闇オークション

藤泉都理

闇オークション




 太刀たち

 平安後期から戦国時代頃までに制作された日本刀です。

 刀身が反っている湾刀で、「断ち斬る」が語源と言われています。

 刃渡りが二尺(約六十センチメートル)以上の長刀で、騎馬戦が主流だった時代に作られました。

 あえて刀身を反らす事で、馬上で刀が抜きやすいように設計された刀です。

 太刀の中でも刀身が三尺(約九十センチメートル)以上の長刀を、大太刀と言います。




 豪華絢爛な三基のシャングリラが遥か頭上から、オニキスピンクの大理石の床と壁を壮麗に彩らせる馬蹄形の会場は、二階と三階に設けられているボックス席から、舞台となる一階全体を見下げる。

 まるで舞踏会会場のようなここで、闇オークションが行われており、招待客及び従業員同様に仮面を着けたオークション司会進行役、通称オークショニアが、十番目となる商品の紹介を声高々としていた。




「刃渡りが二尺六寸四分、約八十センチメートル、一尺、約三十センチメートルの柄を合わせて、三尺六寸四分と、刀身が約一メートル十センチメートルの大太刀に属するこの桔梗大太刀ききょうおおたちは、大物も大物が封印されています。天使、巨人、悪魔と、三個体、三種族が封印されているという、世にも珍しきこの桔梗大太刀。今は、鞘も柄も鍔も白色に染まっておりますが、青紫、紫と、三色に変化させます。目にも止まらぬ速さで変化していますね。何故変化させるのか。この桔梗大太刀の中で、天使と巨人と悪魔が闘い合っているからだと言われています。天使が巨人と悪魔を抑え込んでいる時は白に、巨人が天使と悪魔を抑え込んでいる時は青紫に、悪魔が天使と巨人を抑え込んでいる時は紫色に変わります。これら三色は目印とも言えます。天使を封印から解きたい時は、白の時に鞘を抜く。巨人を封印から解きたい時は、青紫の時に。悪魔を封印から解きたい時は、紫の時に。封印を解かれた時、天使は治癒能力を、巨人は予知能力を、悪魔は気枯能力を授けると言われていますこの桔梗大太刀。今迄誰も鞘を抜くという偉業を果たす事ができず、未だに天使と巨人と悪魔が封印されたままのこの桔梗大太刀」


 カアンカアン。

 オークショマニアがハンマーを三度素早く叩いては、甲高い音を会場に響かせた。


「十万トッテから始めます。十万トッテ。はい。百万トッテ。二百万トッテ。二百十万トッテ。二百二十万トッテ。二百三十万トッテ。二百四十万トッテ。二百五十万トッテ。はい。もう居らっしゃいませんか?現在、二百五十万トッテ。二百五十万トッテです」


(おわ~~~。すんげえええ世界)


 親から手渡された大学の入学金及び四年間分の授業料を使い切ってしまい、一気に稼ぐべく闇バイトに応募して、闇オークションの案内係及び給仕を任された一日バイトのだんは、ボックス席のふかふかふわふわのソファにゆったりと腰をかける客に高級ブルーベリージュースを純金のワイングラスに次から次へと注ぎながら、闇オークションをこっそり見ていた。


(二百五十万トッテって。俺が使い切った金より高いじゃん。っつーか。封印を解けたらいいけどさ。封印が解けなかったら慌ただしく色が変わるただの長い刀じゃん。観賞用にしかできないじゃん。まあ。ここに集まるやつらにとっては、そんなに大した金じゃないんだろうけどさあ。あ~あ。ほんと。世の中不公平だよねえ。うちの父ちゃんがあくせく働いて、やっとの事で、大学にかかる金を出してくれたってのに。まあ。その血が滲む金を使い切っちまった俺が言える事はないんだけどね)


「落札しました。三百万トッテ。三百万トッテで落札しました。「ろ」の方。おめでとうございます。おめでとうございます」


 暖はハンマーの甲高い音と拍手喝采に背を向けて、暖はブルーベリージュースの補給をしに地下へと向かったのであった。

 闇オークションにも拘らず、昼から始まった闇オークションは朝方まで続くらしい。

 今はまだ夕方にもなっていないだろう。

 時計もなければ、通信手段も没収されているので、何時かは分からないが、恐らくそれぐらいだろうと考えつつ、純金のキッチンワゴンを押して歩き続けた。


(………これ、持ち逃げしたら、楽勝で金を取り戻せるよな)




 なんて、ろくでもない事を考えたからいけないんでしょうか、神様。


「おいおいおい。話が違うじゃねえかよ。あんちゃんよお」

「ひぃぃぃぃぃ」


 地下に辿り着いて、冷蔵庫から高級ブルーベリージュースが入っているドリンクボトルを取り出して、キッチンワゴンに乗せようとした時だった。

 突然、地下の扉が勢いよく開いたかと思えば、ギンギラギンの仮面ばかりか、ギンギラギン煌めく銀紋付き羽織袴を身に着けた男性が暖に突っかかって来たのだ。

 従業員ではない。従業員はタキシードを装着しなければならず、従業員と間違えられないように招待客はタキシードを装着しないようになっているはずなのだ。

 つまり、この男性は招待客。招待客はこの従業員しか行き来しない地下一階に足を踏み入れるわけがないのだが。


(あれ?何か。お酒臭い。ような。あれ。酔っぱらって台無しにされると困るとかで、お酒の提供も持ち込みも禁止されているはずなのに、持ち込み品は検査されているはずなのにどーゆー事なの?)


「おらあ。気分が良かったんだよおう。欲しかった桔梗大太刀を手に入れてさあ。天使と巨人と悪魔。どれから解放してやろうかなあって。ウキウキだったわけよ。高級ベリージュースを速攻で高級ブルーベリー酒に変えちゃうくらい超ご機嫌だったわけよ。なあ。分かる?ジュースをお酒に変えちゃうってすごいよねえ。すごいよなあ。なあ。あんちゃんよお」

「へ。へい。まったくその通りですぜ」

「うんうん。話が分かるあんちゃんだ。それがよお。まったく。鞘が抜けないんですけどおおお!」


 いつの間にか、がっちしと肩を組まれていた暖は逃げるに逃げ切れなかった。

 そもそも同じ男性なのに、体格が全然違った。

 男性が岩だとしたら、暖はポッキーであった(プリッツでも可)。ぽっきんぽきぽき、呆気なく折られてしまうのである。

 荒い鼻息にも、酒臭い口臭にも耐えなければならないのである。


(あ。ミシミシ音がするのは気のせいだよね。身体が悲鳴を上げているのは気のせいだよね?このまま押し潰されたりしないよね?やっぱり金を使い込んだのがいけなかったんだよね?ごめん。父さん。ごめん)


「おう。あんちゃん。ちょいと鞘を抜いてみろやあ」

「え?い。いえいえいえ。僕如きゴミムシがそんな偉大なる貴方様の偉大なる桔梗大太刀様の鞘を抜くなんて、そんな大それた事ができようがありましょうかいいえできるわけがございません」

「ああん?」

「はい抜かさせて頂きます」


 男性は暖から離れると、背負っていた桔梗大太刀を暖に手渡した。

 男性は軽々と片手で手渡したが、その長さから嫌な予感がした暖は両の手で持ったが、それでも落としそうになるほどに重かった。十キログラムはあっただろう。これを落としたら死ぬと自分に言い聞かせて必死になって、それはもう、歯を食いしばって、目をひん剥いて、鞘を抜こうとした。一気には無理だったので、ちょびちょびと小さくゆっくりと抜いて行った。


(ん?抜いて行った?抜いて行った?何で?え?僕、何で鞘を抜けるの?するする。じゃないけど、重たくて重たくて、そんなに簡単に抜いているわけじゃないけど。え?何で?何で?何で?あ。っていうか)


「おーいあんちゃん。ストップストップ。はは。いや~~~。試しに言ってみるもんだなあ。まさか。なあ」


 男性に鞘を抑えられた暖はまた、ちょびちょびと小さくゆっくりと鞘を戻しては、桔梗大太刀を手渡した。


「あんちゃん。ここで働いてるって事は、大金がほしいって事だよなあ?」

「え?あ。ええっと。いえええ~~~。社会見学ですう。闇オークションに潜入してレポートを作成して提出しろって課題が出されてしまいましてえ」

「つまり学生か?大学生だな?主催者にあんちゃんの個人情報を教えてもらうわ。俺から逃げられないように。な」

「え?ええっと~~~」

「なあに。安心しろや。あんちゃん。殺しはしねえよ。とりあえずは。俺が、天使と巨人と悪魔。全部の封印を解くまではなあ」


 仮面を外した男性は、身に着けている紋付羽織袴同様に、銀色の瞳に銀色の髪の毛をギンギラギンに煌めかせており、話し方からしておっさんだと思ったら、どうやら暖と年は近いような顔立ち(ただ単に童顔という可能性も無きにしも非ずだが)だった。


「あるれえ?」

「え?え?何ですか?」

「いや~。あんちゃん。顔を赤らめないなあって。俺の素顔を見たやつは、赤面するんだけどなあって。ほら、俺。超いい男じゃん」

「俺赤くならない顔でして」


 男性は暖の仮面に隠し切れない耳を触った。

 暖は盛大に肩を跳ねあがらせては、素早く言った。


「へええええ。ふううううん。まあいいや。ほら。行くぞ。あんちゃんの個人情報はもうもらったから。ついでにあんちゃんを主催者から買ったから。大学にかかる費用な。そんでなあ。大学には行ってもいいけどよお。後は全部俺のもんだから」


 男性は耳に付けたイヤホンを軽く触りながら言った。

 恐らくそのイヤホンで主催者とやり取りをしていたのだろう。


「え。ええっとお。主催者から買ったってのはどーゆー事でございやしょうか?」

「アッハッハッ。本当になあんにも知らないんだなあ。あんちゃん。招待客と主催者、オークショマニアを除いて、この会場にあるのはぜえんぶ競売品ってわけよお。あんちゃんたち従業員もそう。そんで、俺は貴様を買ったってわけ」

「………え?」


 暖は一気に血の気が引いて行った。

 男性は仮面を着け直すと、暖の肩を組んで歩き出した。


「俺の名前は、律希りつきってんだ。よろしくな。暖」

「え?え?え?」

「とりあえず俺、命狙われているから、ほい」

「………ひえい?」

「短刀な。扱えるようにびっちししごくから」

「………」


 暖は律希から手渡された短刀を凝視した。


「まあ。安心しろ。殺しは命じねえよ。せめて、自分の身ぐらい守れるようにってな。俺の傍に居たいならな」


(何か俺が一緒に居たいって迫ったみたいになってるんですけどおおお!)


「………まあまあ。そんなに怖がんなや。暖。父ちゃんにもちゃんと会わせてやっから。な?」

「………むへい」


 律希に飛び出してしまった魂魄を無理矢理身体に戻されてしまった暖。人生をやり直せるのならば、大学入学金と授業料を使い込んでしまう前に戻りたいと切に願うのであった。


(うう。う。父ちゃん。ごめんよ。俺は、闇の世界にどっぷり浸かって、闇の世界で死んでいくんだ)

(………あ~あ。こんなに怯えちまって。何でこんなやつが鞘を抜けたんだかねえ。まあ。いいか。これで俺は死の恐怖から解放される。自由に生きれるんだ。そうだなあ。もし。自由に生きれるんなら。暖と一緒に大学に行ってみてもいいな。ひひ。初めての友達だちだな。部下でもなければ、命を狙ってくる敵でもない。友達だ。ひひ)


「とりあえず、俺の邸に行くぞ。ここを切り抜けてな」

「え?え?え?ここは戦闘御法度だったのでは!?」

「闇の世界に戦闘は付き物だ。覚えとけ」

「え゛~~~!?」


 前後左右上下から襲いかかってくる仮面の人物たちに向かって、片手で楽々と鞘を付けたままの桔梗大太刀を振り回しては床に倒していく律希に肩を組まれたままの暖は、何度も魂魄を飛翔させては、無理やり肉体に戻され続けるのであった。


(いっその事、殺してくれ。なんて………なんて。言えるかアアアアアア!?

!?)











(2024.11.19)



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