ヴァリアント・オーダー

黒まりも

EP01 ヴァリアント・オーダー

『ねえ、聞こえる!? ハレ! 応答しなさい!』


 ふと、遠くから声が聞こえる。

 何をしていたんだったか……。

 ぼやけた視界に赤いランプがチラつく。

 確か、資源開発基地に来て……。


《未確認機体多数接近》


 その電子音声でハッっと我に返る。

 右手が握りしめたままだったレバーを引きペダルを思いっきり踏み込む。

 は身を翻すように後ろへ下がり体制を立て直した。

 オペレーター用と僚機の回線をつなげる。


「こちら【ラピッドファイア】。悪い、気を失っていたみたいだ。もう大丈夫。姐さん、そっちの状況は?」


 俺達は傭兵として資源開発基地の防衛任務に来ていたが、あまりにも無防備な基地の様子に違和感を覚え周囲を調査していた。そこに敵と思わしき機体からの砲撃を受け、避けきれず衝撃で気絶していたらしい。


 資源基地内部を調査してくれているオペレーターのホーリー姐さんに話しかけながら、自分の機体【ラピッドファイア】の損傷具合とログを確かめる。直近の損傷から避けきれなかった砲撃の口径は……400mmと推定!? 列車砲でも持ってきてるのか相手は。そりゃ気絶もするわ。

 機体はカメラの一部と左腕部の射撃補正機能が死んでいるが、問題ない程度。ショックアブソーバーを新しいものに変えることを決意しつつ、FCS火器管制システムをマニュアルに切り替える。


『だめ、完全にもぬけの殻。もう使われてない基地よコレ。私達と空っぽの基地を囮に使って敵対チームの戦力を削ろうって魂胆ね。資源基地が破壊されても無傷の上、私達に難癖をつけて報酬を踏み倒せる。いい度胸してるじゃない』

『そんな! うちのリーダーがまさかそんなこと……』


 姐さんの推測に僚機から驚きの声が上がる。

 もともとこの依頼は僚機の彼女のチームから依頼されたものだった。曰く、小規模の資源基地とはいえ、一人で防衛は難しい。戦力の穴埋めとして傭兵を雇いたいとのことだった。

 姐さんの推測が正しければ、この子は捨て駒に使われているようなものである。可哀想な話だが、ショックを受けて動けなくなる前に状況をなんとかしなければならない。


「推測は後にしよう。姐さん、資源基地の防衛設備は使えんの?」

『今起動中。レーダーはもう動いてる。敵機体総数37。戦車10、自走砲5、飛行ドローン20、EMEXO-Mechs2!』

「了解。僚機の君、名前は何だっけ? 後、装備も教えてくれる?」


 僚機の子を落ち着かせる意味も含めて、他愛のない質問と知りたいことを織り交ぜて話しかける。


『え? えーっとグリーヴって言います。装備はミサイルが大体400、レーザーライフルが1門、シールドに近接用のバトルアックスを取り付けてます』


 コングリーヴが由来だろうか。女の子なのに厳つい名前してるなぁ。はあまり考えない方向のほうが良いだろう。

 機体についてはイグニス製のEMとしてオーソドックスな代物であり、特にこの局面を乗り切るのに難しいものではなかった。


「了解。こっちはバトルライフル2丁にレールキャノンを背負ってるから、俺が前衛に回ろう。グリーヴさんは火力支援を頼む。お互い思う所あるかもしれないけど、とりあえず生きて帰ろう」

『……はい、そうですね。私もリーダーの真意が知りたいですし。ハレさん、協力をお願いします!』


 気合を入れ直したような声に、少し安堵する。

 これなら彼女も問題なく戦闘を行えるだろう。

 機体システムを戦闘モードに切り替える。


「よし、それじゃ戦闘開始!」


 ペダルを踏み込みブーストで敵機体に突っ込んでいって―――


 ■

「待った、それ本当にゲームの話なんだよね?」


 これから盛り上がるというところで、警備員姿の同僚に水をさされる。

 せっかく情緒豊かに熱弁していたというのに……。


「そうですよ。田中さんがうちの大学で研究している技術のゲームが知りたいっていうから話したんじゃないですか」


 ここは白波電子総合大学、その研究棟の受付。早い話が俺こと稲葉晴いなばはるの職場だった。

 受付警備員という職業は、忙しさに波があり、研究室に不審物などが持ち込まれないか・持ち出しがないか確認をする作業をするなどの業務があるものの、ふと今のような空き時間ができる。

 そんな折に田中さんの方から大学が研究しているVR技術を使ったゲームが知りたいと言われたから話していたのだった。


「だってねぇ。難癖つけて報酬をごねるとかあまりにもリアルと言うか……。おじさんが若い頃のゲームはそういう感じじゃなかったからさ」

「フルダイブのMMOなんだから、それだけ人の感情も入りますしリアルにもなりますよ。【ヴァリアント・オーダー】は自由度も高いですし」


 そう、先程まで話していたのは昨日ゲーム内で本当にあった話である。


 ヴァリアント・オーダー。

 フルダイブ型のVRMMOのメカアクションゲームであり、10Mクラスの人形兵器EXO-Mechsを操作し、ユーラシア大陸をモデルとした広大な大地で覇権を争う3大勢力に所属し戦うのが主題のゲームである。

 但し、その自由度の高さから、俺のようなどこにも属さない傭兵のようなプレイやパーツを売り歩く商人プレイ、はたまた料理人や農場プレイなどができ、退廃的なSF世界観が好きなプレイヤーに広く愛されているゲームである。


「あ、そうそう。続きどうなったの? 稲葉くんは勝てたの?」

「勝ちって言っていいのかわかりませんが、敵機体は殲滅しましたよ。ただその後がごたついてまして……」


 戦闘が終わった後の惨状を思い出す。

 怒り心頭な姐さん。のらりくらりとかわしたいんだろうが、言い訳が下手すぎる依頼人のリーダー。そんなリーダーに、信頼ができないと離籍を申請するグリーヴさん。

 結局話がまとまらず、今日もこの後なにかあるらしい。

 そこら辺の交渉は姐さんにまかせてしまっているので、詳しくはわからないが弾薬代くらいはもらえないと大損だよなぁと肩を竦ませる。


「ゲームの中でも仕事みたいなことしてるんだねぇ」

「その分楽しいときは楽しいですよ。機会があったらやってみてください。そのときは案内しますから!」


 そんな話でその日のリアルの業務時間は過ぎていった。

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