか見ないようにとなるべく七海さんを見ないようにしていたのだが、しかしいざ見てみるとどうも既視感があった。


「……もしかして、ヒロインと同じファッション? 現実にあの3巻の挿絵と同じようなファッションを着こなせる人がいるとは……」

「ふふん♪ でしょ? どう? 可愛い?」

「そうですね。作中の服のブランドとかは明確には明記されていませんけど、コスプレとしてはかなり完成度は高いんじゃないでしょうか」

「いや確かにコスプレと言えばそうかもだけど?! そうじゃなくてさ……可愛いかどうか聞いてるんだけど」


 口を尖らせてジト目で感想を強要してくる七海さん。

 後ろ手に胸を逸らすように前かがみ気味な姿勢は七海さんのスタイルの良さを強調していた。


 可愛いかと問われて素直に「可愛い」と言えるような人間性ならそもそも友だちのひとりやふたりはいただろう。

 そしてそういう事も七海さんならわかるだろうに、それでも七海さんは感想を求める。

 どちらにせよ言わなければこのイベントは進まないのだろうな。


「……可愛いですよ」

「でしょっ」


 僕が答えると七海さんはドヤ顔で口元にピースサインをえた。

 そのあざとさも眩しいなと思った。


「んじゃ行こっか」

「……等価交換の原則的には七海さんも僕の服装について何かしら感想とかないんですかね?」


 僕は性格が悪いなと思いながらそう問うてみた。


「……聞く?」

「…………やっぱやめときます」

「えーっとねぇ、オタクんの今日のファッション偏差値はねぇ」

「すみませんでした勘弁して下さい泣きます」

「なら今度服とかわたしが選んであげる。ふふふっ。わたしがオタクん改造したらモテちゃうかもね」

「うわぁーたのしみだなー」

「めちゃ棒読みだし」


 基本的に本屋くらいしか外出しないから、あんまりオシャレな所とかは勘弁してほしい。

 うっかり死んじゃう。マンボウと同じくらいの扱いをしてほしい。

 僕のような生き物は繊細なんです。


「てか、聖地巡礼なら友だちと行けばよかったじゃないですか」

「ん? オタクん友だちじゃん?」

「いや、そうじゃなくて普通に同性の友だちとかとって話ですよ」


 舞台となっているこのスポットはそもそも観光地である。

 わざわざ僕とく来る必要なんてないだろうに。


「オタクんが勧めてくれた小説読んで好きになって、せっかくだし一緒に聖地巡礼? したかったし」


 口元に人差し指を当てながら理由を話す七海さん。

 そういう理由で誘ってくれたという事が素直に嬉しかった。


「オタクんは嫌だった? わたしと聖地巡礼?」

「……いえ、嫌じゃないですよ」

「なら良かった」


 七海さんといると、自分の気持ちを言葉にさせられるなと感じる。

 どう思ったとか、何が好きかとか嫌いかとか。

 自分ひとりではそんな事をする必要なんて最低限でしかなくて、こういう事の積み重ねで人とのコミュニケーションはなりたっていくのだと今更ながらわかった。改めて実感したと言うべきだろうか。


 そうやって七海さんとのデートは何事もなく楽しく進んでいった。

 自分にもこんな気持ちや想い出ができるなんて思ってなくて、ひとつひとつが困惑しつつも楽しめた。


「じゃあ、またね。オタクん」

「はい。また明日」


 最寄り駅で降りた七海さんが手を振って帰っていった。

 名残惜しいと感じた。

 他人と居た時間を惜しんだのは初めてに近いのでないだろうか。


 楽しかった。

 その一言に尽きる。


 でも、その感情も翌日の登校で一気に曇ることになった。


「ねぇねぇ愛ちゃん、オタクくんと付き合ってるってほんと?!」

「意外ですね七海さん。ああいう男性がタイプだったんですね」


 七海さんの事を嫌っている別グループのリーダー格の吉原と天童が七海さんにちょっかいをかけていた。


 僕は僕でわらわれているがそれはまあ仕方がない。こうなる事はわかってた。

 聖地巡礼デートをクラスか或いは学生に見られてしまっていたのだろう。


 目撃されたのが僕だけならこんな噂にはなっていないだろう。

「ギャルで可愛い七海さんが」男と一緒に居たという事が噂されている。そして寄りにもよって僕であるというのが問題なのである。


「わたし、そういう下衆ゲスの勘ぐりとか嫌いなんだけど」

「そう受け取られてしまったのでしたら失礼。ただ七海さんのお相手がどんな方が気になったもので」


 最悪な形になってしまった。

 自分がいじめの対象になるなんてのよりはるかに酷い。

 僕のカーストが低いのはしょうがない。

 この場合で1番問題なのは、「可愛くてスクールカーストのトップ」である七海さんの事を気に入らない奴らが七海さんをおとしめることであり、今まさにそうなろうとしている。


「言いたい事があるならはっきり言っ」

「僕が、頼み込んでデートしてもらったんです。僕みたいなオタクにも優しい七海さんならって思い上がっただけで、それに付き合ってもらっただけです」


 僕は僕が嫌いだ。

 だから僕は僕を嫌っている奴の事は真っ直ぐ見れる。

 自分を見ているみたいだから。


「ちょっ?! 何言っ」

「七海さんは天童さんみたいに回りくどくチクチク言ってきたりしない優しい人なので」

「キモっ!! 公開告白じゃん?!」


 べつに僕がキモがられるとかは今更だ。弁えている。

 でも、七海さんの事を悪く言われるのは嫌だった。

 ましてや僕のせいで貶められるのはもっと嫌だった。


「それだけです」


 言いたい事を言ったはいいけど、いたたまれなくなってしまったので教室を出て行こうと背を向けた。


「待って! 優人ゆうとくん!!」


 七海さんに手を掴まれた。

 離してほしかった。それが正しいし、これ以上いたたまれなくなるのは辛かった。

 初めて名前をちゃんと呼ばれた事すら些細な事に感じるほどに。


 だけど七海さんは手を離すどころか僕の腕を抱き寄せて堂々と言った。


「優人くんとは付き合ってない。けど、わたしの好きな人。わたしの為に怒ってくれる、優しい人」

「七海さん?!」

「行こ。優人くん」

「ちょっ?! 七海さん?!」


 僕とその他、呆気あっけに取られる一同を無視して七海さんは腕を絡めたまま歩き出した。

 ただでさえこんな展開になって動揺しているにも関わらず、さらに七海さんが密着してきて腕に七海さんの胸が押し当てられていて動揺は加速した。


「どうするオタクん、学校サボっちゃう?! サボってデートでもしよっか?!」

「い、いやいやいや、色々となんかもうヤバいでしょこれ……」

「うん。ちょーヤバい。徹夜明けのテンションみたいで楽しい」

「全然なんにも大丈夫ではないですか……」


 心臓の音はどうしようもなくうるさくて、それなのに七海さんの声はちゃんと聴こえる。

 至近距離だからか七海さんがイタズラに笑う顔もいつもより可愛く見えていよいよどうしようもない。


 なんでこうなった?

 僕はなにか選択を間違えたのか?

 何かを間違えたからって、こうなるなんて誰にも予想はできなかっただろうけど。


「わたし、オタクんのことバカにされてめっちゃムカついたんだ」

「べつに僕がバカにされたって今更な話で」

「だから決めたの。オタクんをめっちゃいい男にしようって」


 そう言ってドヤ顔をする七海さんにあきれた。

 そんな賭けをどうして? と思う。

 クラスでの立ち位置が危うくなるような事までしてすることじゃないはずだ。


「お洋服買いに行く約束もしてたし、聖地巡礼デートもしたいし」

「服買いに行く話は社交辞令だと思ってたんですけどね……」


 七海さんには敵わないなぁと思わされる。

 どんどん七海さんのペースに巻き込まれてしまう。

 やはり僕ではあらがいようがない。


「オタクん」

「なんですか?」

「わたし、言ったよね? 嘘は付かないって」


 七海さんはまたしても真っ直ぐ僕を見つめてそう言った。

 嘘は付かない。

 この言葉の意味を僕ははかりかねている。

 だってそうだろう。嘘であるとした方が納得がいくのだから。


 だがその言葉が本当であるならば、さっき七海さんが教室で宣言した事もそのままの意味となる。


「ま、オタクんの事が好きだって気付いたのはさっきなんだけどね〜」


 あっけらかんと笑う七海さん。

 でも不意に黙ってじっと僕を上目遣いで見つめてきた。


「わたし、結構一途だから、覚悟してね」


 ほんのりと頬を赤らめる七海さんのこの瞳をきっと忘れる事はできないだろう。

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