EP02 不意の依頼
「は? 依頼?」
間の抜けた声が酒場に響く。
昨日の話し合いの続きをするため
「昨日の話し合いの続きはどうなってんの? 今日は話し合いに参加するつもりで来たんだけど」
カウンターに立つホーリー姐さんに問いかけるが、姐さんも困ったように肩を竦める。
「そっちはちょっと困ったことになっててね。全然進まないのよ」
「なんか勢力の上の方の奴が出てきたらしいぞ」
姐さんの言葉に続けるように、カウンターで酒を煽る常連客で傭兵の男、JFが続ける。
勢力の上の方というと、このゲームの3大勢力のトップと言う意味だろう。このゲームはチームというクランシステムをプレイヤーが運営することはできるが、そのチームが所属している勢力そのものはゲーム運営が動かしているわけで……。
「GMが出張ってきたの!? これプレイヤー間のトラブル扱いで処理されんのか……」
「まあ、そういうこと。こっちも抗議中だから、しばらく話は動かないわね」
早い話が喧嘩両成敗。多少の責任の大小はあれど、どっちも歩み寄りましょうね、で終わってしまうだろう。一方的に損しているこちらが割を食う形だ。抗議に関してもどこまで通るかわかったものではない。運営が間に入ってしまっている関係で、時間もかかるだろう。
「そこで依頼の話。このトラブルに少し関係があるのよ」
そう続けて姐さんは小型端末を見せてくる。そこにはあるメールが表示されていた。
「僚機の彼女、グリーヴさんのリアルの友達が今日このゲームを始める予定なの。VRゲームも初めてらしくて、本来なら彼女のチームに入れてサポートするつもりだったらしいんだけど、今のチームのトラブルに巻き込めないから、取り急ぎ今日分のゲームの案内をお願いされてるわ」
メールには姐さんの語った内容と迷惑をかけて申し訳ないという旨、そして依頼料も可能な限り言い値で支払うと記載されていた。
「流石に放っておけないでしょ?」
「……わかったよ。俺だってこのメールが来たら、依頼を受けるさ。無関係とも言えないわけだし」
何より、自分のやっているゲームを誰かに好きになってほしいという気持ちがこのメールから伝わってきた。
その気持ちは痛いほど理解ができるのだ。
このゲーム、今でこそ人気があるが初期はそのハードな世界観と難易度からなかなか初心者が居着かないゲームだった。
昨日来た新人プレイヤーが今日いなくなっているなんてことも珍しくなかった。
今もこんなトラブルに見舞われているが、基本的には楽しいゲームなのだ。それを友人と共有したいというのは自然な感情だと思う。
「可能な限り努力しよう。それでその新人プレイヤーとはどこで落ち合えばいい?」
「店に来るように送っておいたわ。えっと、そろそろ来るはずだけど……」
その言葉が合図だったかのごとく、カウンターから離れた酒場の入口が開かれた。
■
「えーっと、【hollyhock】というお店はここであってますでしょうか? グリーヴちゃんの紹介で来たんですけど」
「ええ、あっているわ。あなたがアイリスさん?」
「はい! アイリスです。今日はよろしくお願いします!」
姐さんがアイリスと呼びかけた少女は、クリーム色の髪をゆるいお下げに纏めた小柄な可愛らしい少女だった。
なるほど、言い値で依頼をするわけだ。この依頼、悪い虫が寄り付かないように護衛と虫除けも兼ねているんだろう。
姐さんほどの女傑ならまだしも、彼女のような「見た目の良い初心者」は男臭いこのゲームにおいてかなり目立つ。放っておけば下心のあるプレイヤーに狙われるだろう。
「ええ、よろしく。そして、彼が今日の案内人よ。存分にこき使ってやって」
「ハレです。わからないことがあったら何でも聞いてくれ」
促されるように挨拶をする。
こういう挨拶は久々なような気がして、なんとなくぎこちなくなってしまった。
「よろしくお願いします。ハレさんはこのお店の店員さんですよね? お時間取らせてしまってごめんなさい」
「店員って……ああ、そっか」
この店のシステムというか、正体はひと目見ただけだとわからないだろう。まずはそこから説明をするのも悪くない。
少し離れた店内の壁側、人がちらほらいる掲示板を指して説明を始める。
「この酒場は、傭兵たちの仕事斡旋所でもあるんだ。ほら、向こうに電子掲示板があるだろ? アレに募集している仕事内容があるんだ。」
「よくあるキャラクターからのクエストみたいなものですか?」
「ちょっと違うかな。このゲームにもNPCからのクエストはあるんだけど、あの掲示板にあるのはプレイヤーから他のプレイヤーへのお願いみたいなものだよ」
このゲームの依頼は、NPCからのもの以外にプレイヤーから発生するものがある、というかその仕組みを姐さんが作ったんだが、その話をし始めると長くなるので省略。
要するに、この素材を代わりに集めてほしいだとか、チームの面子足りないから臨時で一緒に戦ってほしいとか、そういう依頼があの掲示板に溢れているのだ。
「ハローワークみたいなものってことでしょうか?」
「……まあ、似たようなものか。その例えだと日雇労働しかないってことになるけど。俺はその仕事斡旋所に所属していて、誰も受けなかった依頼を主に担当してるんだ。最低保証ってやつかな」
プレイヤーからの依頼は、その分緊急性や重要性が高いものがあり、その依頼を受けてもらえないというのは店の評判に関わる可能性があるため、最終的に処理するのが俺の役割というわけである。
「今回の案内も、俺指名で依頼されたものなんだ。ちゃんと俺の報酬もあるから、今日は気にせずこのゲームを満喫してほしい」
「……はい! わかりました。改めて今日はよろしくお願いします!」
俺の言葉の意味を理解したようで、アイリスはにこやかに挨拶をする。なんというか、礼儀正しい気持ちの良い子だ。こっちまで浄化されそう。
アイリスを眩しく思っていると、ふとアイリスは何かが引っかかったような表情になった。
「それで結局なんで、バーでいいんでしょうか? お店をやってるんですか?」
ああ、そりゃ仕事斡旋所と酒場は繋がりにくいから引っかかるに決まってる。というか、バーより居酒屋のほうが雰囲気は近いな。
「それは、店主である姐さんの趣味だよ」
「説明が適当すぎよ。ただでさえ依頼を求めてたむろってる連中がいるんだから、飲み食いする体裁だけでも整えておけば、お金も入りやすいと思ったのよ」
実際問題、自分に向いている依頼を待ってこの店に居座るプレイヤーは少なくない。そのプレイヤー達が暇つぶしに飲食物を頼むのだから実入りは結構あるのだ。目ざといというかなんというか。
「へー、そうだったんですね。私このお店のにぎやかな感じ、結構好きです。傭兵のお仕事はちょっとわからないですけど、今後も遊びに来ていいですか?」
「……ねえ、この子あんたと比べ物にならないくらい良い子なんだけど」
姐さん、こっち見て言わないでほしい。そんなこと百も承知である。
ただ、なんとなく感化されたのか、この子ならアイツを紹介してもいい気がしてきた。
「酒場の方も偶に手伝うから、俺も店員と言えなくもないけど、純粋に店員って言えるのはアイツくらいだね」
店の隅でテーブルを吹いていた小さな影に手を振る。その影はトテトテと駆けて来た。ちょうど小学生くらいの年頃だろうか。エプロンを付けた小さな少女である。
少女は問いかける。
「ご注文ですか?」
「いや、新しいお客さんになってくれるそうだ。挨拶をしておきな」
少女にアイリスへの挨拶を促した。
少女はきょとんとした表情でアイリスを見つめる。
「アヤです。よろしくお願い、です。」
「か、かわいい~!」
アイリスは少女、アヤの様子に目を輝かせる。
そして、こちらに少し言いづらそうに質問をしてきた。
「この子は……?」
「NPCだよ」
「そうとは思えないくらいリアルですね」
「……ああ、そうだね。まあ、基本この店にいるから、気が向いたら仲良くしてやってほしい」
「はい! よろしくね、アヤちゃん」
目線を合わせるように少し屈んで挨拶する姿に、少し安堵する。NPCを雑に扱うプレイヤーは存在する。良い子だとはいえ、その可能性はなくもなかったが杞憂だったようだ。紹介してよかった。
「っと、長居しすぎたな。アイリスさん、街を案内するよ。EMの操縦はその後にしよう」
おそらくその段取りだろうと姐さんに目配せをする。EMの方の準備は姐さんがしてくれるはずだ。姐さんが軽く頷くのを確認する。
それじゃあねとアヤに手を振るアイリスを先導して酒場の出口に向かう。
「あ、呼び捨てでいいですよ」
「んじゃ、アイリスで。俺のことも好きに呼んでくれ」
「はい、わかりました! それじゃあ、先輩って呼びます!」
「……えぇ?」
予想外の呼び方が出て困惑する。体育会系か? なんというか面映ゆい。先輩とまで言われる謂れは無いような気がする。
そんな俺の様子にアイリスは少し不思議そうにする。
「だめでしょうか? このゲームを教えてくれるので、敬意を払う意味で先生か先輩で迷ったんですが」
「……先生よりは先輩のほうがいいかな」
「では先輩で!」
好きに呼んでほしいと言った手前断りづらい。今度から好きに呼んでほしいとは絶対に言わないようにしよう。
そんな決意とともに、ワクワクとしたアイリスを伴って街へ繰り出すのだった。
ヴァリアント・オーダー 黒まりも @Uogasi0427
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