第22話 諦めの悪い日向は、画策する

「な、なんでですか! なんで、もう仕事がないんですか……」


 それは、隆弘と結月がインタビューを受けてから数日後のことだった。


 日向は現在事務所で、マネージャーと社長との三人で話をしている。そして、日向の言葉に社長とマネージャーが呆れたようにため息を吐く。


「全く……自覚がないのか」

「自覚って……ヒナタ、一生懸命お仕事してたじゃないですか……人気だってたくさんあったし、絶対におかし……あ、そうだ!」


 そこで何かに気づいたように、日向は大きな声を出す。


「前に受けた映画のオーディションあったじゃないですか。あれ、どうなったんですか? きっと、ヒタナの事だから合格で──」


「落ちたに決まってるじゃないですか……」

「え、うそ……」

「嘘じゃありません。電話にでなかったので、留守電に入れてます。それにメッセだって送ったはずですよ」


 慌てて、スマホを確認する日向は「あ」と間の抜けた声を漏らす。日向は気づかなかった。それはなぜか。隆弘に別れ話を切り出されるのが嫌で、スマホをほとんど触っていなかったのだ。


(あの男と出会ってから、どんどん悪くなっていく……あいつのせいじゃん)


 スマホをきつく握りしめ、日向は奥歯をギリッとかみしめる。


(だから、あの泥棒猫がしゃしゃり出てきて、私の隆弘君を……)


 結月と隆弘が仲良さそうにしていた時のことを思い出すと、日向の目頭が熱くなった。なんとか堪えていると、マネージャーが日向に話しかけてきた。


「いい加減、気づかないんですか?」

「な、何にですか……」

「日向さんて、何一つ頑張らないですし、仕事中の態度だって最悪で、自分の間違いは絶対に認めない。 この芸能界で、誰もあなたを必要としてないってことに」


「っっ! な、き、急に何を──」

「私が前に言ったことだって、どうせ覚えてないんですよね?」


 日向の言葉を遮るマネージャーが強引に話す。日頃の鬱憤がよっぽど溜まっていたのか、かなりの迫力があった。そんな雰囲気に充てられたようで、日向は口を閉ざしてしまう。


「事務所に所属する他の子達は、売れるために、寝る時間を削って必死に努力してるんです。それに対しあなたは、面倒くさいからってできる事しかしない」

「そ、そんなこと……」


「そりゃあ日向さん、あなたは確かに可愛いと思います。でも、あなたは可愛いだけじゃないですか? 演技が特別上手いわけでもなければ、自身のチャンネルでファンを増やす活動だってしない。そんなあなたを、誰が選ぶって言うんですか?」


 体を震わせる日向に対し、マネージャーの説教は終わらない。


「あなたがデビューした当初から仕事があったのは、女子高生ミスコンでグランプリを獲得したっていう箔があったからですよ。たくさんの話題があったから、こっちだってチャンスをあげたのに、それをあなたは当たり前のように受け取る。努力も礼儀も知らない人が、芸能界でやっていけるわけないでしょ!」


 そこで言葉を区切るマネージャーは、日向を刺々しい視線で睨む。これまで、道具のように扱われていた恨みがあるからだろう。


 普段からワガママ放題で、お礼の言葉もない。何か意見すれば、すぐに自分の話題にすり替える。それでも日向が結果を出していれば、マネージャーもここまで言わなかっただろう。


 マネージャーの恨み・ストレスはすさまじいものだった。


「そ、そんな……こ、これから頑張りますから!」

「もう遅いんですよ。この業界は、どんどん新しい子が入ってきます。あなたよりも若くて、可愛くて、やる気がある子を私達は応援しますから」


 動揺して声を震わせる日向をいい気味だと思ったのか、マネージャーは意地の悪い笑みを浮かべていた。


「──ッ」


 口をへの字に曲げ、日向は俯くことしかできなかった。


(なんで、ヒナタがここまで言われないといけないの……全部、あいつらが悪いのに……そうだよ。あいつらがいるから、ヒナタはこんなにイジメられてるんだ)


 日向の言うあいつらとは当然、妹の結月と浮気相手の松田ゆうとのことをさす。そして、そんな日向に優しく訂正してあげる隆弘だってもういない。


「とはいえ、じゃあこれでさよならって言っても、あなただって嫌でしょう?」

「……え」


 その言葉に、日向の胸にわずかな希望が宿る。


(そっか、やっぱりヒナタはまだ取り戻せるってことじゃん……ここで頑張ったらきっと隆弘君だってヒナタのことを──)


 しかし、そんな日向の希望はあっさりと砕け散る。

 それは、マネージャーが日向に録画した番組を見せたことが原因だ。


『きょ、きょいびとといる時の雪って、特別な気分になれて私は好きです!』


「これって結月の……」


 それは、結月がインタビューを受けた時の動画だった。


「この子って、日向さんの妹ですよね? 彼女、今SNSで凄く有名なんですよ。千年に一人の美少女だって」


 一瞬で頭が真っ白になる日向に、マネージャーは別の録画番組見せる。それは朝のニュース番組で、コーナーの一つでSNSのトレンドを紹介していた。そこには勿論、結月の紹介もあった。


『──と、このように話題を集めてる彼女はなんと過去に、ファッション誌にも掲載されているんです!』


 それは、隆弘達がデートした日に、結月がストリートスナップのモデルを飾った時のだった。カメラマンの言うように、ファッション誌のストリートスナップコーナーに掲載されたようだ。


 しかもテレビに出演している芸能人はみんな口をそろえて「可愛い」「私は妹の方がタイプですね」「もしかして、お姉さんよりも可愛いんじゃないか」「これだけ身長が高いと、モデルだってこなせちゃいますね」と結月を称賛する声が多かった。


 その言葉に日向の顔が、ますます歪んでいく。


『しかも彼女の姉はなんと、女子高生ミスコンでグランプリを獲得した黒沢日向さんの妹だそうで』


 そう言って、日向の写真集が写るのだが。


(なんでこんな端っこなの……まるで、ヒナタが結月の引き立て役になってるみたいじゃん!)


 テレビの電源を落とすマネージャーが日向に話す。


「まぁこのように、結月さんは世間に物凄く注目を集めています。実際、この特集のおかげで、日向さんの写真集の売り上げが少し伸びたんですよね」

「っっ!」


 その言葉に、日向は髪を掻きむしりたい気持ちが奔った。椅子を投げて、机を蹴って、やり場のない怒りをなんとかしたかった。


 日向にとって、ずっと見下していた妹よりも下だなんてことは認められなかった。


「今の状況も踏まえてですが、美人姉妹ってコンテンツは強いです。結月さんにあやかる形にはなるでしょうけど、一応は日向さんにもいくつか仕事が来ると思います。言ってる意味が分かりますよね?」


「は、い……」


 結月を引っ張ってこれたのなら、まだ最後のチャンスがあると。


(なんで、なんで、なんで……!)


 日向は今にも叫び出したいのを、必死に抑えていた。


 自分よりもずっと格下だと思っていた相手に、頭を下げてお願いするなんてできるわけがなかった。プライドが高い彼女にとっては、何よりも屈辱的なことだったから。


「じゃあ、結月さんにも芸能界に興味はないかって声をかけてみてください」


              ※


「全部、全部、全部、あいつらのせいだ……悪くない、ヒナタは悪くないもん」


 事務所を出た後、日向は自室で膝を抱えていた。


「どうしてこうなっちゃんだろう……」


 これまでの事を思い返す日向だって、薄々は分かっていた。


 浮気をした自分が悪いのだと。

 でも、誘惑してきたゆうとの方がもっと悪い。

 だから、自分も被害者なのにって。


「ヒナタは反省してるし、後悔だってしてる。むしろ、そのおかげで隆弘君の大切に気づけたから……そうだ」


 日向の中で、今後の方針が決まった瞬間だった。

 

 上手くいけば再び芸能界で仕事できるし、隆弘と復縁だってできる。何よりも、無駄に自信をつけた結月を、再び地に落とすことができる。


 そう判断した日向は、隆弘にメッセを送るのだった。


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 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 次話は20日(金)に投稿します。

 予定通りにいけば、あと五話で完結する予定です。

 返信できていませんが、コメント等、いつも本当にありがとうございます!


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先輩に彼女をNTRれた日、幼馴染が俺をNTRろうとしてきた 光らない泥だんご @14v083mt

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