TSした俺は誰にもホモと言わせないような完璧なる恋愛をする事を誓った

桜空栞

第1話

 TSが好きだった。うだつの上がらない男が美女になって人生をやり直す話が大好きだった。異世界で剣を振るったり魔法少女として名を馳せたり、はたまた現実世界でVチューバーになったりそんでもって芸能人を目指してみたり、ありとあらゆる分野のTS物を片っ端から読みまくった。


 完結したもの、未完に終わったもの、そのどれもが美しく、いつか俺もこんな話を書いてみたいと思っていた。


 されど俺の書く物語は同じ未完でも、まったく持って完成度が違っていた。


 頭の中に膨らんだ話をポンッと世界に放り投げてみても、初めは良くてもどうしても途中で萎えてしまうのだ。


『こいつらホモじゃね?』


 あるTS嫌いな者がした書き込みが俺の妄想を破壊する。そんなことは無いと恋愛描写を書こうとすると、まるで呪いにでも掛かったかのようにその言葉が反芻されるのだ。


 書けない。いや一度は書いた。しかし余りにも歪過ぎる恋愛の形だった。無理矢理主人公の感情をいじくり回し無理矢理クラスメイトの男子と恋愛させた。喜んでくれた者もいた。しかし俺の筆はそこで止まった。TSした男子と普通の男子の恋…『こいつらホモじゃね?』くそったれその通りだよ馬鹿野郎!変わったのは皮だけで精神面までは変化してねよコンチクショウ!


 仮に自分に問い掛ける。もし自分がTSしたら男に恋するか?答えはNOだ。絶対間違いなく女子に恋をする。だって女になりたいって思っている時点で既に気持ちは固まっているのだから…


 いつしか物語を書く手は止まった。俺には性別の垣根を越えた恋愛を書く事は出来なかった。そんな事は気にせずにもっと自由に楽しく思った通りに書ければどんなに喜ばしいことだったか…


 発想が追い付かなくなり、初めにNOと決めつけてしまっていればその題材の小説なんて書きようが無いし、されど他のジャンルなんて書きたいとも思わない。


「…終わりかあ。結局こんなもんかよ…俺なんて。」


 スマホを叩き割り、パソコンをぶち壊し、何枚ものメモ帳を破り捨てる。40歳までに花開かなかったら全てを捨てると決めていた。書いた小説も書き留めた妄想も家族も友人も、そして俺自身も何もかも。


 事故で片腕を失った俺はどうせまともな恋愛も結婚も出来る訳無いし、普通の生活も仕事も満足にこなせない状態では将来的に両親や兄妹の負担になることは目に見えている。


 一縷の望みをかけていた夢は儚くも破れ去った。作家になって家でお金を稼げるようになって、苦労ばかりかけた家族にダメダメだった俺を自慢させてやりたかった。


「…みんなゴメン。そして今までありがとう。」


 左目から涙がこぼれ落ちる。口から溢れ出るのは今までへの謝罪と感謝の言葉、刃が鋭利に飛び出したカッターを思い切り歯で噛み締めて目指すは残った俺の左手首。


 ザシュ…ッ!!!


 加減を知らず引いた刃は深く綺麗に動脈を切断し、大量に飲んでいたロキ○ニンの効果からか痛みはとうに感じない。次いで襲う深い眠気から抗う術は無く、何重にも鎖を巻き付けてロックしたドアからは必死に叩いて俺を呼ぶ母親の声が聴こえてくる。


「まだ…起きてた…のかよ……」


『夜は貴方が心配で眠れないのよ』と言っていたあの話が本当だったと気付いたのは最後の最後で、どうかこれからはぐっすりと眠ってくれる事だけを祈った…


 ***


 暗い闇の中を優雅に漂う。失っていた右腕もキチンと付いていて、ただそれだけで涙が出そうになるくらい嬉しかった。


 行き着く先は地獄か?古来より言われている自殺したものは天国には行けないらしいというのは本当なのだろうか?


 悪いことなど何もしてないのに、ただ生きることを放棄しただけで地獄行きとは、どうやら神という者は裁判官よりも厳格らしい。


『いや、ゴメンそれ違うから。誰が言い出したか知らないけどそれ違うから。』


 勝手に人の心を読んで勝手に人に語りかけてくる者は果たして誰なのか?答えなど一つしか無いだろうに、散々妄想の中で作り出してきた者を事実として目にすると話す言葉が浮かんで来なかった。


『むしろ僕らは自殺した者にこそチャンスを与えているんだよ創作者くん?だけどどうして君らがその話をあまり思い付かないか、それは僕らが制限を掛けているからなんだ。だってそうだろう?世の中に溢れる小説がばかりになってしまったら、世の自殺者は後を経たないじゃないか?トラックぐらいがちょうど良いんだよ。居眠り運転防止にもなるしね?ははっ。』


 なーほーね。どうやらそこまで意地悪では無かったらしい。まあ確かに言われてみりゃ自殺してからの転生話はあまりお目にかからなかった気がするよ。


『…でだ、どうする?やってみるかいTS転生。』


 金髪で中性的な見た目をした少年みたいな神の問いにコクリと頷く以外の選択肢があっただろうか?もちろん俺は異世界なんて場所は希望しない。現実世界でチートも何も無くて別れた家族や友人は初めから存在しないパラレルワールドで、黒髪ロングの無表情なキツネ目美女に産まれ変わって、今の精神を残したまま誰にも文句を言わせない恋愛を絶対にしてやるのだ!!


『…うん。…君さ、かなり皆に変わってるって言われるでしょ?』


 はんっ、物書きにとっちゃ褒め言葉だよそんなのは?ま、端くれにもなれなかったけどな。だからさ、だから俺は自分自身の身体で魂で表現してやるんだ。


 なあ、TSって素晴らしいだろ?ってさ。

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TSした俺は誰にもホモと言わせないような完璧なる恋愛をする事を誓った 桜空栞 @sakurasorashiori

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